2 あの日のミッション
次々と放たれる〈彼ら〉の遠隔攻撃手段、攻性プローブ。
数千メートルまで伸びる魔針の網をかい潜り、不可視の盾の揺らぎが弱い部分を探す。
その弱点にランスガンの先端を突き入れ、逆位相の時空歪曲現象を発生させ相殺、時空歪曲防壁の一部を無力化するのだ。
呼称Bは移動方向を軸に回転を始め、七本に枝分かれした巨体をゆるりと広げ始める。
私はケイの周りを旋回しつつ、ランスガンで攻性プローブの搦め手を薙ぎ払う。
彼女も同じくランスガンで〈彼ら〉の盾を切り開き、間髪入れず
暗黒の闇に迸るマズルフラッシュ一閃。
ケイの射撃は正確で決して無駄弾を撃たない。
呼称Bは広げた巨体のうち一本が超重力圧縮弾の空間圧縮により断裂、禍々しいチューブ状の胴体は真円に穿たれ、本体からじわりと切り放されていく。
直後、僅かの間だけ〈彼ら〉の動きが止まるが、再びゆっくりと動き始めた。
時空災厄は分断されると自らの状態把握のため、一時的に活動を停止する。そして〈彼ら〉は自らより質量が大きな存在に対しては従順である。
私達の任務はこの二つの性質を利用して、「ヒト型の戦闘機」より小さな質量になるまで時空災厄を解体、脅威を滅することにある。
他の仲間も次々と超重力圧縮弾を命中させ、呼称Bの巨体は瞬く間に細切れにされていく。
私達も〈彼ら〉の巨体をもう一分割切断に成功する。
出撃五回に一回はこの手合い。投影視界下端に並ぶ僚機のアイコンは一つも欠けていない。
私はこの時点まで余裕綽々で、任務終了後のケイとの食事のことばかり考えていた。
『シズ、ヘリオス3がボク達は呼称Aに移れって』
「今、ミッションの更新を確認した。了解、ケイ」
私達はヴァリオギアが背負う四つの光輪、超重力の翼の出力を上げる。
解体されつつある呼称Bを大きく旋回、呼称Aの元へと移動を開始する。
いくつかの小惑星を回避し、演算思考体ヘリオス3の誘導に沿って進むと、およそ百二十秒後に呼称Bよりも一回り大きい呼称Aの姿が見える。九百メートル級だ。
僅かに横に長い八キロメートルほどの小惑星表面に二本の巨体でへばり付き、残り五本の巨大な触手を風車のように大きく広げて振り回している。
緩慢な動きに見えるが、大きさを考えればかなりの速度が出ているはず。
更に接近すると「ヒト型の戦闘機」の左腕らしき残骸が私達の後方へ飛び去っていった。
撃破された僚機だろう、投影視界のアイコンがいつの間にか三箇所消えていた。
「どうやら呼称A、思ったより手強い個体みたい」
『そうらしいね、呼称Bは若かったけど』
私達は呼称Aと戦う仲間達の周りをぐるっと遠巻きに旋回。〈彼ら〉が小惑星にへばり付いた地点の直上から一気に垂直降下、再び攻撃に移った。
直径は八十メートルほどあるだろうか。真上から降り掛かる私達の力天使に対して、火の粉を払うように一本の巨大な鉄槌を振るう〈彼ら〉。
触手との距離を測りながら螺旋状に飛翔し、超重力収束点を探す私とケイ。
私は次々と迫る攻性プローブの斬撃を払い除け、ケイは不可視の盾に先と同じ裂け目を作る。
迷いなくトリガーを引く彼女。
『
ランスガンから迸る閃光、真っ直ぐ光の柱となったそれは超重力の裂け目をすり抜ける。
着弾、そして超重力による一瞬の空間圧縮。
バツンッと〈彼ら〉の触手に大きな球状の穴が開き、切断が成功したかのように見えた。
だが、着弾点が触手の真芯を捉えきれず、空間圧縮を逃れた端が僅かに残ったため、惜しくも〈彼ら〉は活動停止に至らなかった。
「あと少し、あと少しだったのにっ!」
再攻撃のため、私達はヴァリオギアを一旦〈彼ら〉から距離を取らせる。
二度目の垂直降下、その途中で一本の攻性プローブが私の機体の大腿部を貫いた。
先に分断された〈彼ら〉の一部が死角となり、攻撃に気づけなかったのだ。
高速移動中での衝撃、機体は大きくバランスを崩して失速。
私と機体は呼称Aがへばり付く小惑星に、回転しながら叩き付けられた。
『シズっ!』
情報窓の中のケイの表情が歪む。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった私は、両脚を襲う激痛を自覚する。
小惑星の地表に激突した衝撃でコクピットが変形、両腿の半ばから先を押し潰していた。
ホワイトアウトする視界———
「あぅっ…………」
『シズっ、返事してっ、シズっ!』
私は声にならない声を上げる。
耳元で聞こえるケイの呼び声が、少しも頭に入らない。
コクピットを満たす神経接続の媒介物質、ニューラルジェルが血の靄に染まっていく。
私達のクローン素体は体内のナノマシンにより痛覚遮断が可能だが、効果開始にはタイムラグが存在するため、最初の衝撃は間に合わない。
痛覚遮断が効き始めて少しずつ痛みが減少し、ようやく私は自らの状況把握を始める。
投影視界は警告だらけになっていたが、一応は機能していた。
だが今度は、大量の出血により意識が混濁を始め、やるべきことの判断が付かない。
