4 Don't mind

「冗談じゃない、あんなことで「死に帰り」したら、いい恥晒しだわっ」


 私の前で激しい怒りを露わにしているのは、真紅の差し色が入ったオフブラックのポリマースーツ、専任槍士官ランスマスターの制服に一人スカートのfタイプ、エナである。

 テストルームの会議室、他三名の専任槍士官は揃って渋い顔で椅子に座っている。

 彼らはサブアームの他に新しい超重力制御装置Gトロニックも試していて、どうやらケイはそちらに行っているらしい。

 ニレはテストルームの後片付け、ゲルダは私の横で口をへの字に結んで立っている。

 偏えに私の所為である。ごめんなさい。

 私は充電する時間がなかったので、依然としてナザニーの上に座るしかない。

 エナはすぐ目の前に立っているので、私を見下ろす格好だ。


「はあ、その申し訳ありません………」


 何回同じ言葉を繰り返したのだろうか。益々小さくなる私。

 眉間に深い皺を寄せ、荒々しく言葉を投げつけるエナ。

 憤りが治る気配は今のところ、ない。


「あなたねえ、私達をなんだと思っているの? 航宙要塞一万人の現役兵徒の選りすぐり。あなた達みたいに、引退してのんびり仕事している身分じゃないっ」


 エナは私達「二番目の人類」にしては珍しく、長く真っ直ぐな髪を燃えるような赤に染め、メイクも些か派手である。気性の激しさも私は他に知らない。


「大体あなた、なにその脚。まさか充電忘れ? こんな間が抜けた人、見たことがない。予備役って自覚はあるのかしら?」


 はあ、痛烈。それは今朝ナザニーにも言われました。とほほ。


「私だってこの通り、左脚は造りものだけど、充電なんか忘れたことない」


 そう言ってエナは、プリーツが入った短いスカートを捲り上げる。

 黒のニーソックスで目立たないが、腿の半ば辺りから私と同じ半透明の義肢だ。


〈おや、下着は髪と揃いの赤ですね〉


 顔からサーっと血の気が引く感触。私はすぐさまナザニーを拳で殴る。

 だが時すでに遅く、目の前のエナはみるみる顔を紅潮させ、声量が二段階ほど上がった。


「私達はねえっ、一度も〈ジェネクト〉に頼ったことがない優秀な兵徒の集まりなのっ、ヴァリオギアもポンコツ、パイロットもポンコツっ、もうっ、信じられないっ!」


 介護ロボットが入ってないのは些か納得いかないが、それを口にできる空気ではない。

 ナザニー、後で覚えてろよ………


「ご、ごめんなさいっ」


 と、私が再び口にしたところで、エナは一度だけ深呼吸をし、話題の矛先を変える。


「ところであなた、ケイのパートナーだったんでしょう?」

「えっ………」


 エナは腰に手を当て、屈んで私に顔を近づける。

 憎々しそうに言葉を続けた。


「あなたの所為でケイはあんな顔になったんでしょう? 私、知っているわ。彼女はヘマをしないから元の顔に戻す機会がない。私も彼女にヘマはさせないけどねっ」


 エナはケイの現パートナー。私はこの時に始めて気が付いた。

 そう言えば、僅かに広い額になで肩で華奢な身体つき。私と同じf071の素体。

 彼女の両の拳は固く握られ、細かく打ち震えている。


「あなたの所為……… あなたの所為なのに」


 エナの怒りは、私のミスによるものだけではないらしい。

 もしかして、エナは………


「培養皮膚を移植すればマシになるのに、彼女はそれすらしたがらない。何に拘っているのか分からない、なんであなたみたいなポンコツと組んでいたのか、さっぱり分からないっ!」


