5.大いなる流れの中で

 サムライ候補生と教官達による立ち合いが終わり、次は未来の姫巫女達の出番となった。

 原田の言っていた「霊脈への接続」とやらの為に、体育館の中央ではうら若き乙女達が巫女装束に身を包み、整然と列をなしていた。中々に壮観な光景だが、その中に小町の姿はない。予定通り、彼女は少し離れた所から「見学」することになっていた。


「それでは皆様。心を落ち着け、『大いなる流れ』に身を投じましょう。決して、そこに呑み込まれぬように、常に『私』と『隣にいる者』を意識するのですよ?」


 姫巫女の課程を受け持つ教官――確か、館長と同じ「原田」といったか――の言葉に、姫巫女候補生達が『はい』と一分のズレもなく返す。小町にはそれが、何やら怪しげなまじないの儀式に見えて、少し不気味に思えた。

 ――が、次の瞬間。体育館の空気が静謐なものに変わった。


 瞳を閉じた乙女達――その身体から、青白い光が膜のように広がっていくのが見えた。それらは柔らかいベールのように揺らめき、触れ合い、ゆっくりと一つの大きな光になっていき、体育館を満たしてく。

 傍らで見ているサムライ候補生達を、教官達を、そして小町を包むその光は、柔らかく温かかったが、同時にどこか冷たくもあった。


(これ、みんなの霊力か?)


 小町は、直感的に光の膜の正体に気付いた。

 彼女がここ数日間で学んだ内容によれば、人間は――否、この世に存在する全てのものは、多かれ少なかれ霊力を持っているのだという。人間も動物も、虫や草木、果ては路傍の石ですらも、霊力を秘めている。

 だが、それら霊力は微弱であり、霊力を操る姫巫女やサムライでも、普段は目で捉えられないらしい。それこそ、霊皇が侍らせていた「幽霊」や、遥か大地の奥深くを流れる「霊脈」のような、存在そのものが霊力の塊である存在以外は。

 それが今、はっきり見えている。その事が、彼女達の体から立ち昇る霊力の強さを物語っていた。


(……それに、強いだけじゃない。この光は、どこかへ手を伸ばしている?)


 体育館を満たした光の膜。しかしそれは、この場を満たしているだけではなく、どこかへと流れていることに小町は気付いた。

 「一体どこへ?」と疑問に思い、すぐに自分の馬鹿さ加減に呆れる。この授業の目的を思い出せば、霊力がどこへ流れて行っているのかは自明の理だ。


(霊脈、か)


 『姫巫女が精神を霊脈と繋ぎ、そこから力を借り受けて一時的に能力を増幅させる』――頭の中にある知識を反芻しつつ、小町は霊力の流れを追おうと視界巡らす。だが、「流れ」らしきものは全く見受けられない。

 感覚では確かに「どこかへ流れている」と感じてはいるのだが。


 「ならば」と、小町は発想を逆転させる。彼女達の霊力が霊脈へ流れているのならば、霊脈の方を視ればいいのではないか、と。

 初めて霊脈を視たあの日の感覚を思い出しながら、小町は足元に視線を落とし、ゆっくりと目を閉じた。途端、視界が暗闇に包まれるが――ややあって眩い光の奔流が現れた。以前よりもはっきりと視える、霊脈の姿であった。


(相変わらずキレーなもんだなぁ)


 冬の日に見上げた天の河のような霊脈の美しさに半ば心奪われつつも、小町は視界を巡らした。すると、眩いばかりの霊脈の光に紛れるようにして、一本の光の筋が地上から霊脈に向けて手を伸ばしていることに気付いた。

 言うまでもなく、育成館の姫巫女候補生達の霊力だ。彼女らの霊力は「霊脈への接続」という言葉通り、その大いなる光の奔流に繋がるべく、暗闇の中をスルスルと進んでいた。


(なるほどね。「霊脈への接続」ってのは、自分達の霊力を一生懸命伸ばして、霊脈に直接触れることなのか)


 ぼんやりと「霊脈への接続」の理解を進めつつ、小町はふと気付く。遠くばかり視ていて気付かなかったが、自分の周囲にもいつの間にか霊力による光の膜が広がっていた。

 どうやら、肉体的な視覚を閉ざしたことで霊的な視覚が強化され、普段は見えない自分の霊力をはっきりと視ることが出来ているらしい。


(これがオレの霊力か。こいつも、みんなのみたいに動かせるのかな?)


 「そう上手くいくはずもない」と高を括りつつ、光の膜に「動け」と命じてみる。

 ――と、驚くべきことに光の膜がゆらゆらと揺らめきだした。明らかに小町の意志を受けての動きだった。

 意外な結果に驚きつつも、小町の心にホンの少しの欲が生まれる。「これ、このまま霊脈まで伸ばせるんじゃないか?」という興味本位の欲が。

 そして何より、先日から小町の中に渦巻く謎の焦りが、彼女の背中を押していた。


『焦りや驕り、恐怖を抑え込んでこその姫巫女です』


 ――原田の言葉を思い出しつつも、小町は欲求に負けた。

 「手を伸ばせ」と命じると、小町を取り巻いていた霊力の膜から細く頼りない光の筋が伸びた。小町はそのまま意識を集中し、その光の筋を霊脈へと向ける。

 光の筋はその頼りなさとは裏腹に鋭いスピードで遥か地中を流れる霊脈へと手を伸ばし――瞬間、小町の世界が一変した。


 気付けば、小町の意識は眩い光の中に在った。

 先程まであった体育館の床の感触も既に無く、自分が立っているのか座っているのか、はたまた横になっているのかも分からない。ふよふよと宙に浮いていて、上も下も分からないような状態だった。

 小町を包む光は一つ所に留まってはおらず、目にもとまらぬ速さで駆け抜けているらしかった。しかしそれでいて音も風もなく、小町の体を貫くような感触もない。どちらかと言えば、優しく包んでくれている感覚だ。


(ここ、どこだ? オレ、どうなっちゃったんだ?)


