【幕間】はりぼての獅子王② 行軍と老人

「ええと…レオンシオ様には、呪いがかけられているのですね。」


 数秒経って、レオンシオが冗談を言っているわけではないと気付いたエミリアが、おずおずと確認してくる。


「そう言っているだろう。」

「その呪いは、どんな呪いで…いつかけられたものなのでしょうか。」


 至極当然の疑問に、どう答えたものかと、レオンシオは首をめぐらせた。


「どんな呪いか、お前に説明するのは難しいが…いつかけられたものかは、言える。」


 この茶番が始まる前―…レオンシオの生の繰り返しが始まる前は、当然、世界の全員に魂があった。

 国王である父上にも、婚約者のティナにも、その父で宰相であるカリストにも…そして忌々しい、赤髪の近衛師団長エドガルドにも。

 そして呪いの始まりは、あの北方遠征だった。

 レオンシオは、遠い記憶を探りつつ、話し始めた。


◆◆◆


 あの冬は、稀に見る雪の多い冬だった。

 比較的温暖な王都でも、日中、ぼた雪の舞う日があったくらいだ。さすがに王都では積もらなかったが、馬車で北へ3日、夷狄と境を接する北方の領土では、初冬にもかかわらず足首までの積雪があった。


「国王だって、何もこんな年に、北方遠征を思いつかなくてもいいのにな…。」

「同盟国の代替わりですからね。使節を送るのは当然でしょう。」

「使節ったら、向こうが送ってくるのが筋じゃないのかよ。こっちが宗主国なんだから。」

「もちろん、とっくに、先方からの使節も来ていますよ。今回はその答礼です。まぁ、国王にも深慮がおありなのでしょう。現状、北方の異民族はわが国に恭順を示していますが、それもかりそめの服従。いつ牙を剥いてもおかしくないのですから…」


 降りしきる雪で見通しが効かない中、馬を進めながらぼやくレオンシオに、近衛師団長エドガルドは苦笑した。

 今回の北方遠征は表向き、かの異民族の地の王が代わるというので、その祝賀の使節のていをとっている。

 だが、真の狙いは、その牽制にあった。その証拠に、祝賀の使節にも関わらず、使節団は1万からの軍勢を率いている。北方との国境に常駐する辺境伯の軍と合わせ、1万5千の兵力だ。もし異民族の若い王が、よからぬ野心をもっているとしたら…その野心を早々に打ち砕くには、十分な大軍だった。

 そしてその大軍を司っているのが、王太子であるレオンシオ。近衛師団長エドガルドは、そのお目付け役というわけだ。

 そもそもお目付け役がいるといいうだけでも腹立たしいのに、それがこの男だということが、さらにレオンシオの苛々を助長していた。八つ当たり気味に、レオンシオは吐き捨てる。


「だとしても、俺まで来る必要があるのかよ。お前がいれば十分だろう、エドガルド。」

「陛下は次期国王たる王太子殿下に、いろいろな経験を積ませたいのですよ。これも見聞を広めるいい機会です。」


(次期国王たる王太子殿下、ねぇ。その肚で、俺のことをどう思っているやら。)


 馬上で揺れる赤い髪、赤い瞳。父と同じ色の髪と瞳を、見たくはなかった。

 だが、目を離すことができない。どこか目を引き付ける魅力があった。

 王国では「色彩眼」と呼ばれ、黒以外の鮮やかな色彩の髪や目を持つ者には、何かしら天賦の才がある…という迷信がある。

 基本的に、「色彩眼」が出る場合は、一族で同じ色が出ることが多い。たとえばグレンテス家の面々―…当主で宰相でもあるカリストやその弟で辺境伯を務めるテミスト、カリストの娘でレオンシオの婚約者であるヴァレンティナは、エメラルドのような深緑の瞳をしていた。

 そして、燃える深紅の瞳をした、エドガルド。深紅の瞳は、レオンシオの父である、国王と同じ色彩だった。


 軽い雪が、馬の鬣につもり、体温でさっと溶けていく。黒い鬣と白い雪のハイライトが美しい。

 レオンシオは馬に乗るときは、好んで黒馬に騎乗していた。黒い髪、黒い瞳によく合うから。…そう、レオンシオは色彩眼ではなかった。次期国王でありながら。

 

(国王と同じ「色彩眼」の自分の方が次期国王に相応しいと、内心俺を軽蔑しているんじゃないのか、エドガルド。)


 雪のぬかるみに馬の脚をとられそうになりながら、レオンシオは黙々と行軍をつづけた。


◆◆◆

 

 その晩、辺境伯の館まであと1日という地点で、軍は野営することになった。

 レオンシオは眠れず、天幕を抜け出した。

 ふらふらと目的もなく歩いていると、野営地から少し離れた場所に、下が崖になっている場所があった。

 遮るものない冬空に、満天の星。レオンシオは寒さも忘れ、しばし星を眺めていた。


「星見でございますか、王太子殿…。」

「誰だ!」

「…古来の王達は、星の巡りを視て、政を司ったと申しますからなぁ…。」


 まったく気配のないところから話しかけられ、レオンシオは狼狽した。

 異民族の土地に近いというのに、油断した。大軍を引き連れて気が大きくなっていたのだろう。瞬時に、供の一人も連れていなかったことを後悔した。

 がさり、とそばの藪が鳴る。


「だが、貴方はまだ真の王とは呼べない…。こんな大軍はりぼてをひっつれて、国王のお使いをしているようでは…。」

「夷狄の者か?姿を現せ!」


 現れたのは、夷狄が好む禍々しい面をつけ、黒い衣を纏った男だった。

 声音からすると、老人のようだ。背は低く、レオンシオの肩までもなかった。


「貴方を《真の獅子王》にする者でございます…、獅子が如きレオンシオ王太子よ…」

「俺を、真の王に…?」


 ちょうど王位継承について考えていたレオナルドは、つい老人の話に魅入られた。

 だが、老人はそれ以上王位についての話はしなかった。代わりに枯れ枝のような指で、目の前の崖を指さす。


「…この下に、異民族の集落がございます。この崖を下って急襲すれば、敵どもの虚をつけるかと。」

「急襲?何を言っているんだ。かりにもわが王国と夷狄の国とは友好国だろう。それを急襲などと…。」

「友好、ですか。植民地の間違いではないのですかね…。」


 面の男は、ぼそり、と呟く。その声には、言い知れぬ凄みがあった。


「理由など、いくらでもつければよいでしょう。叛乱の兆しが見えた、とか…野蛮な一族が先に攻撃をしかけてきた、とか…。どうせこの地は、王国の植民地にも等しいのですから…。」

「しかし…」

「国王のお使いではなく、夷狄の真の征服者として、その名を示しなさいませ…。獅子が如きレオンシオ王太子。」


 面の男はそれだけ言うと、姿をくらませた。

 

 …国王のお使いではなく、夷狄の真の征服者として。

 

 男の低い声が、頭にがんがんこだました。

 脳裏にあるのは、あの深紅の瞳だった。


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