第7話 狂戦士と近衛師団長
いつもの秋の朝、ティナは覚醒した。
17歳の誕生日を目前に控えた、ある1日。201回目の覚醒だった。
(もう、あんなことはやめよう…レオンシオを、貴族たちを殺して、何になるというの)
悪い夢から醒めたかのように、ぐっしょりと寝汗をかいていた。この世界に転移する前、高熱を出してうなされ、熱が下がった日の朝は、ちょうどこんな感じだった気がする。
(とにかく、今のわたしに敵う者は、この王国にはほとんどいない。エドガルドとも、相討ちまで行ったし…次は、勝てるはず)
今回こそは、
そして、およそ100年ぶりに、エミリアを殺しに神殿へと向かった。
◆◆◆
100年たっても、エミリアは相変わらず、一人木陰で草むしりをしていた。
ティナはすぐには斬りつけなかった。白いローブを纏って、何を待つともなくしばらく佇んでいると、案の定、エドガルドが現れた。
「来たわね。」
ティナの言葉に、エドガルドはきょとんとした。
無理もない。彼にとってはほぼ初対面なのだから。
「どこかで会ったか…って、うお!」
ティナはレイピアを抜き、飛びかかった。
細身の刃が空を切る。エドガルドはすんでのところでティナの突きを躱した。
「いきなり斬りかかってくるとは…俺が誰だかわかってんだろうな。」
自身も剣を構えながら問うエドガルドに、ティナはクスリと笑う。
…当然だ。200年も前から知っている。特にこの100年間は、この男を斬るために生きてきたといっても過言ではない。
「もちろんよく存じ上げているわ…近衛師団長エドガルド。」
「分かっていて喧嘩売ってんなら、上等だ!受けて立つ!」
2人は斬り結んだ。
◆◆◆
(それにしても何者だ?声音からして、女のようだが…)
刃を交えながら、エドガルドは困惑していた。
近衛師団長を務める彼のもとには、国中の剣豪や腕自慢の情報が毎日のようにもたらされる。だが、女性剣士でここまでの遣い手がいるとは、今まで聞いたこともなかった。
(強い!女でこれだけ強ければ、噂が立たないはずはないが…)
流れるように美しい剣捌き、体捌きでこちらの攻撃はことごとく躱される。まるで舞いでも舞っているような軽やかな動作の中で、鋭い一撃が繰り出され、一瞬でも気を抜けば、超速の刺突が襲いかかる。
(そして若い。なのに、何だ?この殺気は…)
近衛師団の中にも、何十年も剣の修行を積んだ猛者がいる。体力は若い兵士に劣るが、何十年もの鍛練と実戦を経験した者は、殺気だけで敵を圧倒する。この女性からは、そんな風格を感じた。
声音と敏捷な動きから、まだ10代の若さであることは間違いないのだが…
(「神の寵愛を受けた聖女」…きっとそうに違いない)
エドガルドは確信を抱いた。しかし、話をしようにも、女は一切攻め手を緩めようとしない。まずはこの猛襲をかわさねばならない。
さらに間合いをつめ、峰打ちを叩き込む。が、女はすぐに反応して身を反ってかわした。瞬時にローブを脱いで叩きつけ、目潰しを仕掛けてくる。エドガルドは3歩ほど下がり、間合いをとった。
脱いだローブが風になびき、女性の素顔が露になった。
「貴女は…。」
緑髪緑眼、王国一の美女と誉れ高い、宰相令嬢ヴァレンティナ・グレンテスがそこにいた。
◆◆◆
わざと隙を作って叩き込んでくる斬撃に、ティナは前回の戦いのことを思いだし、一瞬判断が遅れた。前回はその隙に釣られ、自分も心臓を貫かれ、相討ちに終わったのだ。攻め込まず、すんでのところで躱し、ローブを叩きつけて時間と間合いを稼いだ。
だがそのせいで、素顔を見られてしまった。緑の髪、緑の瞳はごまかしようもない。宰相令嬢だと完全にバレてしまっただろう。
(見られたが…結局殺すのだから同じか。そういえば、エミリアは?)
ふとエミリアがいた辺りに目をやると、すでに彼女の姿はなかった。
いきなり自分の目の前で剣士2人が斬り合いを始めたのだ。当然、逃げるだろう。
(ち、エミリアを仕留め損ねた…本末転倒ね)
ついエドガルドとやり合えるのが嬉しくて、主目的を見失ってしまった。
(…エドガルドとやり合えるのが嬉しくて?)
ふと冷静になって、今自分の脳裏をよぎった思考を反芻する。なぜ、エドガルドと殺し合うのが楽しいのだろう。90年も剣を振るい続けて、ついに頭のおかしい狂戦士になってしまったのかもしれない。
(最近とかく目的を見失いがちだから、気をつけないと…)
「なぜいきなり斬りかかられたのか分かりませんが、一つだけ、はっきりしたことがあります。」
間合いの外で、エドガルドは剣を鞘に納め、ティナをまっすぐに見据えた。
前回ティナの心臓を貫いた時と同じ、燃える深紅の瞳。ティナの心臓がどくん、と跳ねる。
(まだ、古傷が…って、体の傷はリセットされてるはず)
「ヴァレンティナ様、貴女は強い…どこで剣の腕を磨かれたのですか。」
「それは…。」
貴方を殺すために90年鍛練したのですよ、ついこの前も殺し合ったじゃありませんか、と、本当のことを言いそうになり、ティナは口をつぐんだ。
こんなにも自分のことを話したい、分かってほしいと思うのは、いつぶりだろうか。湧き上がる欲求を抑え、ティナは適当に言葉を濁した。
「…辺境伯の叔父に、鍛えていただきました。」
「なるほど。テミスト殿は、レイピアの名手でいらっしゃいますからね…。」
ティナの言葉に、エドガルドは納得したようだった。
しかし、次にエドガルドが発した言葉は、ティナにとって、完全に予想外のものだった。
「ヴァレンティナ様、提案があります。私が率いるフェリクス近衛師団に、入団しませんか。」
「…え?」
エドガルドの率いる、フェリクス近衛師団に入団。
201回目のループにして開けた、初めての展開だった。
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