【幕間】はりぼての獅子王⑤ 呪いと誓い

 レオンシオの部隊は、日が落ちるまで、略奪をつづけた。

 家は焼き、老若男女の見境なく殺し、財産や食料は奪った。その間、エドガルドの赤い瞳が、レオンシオの頭から消えることはなかった。

 いつしか、吹雪はやんでいた。焼いた2つの集落の間の川原で、レオンシオはまた、星を見ていた。


「星見でございますか、王太子殿…。」


 ゆらり、と気配が立ち上がる。見ると、面の男だった。面はぱっくりと割れ、老いた素顔がのぞいている。肩から腰にかけて、レオンシオに斬られた傷が、痛々しく血を流している。とどめを刺すまでもなく、死ぬのは時間の問題だろうと判断し、レオンシオは剣の柄から手を離した。


「何だ、生きていたのか…殺したものと思っていたが。」

「申し上げたでしょう、貴方を真の獅子王にすると…。」


 老人はふっつりと黙りこくった。2人はそのまま、星を見ていた。

 しばらくして、老人は、ぽつりと言った。


「私の故郷を、焼きましたな。王太子殿…」

「…。」

「王太子殿下には、等しく人形のようなものなのでしょうな。夷狄など…いや、王国のお仲間にしても同じか。」


 老人は、レオンシオの足元を見た。つられてレオンシオも下を見る。

 たまたまそこには、例の母子の死体と、王国軍の兵士の死体が転がっていた。さしでがましい口を挟んでおきながら、レオンシオの質問に答えられなかった兵士だった。一通り焼いて、戻ってきたのがたまたまここだったというわけだ。


「貴方を真の王にする、と約束した…だが、貴方がそうなるには、一回ごときの生では、無理でしょうな…その器では、話にならぬ…。」

「何をたわけた…。」


 レオンシオは一笑に付した。

 突然、面の男は、レオンシオの腕をつかんだ。握力は思いの他強く、振り払えなかった。


「《獅子王の名に相応しい「真の王」になるまで》貴方は生を繰り返すがよい。貴方が、人形如き者と見下す存在どもの世界でな…。」

「な、何を…。」

「私の命は、差し上げますから…。」


 そういった瞬間、男は血を吐き、ぐたりと絶命した。

 老人は死んだ後も、万力のような力で、レオンシオの腕を握っていた。

 レオンシオは不気味に思いながら、男の指を一本一本引き離す。腕をまくってみると、手形のあとがくっきりと赤紫のあざになっている。


(縁起でもない死に方をしてくれる。これではまるで、呪いのようだ…)

 

 そう思った瞬間、レオンシオを強い頭痛が襲った。

 あまりの痛みに目を閉じると、ぐらり、と身体が傾くのが分かった。レオンシオの意識は、そこで途切れた。



◆◆◆


「それで王太子は、生を繰り返している…とおっしゃるのですか…?」

「そうだ…。」


 王宮の自室。エミリアを前に話し終えて、ふと言葉を切る。目の前の女の口の端は、奇妙に引き攣っていた。


「相当お疲れのご様子です…、本日はほんとうに、お暇した方がよろしそうですわね…。」

「ああ、そうだな。」


 エミリアはそそくさと帰り支度を始めた。

 それはそうだろうと思う。目の前の王太子が、異民族の虐殺について語り、「生の繰り返し」について、真顔で語っていたら…。

 

 きっと自分だとしても、狂人だと思うだろう。


 レオンシオは見送るふりをしながら、棚の短剣を手に取り、エミリアを背後から刺した。


(こんなことを、神殿に注進されては、かなわん。)


 死体になったエミリアを見下ろしながら、レオンシオはため息をついた。遠くに、頭痛の気配がした。

 つい、エミリアを殺してしまった。仮に殺さなかったとしても、神殿に狂人だと報告されれば権力を維持できない。どうせこの女に話してしまった時点で今回の生は終わりなのだった。


