第8話 入団!<幸運>近衛師団

フェリクス。この世界の言葉で「幸運」を意味する。

神の恩寵と王の幸運を願い、王直属の近衛師団に冠された号だった。

 

幸福な結末ハッピーエンドを求めて200年も彷徨う私に、幸運フェリクス近衛師団に入れというの…?)


 ティナは、運命の皮肉を感じながら、エドガルドの申し出を受け止めた。

 しかもそれを率いるのは、宿命の敵と定めてきた、近衛師団長エドガルド。


 ティナはほんの少し首を傾げ、考えた。そして。


「それは、無理でしょう。」

「なぜ!」


 エドガルドが、素っ頓狂な声を上げた。断られると思っていなかったらしい。


「そもそも、わたくしは今、貴方を殺そうとしたのですが…。」

「…。」


 エドガルドは一瞬、ぽかんと口を開けた。そういえばそうだった、と言わんばかりに。


「…でも今は、殺そうとはしていないでしょう。殺気が消えている。」

「まぁ、それは…。」


(今さらここで、エドガルドだけ殺したところでどうしようもないのよね…)


 主目的であるエミリアの殺害に失敗したうえに、エドガルドに正体がバレてしまっている。今回のループは、ティナの中ではほとんど失敗という結論が出ていた。

 

「では問題ないでしょう。今日の敵は、明日の友です。」


 エドガルドはそんなことを言って、にかりと笑う。

 豪胆というべきか、ただのバカなのか。そもそも突然殺されそうになった理由は知りたくないのか。ティナは半ば呆れながら、エドガルドにも納得しやすい理由の一つを挙げた。


「仮に、わたくしがよくても…お父様がお許しになるか、どうか。」


 娘が剣を習いたいと言うだけで不安げな顔をし、遠回しに反対の意を伝えてくる父親。エドガルドも思い至ったらしく、これには「ああ…」と深いため息をついた。


「お父上は、俺からも説得します…何よりそれだけの腕前なんだ。埋もれさせるのは、もったいない。」


「ですが…近衛師団の皆様は、わたくしのような者が加わっても、よいのですか。」


 近衛師団には、基本的に女性はいない。兵士なのだから当然といえば当然だが、純然たる男性社会に、女性、しかもティナのような貴族令嬢が加わることに、いい顔をしない者もいるのではないか。そういった意味を込めた問いだったが、エドガルドは一蹴した。


「いえ、うちの師団は大丈夫です。基本的に実力主義ですから…階級がどうあろうが、女性であろうが、若かろうが…剣の腕さえあれば、みんな認めますよ。だが確かに、お父様は強敵かもしれませんね…あ、婚約者である、王太子のご意向もありますか…。」


「まぁ、そちらは何とでもなると思いますけれど…。」


 王太子レオンシオの名前が出て、複雑な気持ちになる。つい昨日決闘をし、命乞いするのを無視して惨殺し、長年の恨みを晴らしたところだ。だが、復讐したといってもすぐにわだかまりが解けるわけではない。ループしてまた生き返っているはずだ。しぶといやつめ、これから毎回殺してやりたいくらいだ、などと、また剣呑なことを思ってしまう。

 王太子の話をしたことで、ティナの瞳が曇ったのを、エドガルドは見逃さなかった。さりげなく話題を変える。


(婚約者だというが、どうせ親が決めた婚約だろうしなぁ。若いお嬢様には、思うところもあるんだろう。)


「とにかく、うちの師団のやつらに紹介したい。ちょうど集会があるから、一緒に来てもらえませんか。」


 しつこく食い下がるエドガルドを断り切れず、ティナは曖昧に頷いた。


◆◆◆


「いやぁ、うちの師団、鍛え直さなきゃならないかなぁ。」


 師団の集会所にて。ティナに一矢報いることもかなわず全員へばってしまった団員たちの体たらくに、エドガルドは腕組みして唸った。


「鍛え直すって、団長!この人が鬼のように強いんすよ!何者なんですか!」


 副団長格のレミヒオが、ロングソードを投げ出しながら、ぶうぶう言う。


「何者って、そりゃあ、宰相令嬢ヴァレンティナ・グレンテス様だよ。」

「宰相令嬢!?信じられん!鬼神かなにかだろうよ!」


 悲鳴を上げる団員たちに、困ったような微笑みを浮かべるティナ。

 その光景に、エドガルドはふっと苦笑した。


◆◆◆


 ティナが連れてこられたのは、フェリクス近衛師団の集会所兼訓練所だった。体育館くらいの広さの訓練所に、円卓のある会議室と、宿舎がついている。近衛師団の面々は、その宿舎に詰めているらしい。


「今日からうちの師団に入る、ヴァレンティナ・グレンテスだ!」


 近衛師団の面々を前に、エドガルドは高らかに宣言した。


「入るなんて、まだ一言も…。」

「お!新入りか」

「じゃあ団長、あれっすね!」

「入団の儀!久しぶりっすね!女だからって容赦しないですからね!」


 ティナの抗議は、団員たちの声にかき消された。


「入団の儀…?」

 

 ティナが眉をひそめてエドガルドの方を見ると、エドガルドはなんのこともなく答えた。


「言ったでしょう、うちは実力主義だって。貴族も平民も、階級も年次も関係ない、強いやつが上に立つんです。だから、新入りが入ってきたら、まず模擬戦で、序列を決めるんですよ。」


 言うが早いか、模擬刀のレイピアが投げ渡される。


「よろしくお願いしまぁす!」


 一番格下と見られる少年のような兵が、早速斬りかかってきた。勝ったら格上、負けたら格下。格下の兵から順番に戦っていって、ティナの組織内での序列を決める、ということらしかった。


(なんという野蛮な…ていうか、全員と模擬戦するの?)


 最格下の少年の刃を5秒で絡めとり、豪快に蹴り飛ばしながら、ティナは内心ため息をついた。


◆◆◆


 そして20分後。ティナは、エドガルド以外の全員を難なく倒していた。


(わたしもだんだん極まってきたな…精鋭の近衛師団兵に鬼神呼ばわりされてるし。)


 200年の歳月を経て、鬼あやかしの類いに近くなってきたのかもしれない。息ひとつ乱さず、ティナは少し落ち込んだ。

 そのとき、訓練所の扉が開いた。何人かの人物が駆け込んでくる。意外な人物の登場に、ティナは息を飲んだ。


「お父様!」「宰相殿!」


 息を切らして飛び込んできたのは、父宰相カリスト・グレンテスだった。

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