【幕間】はりぼての獅子王① 脚本と人形
「今ここに、王太子レオンシオの名において宣言する!カリスト・グレンテスの爵位および宰相職を剥奪し…ヴァレンティナ・グレンテスとの婚約を破棄する!」
レオンシオは、一息に言い切った。
だが、婚約破棄の相手…玉座の前に膝をついたヴァレンティナ・グレンテスは、表情を変えなかった。
(驚きは、ないのか。)
宰相たる父にかけられた国家反逆の疑惑、爵位剥奪、そして王太子のレオンシオによる婚約破棄…突如全てを失ったはずの深緑の瞳に、動揺は微塵もなかった。
ポーカーフェイスだとしたら、大した役者だ。レオンシオは内心舌を巻く。
(…いや、当たり前か。これで何回目だと思っているんだ。)
そんな思いが一瞬頭をよぎるが、ティナにとってはいつも初めての婚約破棄なのだったな、とすぐに思い直す。
「…驚かないのか、ティナ。」
「…。」
レオンシオの呟きに、ティナはゆっくりと面を上げる。その瞳に刻まれているのは、絶望か、諦念か…。
だが、レオンシオがどれだけ凝視しても、彼女の表情から、特定の心情を読み取ることはできなかった。
(もっと、反応してくれよ、ティナ。)
「つまり心当たりがある、ということだな…。今まで貞淑な面をして、内心では俺を嘲笑っていたわけか。」
「いえ…。」
レオンシオが挑発すると、ティナは、一瞬反論しかけた。
が、すぐに口をつぐむ。そして黙りこくったまま、動かない。まるで、何もかも面倒になったかのように。
「…。」
その態度を見て、レオンシオも黙った。
下らない。
まるで2人で、下らない茶番でも演じているようだ。レオンシオはやりきれなくなり、そっぽを向いた。
どうせ結論の変わらない
そんなことは、レオンシオ自身よく分かっている。だが、それでも。
(もっと取り乱せよ、ティナ。お前まで魂のない人形になってしまったのか。お前だけは…。)
いつだって新しい反応を、感情を、行動を、見せてくれていたじゃないか。
顔を伏せたまま近衛師団に連行されていくティナの後ろ姿を、レオンシオはいつまでも見送っていた。
◆◆◆
婚約破棄の
「レオンシオ様!」
後ろから呼び止められ、振り返る。そこにいたのは、白銀の聖女・エミリアだった。
純白のドレス。上気した頬。なんとか唇を引き結んではいるものの、目の上のたんこぶだった婚約者のヴァレンティナを葬り去ることのできた喜びは、隠し切れていなかった。
婚約者に裏切られた男への同情、いたわり、そんなヴェールを1枚剥がせば、邪魔な婚約者から王太子を強奪し、恋と権力の両方を手に入れた女の、生々しい歓喜が露わになる。
下らない。
また、レオンシオはやりきれなくなる。
あまりにもお決まりで、定型化された表現だ。「神の寵愛を受けた聖女」といっても、魂のない人形であることに変わりはない。人形のくせに、心のあるふりをして、人間の感情というものを演じてみている。レオンシオは心底うんざりし、踵を返した。
「レオンシオ様、あの…!」
「…何だ。今日は疲れているんだ。」
結局エミリアは、レオンシオの自室までついてきた。あまりのずうずうしさに、倦怠感が倍増する。
こんなときティナだったら。
彼女なら、もう少し気の利いた対応ができるだろうに…などと、つい夢想してしまう。
もちろん、表情には出さない。その代わり、どかり、とソファに身を沈めながら、これ以上相手はできないと、明確な拒絶を示した。
あまりにも冷たい王太子の態度に、エミリアは立ち尽くした。
だが、数秒の間を置いて、振り絞るように言った。
「わ、私にできることはありませんか…!レオンシオ様の、お役に立ちたいんです!」
「俺の、役にか…。」
ならすぐに消えてくれ、俺の邪魔をするな…そう言いかけて、レオンシオは口をつぐんだ。
不安に震えるエミリアの水晶の瞳と、ティナの緑の瞳が、だぶったような気がしたのだ。とはいえ、ティナがそんな瞳を見せたのは、最初の試行だけだった。
彼女だけは、毎回同じ
そして、今では…。
レオンシオは、さっきの婚約破棄の
(虚無、か…。)
ずっと思い出せなかった歌の一節を思い出せたときのような静かな達成感と同時に、深い虚脱感が、あった。
レオンシオは、目の前の女に向き直る。神の寵愛を得たと称して、権謀術数渦巻く神殿組織の出世競争を勝ち上がってきた、強かな聖女に。
「俺の役に立ちたいと言ったな」
「は、はい!」
エミリアはこくこくとうなずく。
ずっと叱られていて、ようやく救いの手が差し伸べられた子どものようだ。
「呪いを解いてくれないか。」
「…呪い、ですか。」
案の定、意をはかりかねてきょとんとしたエミリアを横目に。
この期に及んで、俺は何を言っているのだろうという、自分への嘲笑と。
こんな夜には、誰かに洗いざらい話してしまいたいという、弱くて醜い欲求と。
どうせ魂のない人形に、何を言っても構いはしないだろうという、苦い諦めと。
何重もの感情に取り巻かれながら、レオンシオは続けた。
「そうだ。俺には呪いがかけられているんだ。夷狄の呪いが。」
《獅子王の名に相応しい「真の王」になるまで、何度でも生を繰り返す》
…しかも、魂のない人形たちの世界で。終わりなく繰り返される人形劇で、意識をもつのは自分だけ。
それが、レオンシオにかけられた「呪い」だった。
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