「まぁ、また繰り返すだけだしなぁ…。」


 1回の生が終わるたびに訪れる、強い頭痛を感じながら、レオンシオはそっと目を閉じた。


◆◆◆


 それはいつもの脚本シナリオの、序盤の出来事イベントに過ぎない、はずだった。

 レオンシオにとっては、婚約者ヴァレンティナとの婚約破棄と処刑は、消化試合に過ぎなかった。

 だが、今日はどこか様子がおかしかった。広間にティナが入ってきたときから、何か胸騒ぎがしていた。

 婚約破棄を宣言した瞬間、ここ数十回ではお決まりの、やるせない虚無の表情を、ティナは見せなかった。

 代わりに見せた表情は…強烈な憎悪と、殺意。


「婚約破棄は受け入れましょう…だがその前に、わたくしと決闘をしていただきたい!わたくしを棄てるというのであれば、レオンシオ様みずから、わたくしを殺してくださいませ!」


 婚約者のいきなりの要求に、王太子は一瞬狼狽した。


「いきなり、何を言い出すのだ…。」

「女相手に、臆したか!剣をとれ!レオンシオ!」


 一笑に付すこともできた。この時点で王家への叛乱の意志を口にしている。近衛師団を呼びつけて、捕縛すればいいだけの話だった。

 だが、レオンシオはそうしなかった。

 それが、この人形劇で、初めての展開だったから。


(…やはりお前だけは、意識があるんじゃないのか、ティナ。この世界で、お前だけは…魂のない人形、じゃなく…)


「そこまで言うなら…後悔するなよ!ヴァレンティナ!」


 従者から決闘用のレイピアを受け取り、鞘を払う。2人は同時に打ちかかった。


◆◆◆


(強い…なんだこの剣技は)


 打ち合って数分。レオンシオは内心舌を巻いた。

 そもそも深窓の令嬢であるティナが剣を使える、ということ自体が驚きだった。しかもその実力たるや、歴戦の兵士の如しときている。


「いつの間にこんな力を身につけたんだ、お前は…。」


 言う間に、超速の刺突が腕をかすめた。ちりり、と傷つけられた痛みが走る。さっきから一方的に傷を負わされて、こちらの刃は届きもしていない。ティナはにこり、と笑った。


「知りたいですか?」


 この打ち合いのさなかに、笑っている。

 余裕なのだ、とレオンシオは悟った。

 ティナは、レオンシオを殺そうと思えばいつでも殺せる。だが、そうしない。

 いたぶって遊んでいるのだ。屈辱が、レオンシオの精神を焼いた。


「…貴方の、知らないところで。」


 いつの間にこんな力を身につけたのか。

 そんな質問に答える、彼女の言葉に、レオンシオははっとした。

 ティナのことは幼い頃からよく知っている。剣など、握ったこともないはずだ。自分を圧倒的に凌駕するような剣技など、使えるはずがない。

 

 そして、自分の知らないところで無限の反復を続け、その間ずっと剣の修行に明け暮れていたとしたら?


(まさか…ティナ、お前も、繰り返しているのか?)


 すべてのつじつまが、遭う。レオンシオは、自分の発見にぞっとした。

 気が散った瞬間、剣を弾かれた。喉元に刃を突き付けられる。


「命乞いなさい、レオンシオ。」

「…ふざけるな、誰が…。」


 答えるや、容赦なく喉を突かれ、激痛が走る。突かれた傷の痛み、呼吸のできない苦しみ、1回の生を終える時の頭痛とがないまぜになって襲い、レオンシオは後ろにのけぞって倒れた。


 最後に視界に入ったのは、物を見るような目でレオンシオを見る、元婚約者の冷たい瞳だった。


(ティナ…ああ…ティナ…、お前も…俺と一緒、だったのか…)


 痛みとともに、強い感情が全身を駆け巡る。

 この人形劇の世界で、孤独ではなかったという安堵。

 敗北したことへの、劣等感。羞恥。屈辱。

 そして、心に沈潜する問いが、再び鎌首をもたげてくる。


 ―…どうして他人は俺に屈辱を与えることが許されて、俺が他人に屈辱を与えてはいけないのか。

 与えていけない、わけはない。俺には他人を蹂躙し、屈辱を味わわせ、惨めな思いをさせてから、殺す権利が、ある。


(今度は…俺が…お前を、殺してやる…)


 薄れゆく意識の中で、レオンシオは誓った。




 その後、ティナと同じく悠久の時を修行に費やしたレオンシオが再び立ち上がる話は、また別の物語に譲ろう。


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