 もちろん私とケイのペアは演算思考体グラン・ヘリオスが決めたことだ。

 だが、エナの言葉はその意味を指していない。明らかに合理的思考から外れている。

 エナの剣幕が最高潮に達したところで、見兼ねたゲルダが口を挟んだ。


「あの、その辺でご容赦頂けませんか?」

「なによっ、あなたにも管理責任があるのよっ、分かってるのっ!」


 エナを髪を振り乱してゲルダに向き、その顔を睨み付ける。

 すると、それまで黙って座っていた年長らしき専任槍士官、リオルが口を開く。


「エナ、もう止せ」


 年長と言ってもクローン培養槽の中で誕生し、旧人類で言う六千日後に老化抑制処理を施される私達にとって、見た目に大きな差はないが。


「だってっ」

「彼は「観察者」だ」


 一瞬の沈黙の後、エナは今度は後ろのリオルをキッと睨みつける。

 そして「ふんっ」と踵を返すとズカズカと大きな足音を立て、会議室の外へ出て行った。

 やれやれと肩を竦ませるリオル、大きく溜め息を吐くゲルダ。


「さて、話を進めましょう。サブアームの件」

「そうして頂けると助かります」


 私はただひたすら頭を項垂れるしかない。





***





「あははは、あの時、苦虫を噛み潰したような連中の顔と言ったら」


 第五層のオフィスに戻るロボットカーの中。

 前席から後ろを向くゲルダは、私を気遣ってか上機嫌な振りをする。

 後席、ニレの横で落ち込む私に笑っていられる余裕はない。

 ニレは黙ってゲルダの話を聞いている。


「君達「二番目の人類」は演算思考体が決める適性が違うだけで貴賎なんてない。なのにあいつら審議総長に選ばれたからってヤケに偉そうだからね、いい気味だよ」

「でも実際、彼らは私達の中では優秀で………」


 ゲルダは口角を吊り上げ、私の顔に視線を移す。


「そりゃあ個々の努力もあるけど、彼らの才能はゲノムのチューニングに寄るものが大きい、言わば「ギフト」だよ。振りかざすための「権威」じゃない」


 ギフト——— そう言い切ってしまうゲルダの言葉に、私は違和感を感じざるを得ない。

 その才能のお陰で、今もケイは〈ジェネクト〉の恩恵を受けられない。

 利己的な理由による〈ジェネクト〉は禁んじられているからだ。


 それではまるで、呪いではないか。


「君達の代表、審議総長は余計なことをしてくれたもんだ。なんで旧人類の悪いところを真似するんだ。個性は尊重すべきだが、優劣を付ければいずれ分断を生ん……」


 私に向いたゲルダが言葉を詰まらせたことで、私は自らの頰を伝う涙に気が付いた。

 私は年齢は旧人類で言うと二十五歳くらい。今さら自らを子どもだとは思っていないが、それでも早々と事を割り切って、頭を切り替えられるほど強くはない。

 どちらかと言うと後に引く方だ。


〈シズ、今日のことは私にも非があります。謝罪させてください〉


 私の足下で、脚を折り畳んで佇んでいたナザニーが言葉を発する。

 普段の憎たらしいテノールは角を弱め、心なしか口調が沈んで聞こえる。

 これも会話プログラムによるものだろうか。


「なに? ナザニー、どういう風の吹き回し?」


 私は指で涙を拭いながら応える。


〈私の思慮に欠ける発言が原因とも言えます。深くお詫びいたします〉

「ミスはしなくて当たり前。だから、君が謝ることじゃない」


 ナザニーはボディ先端のライトをチカチカと点滅させる。


〈fタイプにとって下着はセンシティブな話題と理解できました〉


 取り敢えず私はもう一発殴った。





 ロボットカーは階層を連絡するバイパストンネルを抜け、第五層の製造区に入る。

 再びゲルダは後席の私達に向き、唐突に口を開いた。


「そうだ、シズ。明後日から三日ほど、仕事を空けられる?」

「えっ、急に、どうしてですか?」

「三日間をオフにして「遠足」でもどうかな? ニレも一緒に」

「えっ、オフっ! ……… って、遠足?」

「わたし、も?」


 ゲルダは普段から下がりっぱなしの目尻を、更にグッと下げている。

 所長権限のオフはありがたいが、嫌な予感しかしない。


「気分転換に、ちょっとC8まで」

「C8って、OCDストレージ以外に何があるんですか?」


 OCDとは「Outer Continuem Dust」の集積場。つまり約五メートル四方まで解体された〈彼ら〉の一時保管施設のことだ。そしてC8はクラウドスフィア八番目の衛星である。

 直径凡そ四千八百二十キロ。表面はプレート移動や火山活動は見られず、全面に渡って衝突クレーターで覆われている。重力は〇・一二六五Gと小さく、人は住んでいない。


「実はテスト前に専任槍士官ランスマスターの連中から聞いた話でね、変わったOCDがあって」

「それって、仕事じゃないですか……」


 やっぱり、と軽く落胆する私をよそに、ゲルダは和かに話を続ける。


「組成密度や擬態反応が他とかなり違うらしい。規定値外だから処分予定なんだけど、変異OCDは僕達の仕事に役立つかもしれないからね。興味ないかって」

「えっ、でもナザニエルはそのままじゃ武装許可は下りないでしょう?」


 解体され著しく脅威が下がっているとは言え、元は時空災厄アウターコンテニュームである。万一に備え、武装したヴァリオギアの同伴無しではC8への渡航は許可されない。

 二世代前のヴァリオギア、現役を退いて久しいナザニエルの再認証は難しいだろう。


「だからニレ。「観察者」権限で彼女を借り出すのさ」

「えぇ………」

「?」





***





「ヒト型の戦闘機」ことヴァリオギア――― 元々は惑星開発など過酷な環境下での運用を想定した着用型重機で、いわゆる強化外骨格エグゾスケルトンから発展・進化したもの。

