2.「先詠み」の姫

 昼休み。未だ授業に四苦八苦している小町にとって、育成館で安らげる数少ない時間だ。

 ばあやが作ってくれた絶品お弁当に舌鼓を打ちつつ、時に彩乃や肇ととりとめもない会話に興じる。バラック街で暮らしていた頃には無縁だった「青春」とやらに、小町はほんのりと幸せを感じるようになっていた。

 だが――。


「小町さん、明日の天気はどうかしら? ピクニックに出掛けようと思っているのだけれど」

「柏崎くん! 今度我が家が引っ越すことになったんだけど、この日取りってどう思う?」


 小町が昼食を終えるや否や、タイミングを見計らったかのように何人かの生徒が、小町にそんなことを尋ねに来ていた。昼食後のまったりとした雰囲気が台無しである。

 そもそも、明日の天気やら引っ越しの日取りの良さなど、小町に聞くべきことではない。にもかかわらず、彼ら彼女らが小町にそれを尋ねるのには、もちろん理由があった。


 姫巫女は霊脈に接続し様々な超感覚を得ることが出来るが、その中でも特筆すべきものが二つある。「千里眼」と「先詠み」がそれだった。

 「千里眼」は読んで字の如く、遠方の様子を見通す能力である。霊脈を伝って、日本全国の霊的要衝及びその周辺の状況を、ある程度ではあるが把握することが出来る。

 「先詠み」は、簡単に言ってしまうと「未来予知」だ。霊力は万物に宿り日々流れ行く。その流れ行く先を感じ取ることで、ごくごく近未来に起こる出来事を高い精度で予知、あるいは予測することが出来る。


 もちろん、全ての姫巫女がこの能力を駆使できる訳ではない。力のある姫巫女でも、全く持ち合わせない場合も多い。希少な姫巫女の中でも更に限られた能力なのだ。

 幸か不幸か、小町はこの内の「先詠み」に優れているらしかった。霊脈に接続していなくとも、明日の天気や行く先で起こっているトラブル、目の前にいる人物の運気のようなものを、本能的に感じ取れるのだ。

 育成館へ通い始めた頃、小町が無意識にその日の天気を言い当てたり交通渋滞を予測したりしていたのは、この能力に起因する。

 それは、小町よりも遥かに完成された姫巫女候補である彩乃にも出来ない芸当であった――のだが、それが災いした。ひょんなことから小町の「先詠み」の力が周囲に知れ渡ってしまい、気付けばこの通り、明日の天気であるとか自分の運気であるとかを聞きたがる生徒が訪ねてくるようになってしまったのだ。


「あ~、明日の天気は……うん、多分だけど快晴だよ。雲一つない青空だと思う。引っ越しの日取りってのはよく分かんねーけど……、その引っ越し先って大丈夫か? なんか、嫌な予感がするんだけど」


 それを煙たく思いながらも、小町は毎回律儀に答えていた。もちろん、「外れても責任は持てねーからな」と前置きした上ではあるが、今の所外れたことはない。何も感じ取れない場合は「分からない」と正直に答えていた。

 聞こえの良い世辞などは言わず、感じたままを伝える――その小町の誠実な態度と「先詠み」の正確さが更に噂となり、毎日ひっきりなしの千客万来状態となってしまっていた。

 一部では小町のことを「先詠みの姫」と呼んでいるのだとか。


 一方、傍らで見ている彩乃と肇は、その光景を微笑ましく見守っていた。


「なんだか、すっかり育成館の一員って感じですね、小町さん」

「ええ。最初はどうなることかと思いましたが、すっかり馴染んでらっしゃるわ。もちろん、まだまだ危うい所も沢山ございますけど」


 当初から小町に好意的だった肇はともかくとして、目の敵にしていた彩乃も今ではすっかり小町のことを認めている節があった。

 そもそも、小町自身が彩乃に敵意どころか敬意――それも子犬がじゃれついてくるような親しみを込めて接してくるのだから、彩乃もいつまでも邪険に出来るものでは無かったのだ。

 もちろん、安琉斗との親密さは相変わらずなので「恋のライバル」としての認識は続いているのだが。


 小町の所へは更に数人の生徒がやって来ていたが、ふと彩乃が時計を見ると、既に昼休みも残り少ない時間となっていた。


「さあさ、皆様。小町さんを便利屋さん扱いするのは、そのくらいにいたしましょう? 本日は午後から、実地講習という油断のならない行事が待っておりますわ。準備万端、整えてまいりましょう」


 小町に疲労の色が窺えたこともあり、彩乃が解散を促すと集まっていた生徒達はそれぞれ自分席や教室へと戻っていった。

 そんな彩乃の気遣いに、小町は「サンキュー」と覚えたての感謝の言葉を言ってから、深くため息を吐いた。


「実地講習かぁ……。あれだよな? 本職のサムライと姫巫女が荒魂を祓う現場を見学するってやつ」

「ええ。間近で一流の方々のお仕事を拝見出来る、またとない機会ですわ。百聞は一見に如かず、と申しますように、座学と修練だけでは得られないものを得ることが出来ると思いますわ」


 彩乃は既に一流の能力を持つが、「本物」の現場へ赴くことはまだ許されていない。だから、プロの仕事を間近で見られる今回の講習に、目を輝かせていた。

 ――だが、そんな彩乃とは裏腹に、小町の胸には一抹の不安が渦巻いていた。以前、原田に見せられた修練場での光景が頭をよぎっていたのだ。

 その圧だけで小町に「死」を予感させた荒魂。しかし、あれはほんの雑魚なのだという。では、現場でサムライ達が戦っている荒魂とやらは、どれだけ恐ろしい存在なのか?


(気が重いな……)


 彩乃の興奮に水を差したくないという一心から、小町は己の中にある不安を口に出すことをためらった。自分の不安は自分だけのものであるから、他人に見せるべきものではない、と思ったのだ。

 だが、小町は未だ自覚が足りなかった。自分が「先詠みの姫」と呼ばれる程、来たるべき脅威を敏感に感じ取る能力を持っていることに。小町が感じる不安の原因は、過去だけでなく未来にも存在するのだ、ということに。


 ――結果として、そのことが彼女達を絶体絶命の状況に追い込むことになった。

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