3.神威
昼休みが終わって早々、小町達は何台かのボンネットバスに分乗して、都心からやや離れた郊外へと運ばれていった。
整備された街並みは段々とその姿を消し、建築途中の建物や更地、果ては瓦礫が積まれたままになっている土地が目立ってきた。育成館の生徒達はその光景を前に、この国がいまだ復興途上であることを噛みしめていた。
そのまま、都会の喧騒を離れて小一時間ほど経った頃、ようやく目的地に辿り着いた。詳しい場所は知らされていなかったが、遠くに山が見えるところを見るに、二十三区外かもしれなかった。
そこには、幾つもの廃工場や放棄された住居が建ち並んでいた。幾つかの建物には火災や爆発の跡が見受けられるので、空襲を受けてそのまま放棄されたものかもしれない。
敷地全体は金網と有刺鉄線で囲まれており、「いかにも」という雰囲気がある。丈夫そうな
バスは門扉を潜ると、建物からやや離れた広場のような所で停車し、ようやく生徒達を吐き出した。
今回、危険を伴うという理由で小学生組は不参加だ。その為、全体授業の時よりも人数はだいぶ少ない。
「諸君! 長旅お疲れでした! ここは、戦前は軍需工場として稼働し、戦後は米軍に接収――される予定だった土地です!」
広場に整列した生徒達を前に、引率代表である原田館長が話し始める。
「言わずもがな、接収に至らなかった理由は、諸君らが今回ここに呼ばれた理由でもあります! そう、ここには荒魂が出たのです! この工場では、戦時中に動員された学生達の多くが、爆撃により命を落としました! 彼らの嘆きや苦しみ、遺された家族の悲しみが、この地に残留していたのです!」
原田の言葉に、生徒達がチラリチラリと辺りを気にしだす。
外観の不気味さも相まって、今にもすぐそこから荒魂が襲い掛かってくるように感じてしまったのだ。
「しかし、それも今日までのこと! 宮内庁所属の姫巫女達が、長い長い時間をかけてこの土地を清め続けた、その成果が本日結実します! あちらの一番大きな建物をご覧ください!」
原田がビシッと指さした方向に、生徒達の眼が一斉に向く。そこには、他の建物よりもひときわ大きな、天井が完全に崩落した元はカマボコ型だったであろう建物の姿があった。
よく見れば、その建物の周囲にはぐるりと取り囲むように
――そして、生徒達は一斉に感じた。その建物の中に渦巻く圧倒的な「陰の気」の存在を。
「諸君らも感じている通り、あの建物の中に荒魂がいます! この敷地内を漂っていた有象無象の荒魂を追い込むように土地を掃き清めた結果、今は一つになってあの中に封じ込められているのです。――これから、諸君らの先輩方が、それを討ち祓います」
原田のその言葉を待っていたかのように、バスの中から軍服にも似た白装束を身に纏った帯刀した男達と、巫女装束に身を包んだ女性達が降りて来た。宮内庁所属の、正規のサムライと姫巫女達である。
その中には、学生服に身を包んだ安琉斗の姿もあった。
「あっ、安琉斗先輩だ」
「アルトの奴、いないと思ったらあんな所に……」
「安琉斗さまは既に正規のサムライ、しかも陛下の側近です。あちら側にいらっしゃるのは当然ですわ」
不思議がる肇と小町に、彩乃が呆れたような呟きを漏らす。
尤も、その「呆れ」の中には、「何故、自分はまだあの中にいないのか?」という自分自身の至らなさに対して向けられたものもあるのだが。
「今から、諸君らの先輩方が実際に荒魂を祓ってみせます! 諸君らには、少し離れた所からそれを見学して頂きますが……荒魂の陰の気は、ただ近付いただけでも我々の生命を脅かすものです! 常に心を強く持ち、決して呑まれぬように! では、参りましょう!」
原田の号令と共に、サムライと姫巫女達が一糸乱れぬ列を作って建物へと歩き出す。
小町達生徒は、引率の教師達と共にそれに少し遅れて歩き出した。
『うわ~、やばい。緊張して来た~!』
『駄目だ、もう吐きそう……』
『ちょっと、顔色悪いですよ? 先生! 先生!』
途端、生徒達が騒がしさを増す。中には既に荒魂の陰の気に当てられたのか、体調を崩す者まで出始めていた。主に小町と同じ中学生組の生徒達がそうであった。
一方の小町はと言うと――。
「……ちょっと、小町さん。大丈夫ですか? 随分と顔色がお悪いようですが。肩も少し震えているような」
「だだだ大丈夫でぇい! 武者震いってやつだよ!」
傍らの彩乃が心配してしまう程に顔色は悪く、ガタガタと震えていた。
しかし、それは目の前の建物から立ち昇る荒魂の陰の気によるものではない。もっと何か、正体不明の「恐ろしい予感」が小町に恐怖を覚えさせていた。
(おかしい。オレ、ビビってんのかと思ったけど、なんか違う。なんか、嫌な予感がする!)