 自分の身に起こった変化の正体が分からず、小町は戸惑った。

 キョロキョロと辺りを見回そうとすれば視線は動くのだが、身体の感覚が全くない。まるで幽霊にでもなった気分だった。

 光の奔流の外側は、どこまでも広がる暗闇――であるかに見えたが、違った。よくよく注意して見てみれば、そこには小さな星々がささやかな瞬きを見せていた。


(キレーな星だな)


 その星々を視ていると、何故か小町の心の中に、見知った人々の顔が次々に浮かんだ。

 安琉斗、彩乃、肇。ひと際大きく輝いている星は原田館長。少し離れた所で鈍く光る星は母の静香を思わせる。何故だか分からないが、そう感じたのだ。


 更に視線を移すと、光の奔流の流れ行く先が視えた。

 大いなる大河のように見えたその流れは、実際には途中で幾つにも枝分かれ、更に合流するという複雑な繋がりを見せていた。流れる方向も一つではなく、時に逆流しぶつかり合い、渦を巻いている所もある。

 ――そして、何か黒い壁のようなものにせき止められている所も。


(なんだ? 何かが光の流れを遮ってる……)


 小町は、何故だかその黒い壁が気になって、気付けばそのないはずの身体が浮き上がり、光の奔流の中を黒い壁へと向けて進み始めていた。

 五ツ木家の自動車よりもなおスムーズに、スピーディに小町の身体は奔り、ぐんぐんと黒い壁へと近付いていく。最初は小さく見えた黒い壁が、どんどんと大きくなっていく――。


(ん? 壁にしてはなんか丸っこいな。……いや待て。あれ、壁じゃないぞ!?)


 間近まで迫った時になってようやく、小町は自分の思い違いに気付いた。

 黒い壁に見えていたそれは、実際には曲線を持ちずんぐりと長細い形をしていた。明らかに生物的な――のフォルムをしていた。

 それは、「超巨大なナマズ」だった。嘘みたいに大きなナマズが口を開けて、光の奔流を呑み込んでいたのだ。


(や、やばい! このままじゃ呑み込まれちまう!)


 慌ててて「止まれ!」と念じる小町だったが、その意に反して彼女のないはずの身体は猛スピードのまま、巨大ナマズの口へと向かっていった。

 巨大ナマズの口の中に広がるのは、圧倒的な存在感を放つ暗闇。全ての物を呑み込む虚無が待ち構えている。

 小町は死を覚悟した――が、次の瞬間。


「――失礼っ!」

「痛っ!?」


 何者かに頭をポカリと叩かれて、気付けば体育館へと戻っていた。

 暗闇の中を流れる光の大河も、超巨大なナマズもどこにもいない。いるのは、心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる安琉斗と肇、そして何故か拳骨を握りしめて立っている彩乃の姿だった。少し離れた所には、原田の姿もある。


「……あれ? オレ、確かでっかいナマズに……」

「もう! なんて無茶をいたしますの!? 御体に異常はありませんか? 御気分は悪くありませんか?」

「えっ、別に大丈夫だけど……あれ、授業は?」

「とうに終わりましたわ。そうしましたら、小町さんが立ったまま気を失ってらっしゃったので、もしや……と思いいたしました。――小町さん。貴女、一人で霊脈にましたわね?」


 ぐぐぐっと顔を寄せながら彩乃が小町を問い詰める。いつもの彩乃ならば絶対に見せぬ、険しい表情だった。

 その迫力に、小町は思わず首を縦に振りながら弁解する。


「潜るって言うか、なんか手を伸ばしたら触れそうだから、ちょっとやってみたっていうか……」

「……やはり。なんて無茶を」


 そこで彩乃は一旦言葉を切ると、やはり彼女には珍しく大きなため息を吐いてから、言った。


「小町さん、先生方からもご注意があったはずですが、未熟な身で霊脈に触れようとすれば、十中八九命を落とします! ……いいえ、そもそも未熟な者には霊脈に辿り着くことなど出来ないのですけれども、ああ、いえこんなことを申し上げたいのではなく……とにかく、御無事で何よりです」

「お、おう。ありがとう……?」


 どうやら、自分は彩乃がこれほどまでに取り乱すほどの事をしでかしたのだと理解しつつも、小町はどこか狐につままれたような思いだった。

 光の奔流――霊脈の中で視た様々な光景。あの巨大なナマズ。何もかもが分からないことだらけだ。

 だが――。


「ほっほっほ! 小町嬢、どうやら身をもって霊脈について学んできたようですな。大ナマズを視た、と仰いましたが、恐らくそれはいずこの火山の底に住まうの姿でしょう」


 原田館長は大事が起こった後だというのに飄々としていて、おまけに何やら気になることを言ってきた。


「荒魂? って、あのナマズがか?」

「はい。どの御山かまでは私には分かりかねますが、大ナマズは火山エネルギーの具現。大地の力を溜め込んで大きな破壊をもたらす、生きとし生けるものにとっての負の存在にして、偉大なる大地を生み出す神でもある存在。つまり、荒魂の一種なのですよ――」

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