第15話 聖女の陰謀
書斎に入ると、まずエドガルドは、王の書簡をテミストに渡した。
テミストは慎重に封を外すと、羊皮紙数枚に及ぶ国王直筆の手紙を、険しい顔で読み進めた。
「やはり国王陛下もお気づきであったか…最近、神殿勢力の動きが怪しい。」
「ということは、テミスト様も…」
「うん。北方神殿は、彼らの拠点の一つだからね。わたしも何人か間諜を忍ばせている。」
「やはり例の聖女の風説が出てからですかね…」
エドガルドは額に手を当てて考え込む。
聖女、という言葉に反応したティナは、つい口を挟んだ。
「聖女、というのは?神殿勢力、って何ですの?」
テミストとエドガルドは、顔を見合わせる。
テミストが説明を始めた。
「まず神殿勢力の方から説明しよう。王都の他に、それぞれの地域に神殿があるのは知っているね。あれは実は、一つの組織なんだ。王都の神殿が総本山で、他の地域の神殿に神官を派遣している。その組織のトップ…神官長は、国王に次ぐ権力の持ち主だ、といっても過言ではない。」
テミストの説明に、ティナは頷いた。
「現国王の妃は、もう身罷られているけれど、実は神殿勢力の出身でね…その息子である王太子も、当然、神殿勢力と関わりが深い。それで国王は、バランスをとる意味でも、王太子の許嫁としては世俗社会の有力貴族の娘を据えたんだ。」
(なるほど…それで神官出身のエミリアが出てくるわけね。宰相の娘であるわたしとの婚約を破棄し、神官を正妃とすることで、神殿勢力の支配力を確固たるものにする、と。)
そういった政治的な背景があるなら、毎回同じようにエミリアが登場し、王太子がティナとの婚約を破棄することにも頷ける。いくら美人とはいえ、なぜ下級貴族の三女にすぎないエミリアが、王太子の結婚相手として候補に上がるのか。ずっと不思議に思っていたが、神殿勢力のプッシュであれば納得もいく。
「そこへ来て、聖女の風説だ。これに乗じて、神殿勢力は何かよからぬことをたくらんでいるのではないか、と、陛下は憂慮しておられる。」
「聖女の風説?」
「それは俺から説明しよう。」
エドガルドが口を開いた。
「最近王国の民たちの間で噂になっている伝説…というか、言い伝えのようなものがあるんだ。神の恩寵を受けた聖女が現れて、王国の危機を救う、と」
「神の恩寵…?」
ティナは再び、エミリアのことを思い出した。確かエミリアは「神の恩寵を受けた聖女」として王太子レオンシオの寵愛を受けるのだった。
ティナはおずおずと指摘した。
「それは、神殿勢力が流した噂、という可能性はありませんか?都合よく救世主をでっちあげ、民衆の支持を得ようという…」
「その可能性も、なくはない。だが、そうした聖女信仰じたいは、民間信仰としてもともとあったもので、それ自体に罪はない。ただ、それを利用して、何かしようとしているのが問題なんだ。現に神殿勢力は、秘密裏に、色彩眼の女性神官を集めていたようだ。」
ティナの指摘に、テミストが答えた。王国では、目と髪に鮮やかな色彩のあるティナやエドガルドのような人物は、「色彩眼」と呼ばれ、才気やカリスマ性の証しとされる。色彩眼じたいは極端に珍しいわけではないので、各地方の神殿からかき集めれば何人かは集まるだろう。
(そのうち、一番美人だったエミリアを「白銀の聖女」としてプッシュし、次の王妃に据えよう、っていう神殿勢力の企みだったわけね…)
ティナは拍子抜けした。からくりが分かれば何のことはない、ティナの目に見えないところで、組織的な力が働いていたのだ。今までどんなに王太子の愛情をつなぎとめようとしても無駄だったわけだ。裏でそんな政治の駆け引きが行われていたとは…。
最近では成功していなかったが、かつてエミリア殺害に成功したループでも
(つまり、
「色彩眼の女性神官を言い伝えにある聖女として祭り上げ、あわよくば次期王妃に…という考えなのですね。」
王太子の婚約者であるティナの内心をおもんばかってか、男性2人は答えなかった。気まずい沈黙が流れる。
「…もちろんそんなむちゃくちゃな計画は、現国王の意図とはかけはなれている。現国王はあくまで、ティナ、君を王太子妃に…とお考えだからね。自信をもってほしい。」
テミストが絞り出すように言った言葉に、エドガルドも大きく頷く。
「ただ、よからぬ考えを持っている者もいるのは確かだ。今回貴女を近衛兵団に引き入れたのも、万一の際、貴女の身を守るためだ。お父上のカリスト殿にもその旨、お話ししてある。」
「まぁ、我々グレンテス家は、代々王国に忠誠を誓い北方の守りを固めてきた武人の一族だからね…神殿勢力にとってはたかが田舎の番犬風情が宰相、次期王妃なんて、そりゃ面白くもないだろうさ。」
テミストはからりと笑って席を立ち、ぼそりと呟いた。
「生臭坊主風情が。兄上とティナに手を出してみろよ、皆殺しにしてやるから」
案外自分の激情しやすい部分はこの叔父譲りなのかもしれないな、とティナはぼんやり思った。
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