私の両脚がどうなってしまったか、血が溜まって見えない。
ヴァリオギアの神経接続システムは反応を返さない。
ミューオン触媒核融合ジェネレータが暴走を始めている。いずれ融解するだろう。
ああ、私はまた〈ジェネクト〉のお世話になるのか。
ごめんね、ケイ。私またやってしまった。
そうだ、〈ジェネクト〉を起動しなければ………
〈ジェネクト〉の起動条件は頭の中に埋め込まれた量子通信コアの損傷、もしくは使用者の機能停止コマンドの発令によって行われる。
起動すれば、航宙要塞内の素体調整センターに保存された新たなクローン素体、つまり用意が義務付けられたスペアボディにバックアップ記憶の注入が開始される。
〈ジェネクト〉が「死に帰り」と揶揄されるのはこのためだ。
但し、バックアップ記憶はその走査速度の仕様上、〈ジェネクト〉機能停止の三分前までしか記録できない。
機能停止コマンドを思い出し、発令しようとしたその時。
ふと私はあることに気がついた。
そういえば、前回「死に帰り」した直前の記憶がない。
目が覚めたら暖かいベッドの上、ただそれだけ。
自分で〈ジェネクト〉を起動したのか、先にコアが損傷して起動をしたのか。
三分間のタイムラグの所為で、記憶が欠落しているのだ。
そして、ある疑問が私の脳裏を支配した。
〈ジェネクト〉で生き返った私は、本当に「私」なのか。
そもそも私は「死に帰り」の前と後で、繋がった存在ではないのではないか。
私と殆ど同じ姿と記憶を持った「別人」と入れ替わるだけではないか。
今、ここに居る「私」はそのまま死ぬだけ———
私は恐怖の真の意味を知った。
『シズっ、シズっ! ねえっ、返事してっ!』
あの大人しいケイの必死の通信が聞こえる。
私は思わず心の声を吐露した。
「死ぬのは、いや………」
私は意識を失った。
***
柔らかい採光の部屋、見えるのは馴染みがない天井。
数本のチューブが柱のような機械からぶら下がり、私の肘裏に伸びている。
暖かいベッドと肌触りがいいリアルウールの患者着。
僅かに鼻に付く消毒液の匂い。
あの時、私のヴァリオギアが大破して………
私はまだ朦朧とした意識の中で、覚えている記憶を必死に手繰り寄せる。
ここは〈ジェネクト〉素体センター、じゃない?
私が訝しげに周囲に視線を巡らせていると、傍らから聞き慣れたよく知る声。
だがその声は、喉を痛めたかのように酷く嗄れている。
「良かった、シズ。目が覚めて」
ケイ? ……… ケイっ!
私は声の方向に顔を向けると、ベッドの右横にケイが椅子に座っていた。
だが彼女は何故か、私に顔を背けるように首を左に向けている。
「あ、あの……… あの私、どう、なったの? ここって?」
「驚かないでね、シズ」
ケイはそう口にすると、ゆっくりと私に顔を向けた。
私は言葉を失う。
彼女の顔は右半分が分厚い保護フォームで覆われ、くるくるの巻き毛は右側だけが無残にも短く刈られていた。よく見ると右腕も成型ギプスで固めて吊っている。
「え、ケイ、ど、どうしたの? その、顔………」
私はそう呟いた後、脚元の違和感に気づく。
いつもの調子で身を起こそうにも上手く起き上がれない。
ベッドに肘を突いてようやく起き上がり、ブランケットを跳ね除ける。
私の両脚は腿の真ん中から先が綺麗に失くなっていた。
視界に入るのは保護フォームで固められた私の脚だったもの。
「あ………」
ケイはあの時、私の機体をランスガン先端の高周波振動ブレードでバラバラに切り裂き、コクピットごと取り出して私を救出した。直後に核融合ジェネレーターが融解し爆発。
機体の破片がケイのコクピットを背後から貫通し、ケイの右耳の前から鼻の手前までごっそり斜めに削り取ったのだ。もちろん右眼球もろとも。
そして私の両脚は粉砕骨折が過ぎ、切断するしか選択肢が無かったのである。
「ごめん、ボクが助けた。この顔は、その、ちょっと失敗して」
ケイは辿々しい言葉で経緯を説明する。
私は混乱のあまり、ケイに酷い言葉を投げつけてしまう。
「な………なんで、その顔、この脚、どうして、こうなるのっ!?」
「その、ごめん」
「なんでっ、なんで、わ、私を、助けたりしたのっ!」
以上がケイとパートナーを解消し、袂を分かった切っ掛けである。
私が事の詳細を知ったのは、後に彼女のレポートを読んでからだ。
確かにあの時、私は死を恐怖した。
だが、それと引き換えにケイの負傷を受け入れることができただろうか。
そして、ケイは何故そうまでして私を助けたのか。
私は以前にも一度〈ジェネクト〉を経験しているのに。
よく分からない。
私が素直に〈ジェネクト〉を起動さえしていれば、ケイは無茶をすることもなく、彼女の愛らしい顔も私の両脚も元のまま。今も変わらない関係が続いていたかもしれない。
あの場に居た「私」とは違う「新しい私」とではあるが。
後悔しかない。
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