 強化外骨格が複雑なアクチュエータによる追跡動作トレーシングに対して、ヴァリオギアはヒトの筋肉構造を模した可変アロイそのものが模倣動作ミラーリングを行う。

 四肢の延長のように緻密に動作することから「拡義体」と呼ばれ、時空歪曲防壁を突破するランスガン運用に欠かせない重要戦術兵器となっている。


 そして可変アロイとは、神経接続によってパイロットの意のままに形状を可変する合金繊維。

 簡単に言ってしまえば、基礎となる軟性金属ヴァリオリムにナノレベルまで粉砕した〈彼ら〉を混ぜ合わせ、繊維化した人工筋肉の一種だ。


〈彼ら〉は「主人あるじ」と認識した存在の形態や動作を模倣する性質がある。

 旧人類で言う一世紀ほど前、研究職に就いた当時の仲間が〈彼ら〉の断片を誤って素手で触れてしまったことから発見された。

 断片はみるみるヒト型に変形し、接触している間は研究者の動作を真似し続けたらしい。

 その仕組みは未だ解明に至っていないが、〈彼ら〉が存在した元の時空で作用する何らかの力が、「主人」と認識した存在の運動系の神経細胞を走査し、模倣を始める。

 つまり、可変アロイはこの性質を利用したもので、〈彼ら〉が自らより質量が大きい存在に随従化する性質もこれに起因する。


 私達VARDの主な職務は、〈彼ら〉の粒片とヴァリオリムの混合率や繊維パターンの組み合わせを試して、任意の目的に沿った可変アロイをデザインすることだ。





「そうそう、そこのホックを留めて」

「シズ、こう?」


 VARDのスタッフで貸し切りとなった航宙高速艇ヴァントヌフ、その更衣室。

 私はニレに手伝ってもらって与圧服を着る。残念ながら下着の話ではない。

 ナザニエルは先代から採用が始まったニューラルジェル型神経接続ではないからだが、重く嵩張る上にオレンジ色の野暮ったいデザインは些か閉口する。

 流石に今日はバッテリーを切らしていないが。


「うん、これでバッチリ。ありがと」

「えへへ」


 薄く照れ笑いを浮かべながら、ニレは自らの着替えに移る。

 イエロー/エナメルブラックのツートン、現行ヴァリオギア専用のスキャンスーツ。

 色は違うが、四年前に私も着ていたものだ。

 神経接続の状態を監視するセンサーが編み込まれた薄いメッシュ状のスーツは、パイロットの素肌に密着してスキニーなシルエットを作る。

 それにも増して、横から見るニレの前後に薄い小さな身体が眩しい。

 勝手に触ったら怒られるかな、と邪まな思考が私の脳裏を支配する。


「えっ、わたし、なにかへん?」


 僅かに頰を桜色に染め、おずおずと私に視線を向けるニレ。

 可愛い。誰が何と言おうと逸材である。

 お姉さんは大いに嬉しい。おっと、涎が………


「えっ? ああいや、私もそれ、昔に着てたなあって………」

「そっか。わたし、ぺったんこだから、まじまじ見られると恥ずかしい」


 そう言ってニレは、自らのヘルメット型情報モジュールで胸を隠した。

 いやいやいや待て待て待て。

 君のそれがぺったんこなら、私の立場はどうなる。


「それは聞き捨てならないな。どれ、検証するからもっと見せたまえ」

「えっ、検証って? シズ?」


 私は両の掌をニレの胸の位置に掲げ、五指をわきわき動かしにじり寄る。

 動揺しながら後ずさるニレ。


「良いではないか、悪いようにはしないよ、ほら、私に全てを任せたまえ」

「えええ……… ってシズ、ほんき?」

「ほぉら、一度心を開けば、後で楽になるよ、さあ」

「えっ、やだ、待って、シズっ!?」


〈お二方、戯れはその辺にして、そろそろ降下時間です〉


 と、ここでナザニーの艦内通信の横槍が入る。

 せっかく更衣室の端まで追い詰めたところだったのに。残念。

 だが、ナザニーは言葉は続く。


〈因みにですが、容量としてはやや平均を下回るものの、ごく一般的な数値です。決して「ぺったんこ」ではありません。お気になさらず〉

「もうっ、聞いてたの? いちいち分析しなくていいからっ!」

〈ニレの身長比で言えば〉

「  」


 くすくすと笑うニレ。

 私達と打ち解けとけた所為だろうか、少しばかり明るくなった気がする。


 良き良き。

 わきわき。

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