小町とて自分の「先詠み」の力は理解している。自分の感じている恐怖が目の前の脅威に対してなのか、それ以外に対してなのかくらいは、なんとなく理解出来る。
そして今、小町が感じている恐怖は間違いなく後者であった。
(どうする? 今から誰か先生に……いや、アルトにでも相談すべきか?)
逡巡する小町。しかし彼女が迷っている間にも、荒魂を討ち祓う準備は着々と進んでいた。
姫巫女達が建物の周囲に散り、サムライ達は隊列を組んで扉の前で抜刀する。
「これより、『
「はっ!」
隊列の先頭を務める年配のサムライの号令に従い、他のサムライ達が刀を正眼に構える。
その中には安琉斗の姿もあった。
「筆頭! 神威の使用許可を!」
「使用を許可します。各々方、我らの力を、一つに――」
年配のサムライに「筆頭」と呼ばれた三十絡みの姫巫女が、今度は建物の周囲に散った姫巫女達に号令を下す。
――その刹那、周囲の空気が一変した。
姫巫女達の体から霊力の帯が立ち昇り、一つとなる。霊力の帯はサムライ達の周囲をも包み込み、彼らの霊力をも溶かすように結合し――巨大な光の柱となった。
「あ、あれが……?」
「ええ。あれこそがサムライと姫巫女の霊力合一――神威ですわ」
彩乃の言葉に触発されて、小町の頭の中に知識が浮上する。
「神威」。それは、霊脈へと接続した状態の姫巫女が仲介役となり、サムライ達へ霊脈から得られる膨大な量の霊力を供給する奥義である。
神威状態となったサムライ達は、平時の数十倍以上の運動能力と霊力を得る。更には彼らを包む膨大な霊力が防御膜となり、荒魂の陰の気はおろか、物理的な力からも身を守ってくれる。
――非公式ではあるが、戦時中に行われたある実験によれば、神威状態にある熟練したサムライと姫巫女には、大戦艦クラスの主砲でさえも通じなかったとも言われている。
まさしく、物理的にも霊的にも「神が如き威を示す」離れ業なのだ。北方民族の言葉で「神」を表す「カムイ」という音が当てられているのも、そこに起因した。
「これより大扉の封を解く! 総員、対荒魂戦闘準備!」
『応っ!』
全員の気合の声を確認してから、年配のサムライが大扉の前に歩み出て、「えいやぁ!」という裂帛の気合と共に袈裟懸けに刀を振った。
――刹那、何かが爆発するような轟音と共に、大扉が消滅した。否、膨大な霊力を纏った斬撃を浴びて吹き飛んだのだ。
「ひぇ……」
あまりの迫力を前に、小町の口から短い悲鳴が漏れる。あまりにもとんでもない、人間の力とは思えぬ威力であった。
(……いや、こんなビックリ人間がいる国が、なんで戦争に負けたんだ?)
そんな益体もない疑問を浮かべた小町だったが、その考えは目の前の事態にすぐにかき消された。
吹き飛んだ扉の奥から、何か邪悪なものの気配が一気に染み出してきたのだ。言わずもがな、荒魂である。
――ソレは当初、赤黒いモヤのような姿をしていた。
だが破られた大扉の中から現れると、ソレは次第に形と色を変え、やがてはっきりとした姿を成した。
それは、一言で表せば「車輪の形をした燃え盛る炎」つまり「火の車」であった。真っ赤な炎が円を描き、その中に五芒星にも似た直線が走っている。
そして円の中心には顔らしきものが鎮座している。炎の陰影で顔のように見えるのかもしれないが、小町には少なくとも顔そのものに見えた。
「あ、あれが……本物の荒魂」
あんぐりと口を開けて「火の車」を見上げる小町。傍らの彩乃も肇も、そのあまりの迫力に衝撃を受けている様子だった――。
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