第16話 「夢」という名の鷹

「もっとゆっくりしていけばいいのに。」


 翌朝、エドガルドとティナ、そして近衛師団の面々を見送りながら、テミストは心底名残惜しそうに言った。

 今いる館から王都まで、馬車で3日かかる。神殿の動きが怪しい以上、あまり長く王都を離れたくない…というエドガルドの言葉に、ティナは賛同した。

「王都が心配ですから…お言葉はありがたいのですが。」

「うん。国王陛下と、兄上、それからティナのことを頼んだよ。何せ君は、国王の懐刀だからね…。」


 テミストはそう言いながら、エドガルドの手を固く握った。


「そういえば、昨日もおっしゃってらっしゃいましたよね、国王の懐刀って。やはり、エドガルド団長は、国王陛下の信頼が厚くていらっしゃるんですね。」


 ティナの言葉に、テミストは少し意外なように目を見瞠った。


「ティナ、知らないのかい?エドガルドは、現国王の実の弟なんだよ…」

「国王の弟…ええ?」


 意外な事実に、ティナはエドガルドをまじまじと見る。エドガルドは気まずそうに頭をかいた。


「まぁ、母親が平民なんで、王位継承権は放棄しているし…」


(じゃあ、現国王とは異母兄弟で、王太子の叔父に当たるというわけね…それで「国王の懐刀」)


 ティナは心の中で納得した。


「それから、ティナ、なにかあったらきっとこのテミスト叔父を頼っておくれよ。何があっても俺は、君と兄上の味方だ。場合によっては王国よりも…ね。」


 テミストは、茶目っ気たっぷりにウィンクして見せた。


「それと、ティナにも鷹を預けておくよ。」


 テミストはティナに革手袋をするよう促し、その手に一羽の鷹を止めた。鷹はおとなしくティナの手に止まり、くるくるとせわしなく黄色い眼を動かしている。


「ちょっとさわってみても…って、うわ!」


 ルカがその羽毛をもふもふしようと手を伸ばすと、鷹はくわっと嘴を開いて威嚇した。


「はは、ティナ、なつかれたみたいだね。」

「そうでしょうか…」


 ティナが恐る恐る背中をなでると、気持ち良さそうに手に羽根をこすりつけた。


「名前はアメツっていうんだ。異民族の言葉でね、『夢』という意味だよ。」

「アメツ、ですか…」

「そう。連れていくといっても、ずっと腕にとめている必要はないよ。ティナのことを覚えて、勝手についていくから。ふだんはティナの頭上や周囲を旋回しているから、呼びたくなったら、指笛を吹けばいいんだ。」

「へえぇ、辺境伯の鷹はめちゃめちゃ賢いんすねぇ。」

 説明を隣で聞いていたルカが、感心しきりという感じで頷いた。


 鷹はどうでもよさそうに、ティナの手の上であくびをした。


(アメツ、か…)


 不意に懐かしい名前。ティナはそっと目を閉じた。

 何十年と通った北方の風が、たった1回きりの記憶を撫でるように吹いた。

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