4.対決、安琉斗vs肇?
小町が育成館へ編入してから、早一週間が経っていた。
勉学については相変わらず「丸暗記は出来るが理解は出来ない」状態が続いていた。テストを受ければほぼ正解出来るが、知識が小町の血肉とはなっていない為、小町自身に「成長した」という実感は全く湧いていない。
それでも、個別指導という仕組みのお陰で他の生徒達との差を見せつけられずにいたのは幸いだった。教師が原田館長というのが不満ではあったが、なんやかんや言いつつも小町は育成館での学校生活を楽しんでいたのだ。
――が、そんな小町を地獄に叩き落とすイベントが待ち構えていた。
「小町嬢、午後は体育館で『全体授業』ですから、お忘れなきよう」
「『全体授業』? なんだそれ」
「読んで字の如く、育成館の生徒児童全員が参加する授業ですよ。月に二回程度行っています。まあ、授業と名は付いておりますが、実際には、ある種の親睦・交流の場ですな。サムライ・姫巫女それぞれが集まって、お互いの上達具合を確認しあうのですよ」
午前中の授業が終わった所で、原田が突然そんなことを言いだした。
小町は一瞬「そんなの聞いてないぞ!」と抗議の声を上げそうになったが、頭の中に入っている授業予定表にはきっちりと「全体授業」の四文字が刻まれていたので、口をつぐむ。二重の意味で居心地が悪い。
「それ、具体的には何するんだ?」
「主にサムライ候補生と教官による立ち合いと、姫巫女候補生による霊脈への接続ですな」
「霊脈への接続ぅ?」
聞き慣れぬ言葉に首を傾げる小町。だが、やはり彼女の脳内には「霊脈への接続」とやらの概要が緩く刻まれていた。
「えーと、確か……『姫巫女が精神を霊脈と繋ぎ、そこから力を借り受けて一時的に能力を増幅させる』ってやつだっけ?」
「その通りです。その他にも、霊脈を経由して日本各地の状況を把握する、霊脈自体の乱れを検知する、
「見学、か」
ほっとしたような悔しいような、複雑な感情が小町の胸に去来する。
まだ転入から一週間しか経っていないのだから、小町が未熟なのは当たり前のことだった。しかしそれでも、他の生徒達が仲良くあれこれやっている様を見ていることしか出来ない状況というのは、悔しいのだ。
「小町嬢、焦ってはいけませんぞ? 姫巫女の能力の安定性は、その精神状態に強く依存します。焦りや驕り、恐怖を抑え込んでこその姫巫女です」
「……分かってるよ、館長先生」
こちらの心を見透かすような原田の言葉に少し不機嫌になりながらも、小町はその言葉を深く心に刻み込んだ。
彼の言う通り、焦ってはいけない。――というか、そもそも焦る必要すらないのだ。一色公爵家の財産を継ぐ条件は、あくまでも小町が一人前になることであり、時間の制限は課されていない。
にも拘らず、小町の心は揺れていた。「早く一人前になりたい」という願望が、心のどこかから溢れて来ていた。
(オレ、どうしちまったんだろう?)
自分でも正体の分からぬ感情を持て余し、小町は心の中で大きなため息を吐いた。
***
――午後。育成館の中では本校舎に次いで大きい建物である体育館に、全校生徒・児童が集まっていた。
小学生クラスが約六十人、中学生・高校生クラスがそれぞれ約三十人ずつ。それが育成館に通う全生徒・児童の数だった。合わせて百人程度と通常の学校と比べれば遥かに人数は少ないものの、そもそも学校に通ったことのなかった小町には、中々壮観な光景に見えた。
そして、その壮観な光景の中で、剣道着に身を包んだ小柄な少年と金髪の青年が、竹刀を正眼に構え向き合っていた――肇と安琉斗である。
「制限時間五分……始めぇ!」
自らも剣道着に身を包み二人の傍らに立っていた原田館長が、その巨体に見合う声量で開始の合図を告げると――肇が動き出した。
「はあぁぁぁぁ!!」
一方の肇も、初手を躱されることを織り込み済みだったのか、すぐに身を翻し、すぐさま正眼の構えに戻り安琉斗と再び向き合った。
「ふむ。腕を上げたな、肇」
「なんの、まだまだこれからですよ、安琉斗先輩!」
肇はなおも果敢に安琉斗を攻めた。コンパクトな振りで小手、胴、面への素早い三連撃を繰り出すが、安琉斗はその全てを自らの竹刀で受け流す。
最後の面を受け流された肇は軽くたたらを踏むように体勢を崩し、その僅か隙を見逃さず、安琉斗の神速の一撃が肇の胴を襲う!
肇はその一撃を体勢を崩しながらもなんとか受けきり、安琉斗の打ち込みの力を利用するようにして後ろへ跳躍し、再び距離を取った。
「へぇ、肇って結構強いんだな」
「それはもう、あたくし自慢のお付きですから。……それでも、安琉斗さまには遠く及びませんが」
小町と彩乃は、少し離れた所から安琉斗と肇の立ち合いを見守っていた。周囲には他の女子達もいて、声援こそ送らないものの、安琉斗と肇の立ち合いに興味津々と言った様子だ。
特に高校生クラスの女子達など、肇が善戦する度に色めき立っている。どうやら上級生からマスコット的に扱われているらしかった。
安琉斗と肇の立ち合いは、高校生クラスと中学生クラスの代表者同士の戦い――ではない。安琉斗は育成館の学生ではあるものの、既に霊皇より「一人前の証」である刀を賜っている身だ。つまり、既に正規のサムライなのだ。
正規のサムライは、サムライ候補生達の教官としての資格を持つ。それ故、安琉斗は育成館において学生兼サムライの指導教官という肩書を持っていた。
今、肇と立ち合っているのも尋常な試合と言うよりはむしろ、指導の一環と言う方が近かった。
その証拠に――。
「うおぉぉぉぉ!」
雄叫びと共に閃光のような連撃を放つ肇の額には、既に玉の汗が浮かんでいる。
一方、その連撃を軽くあしらう安琉斗の表情は涼しいもので、汗一つかいていない。そもそも、二人共に防具を一切着けていない時点で、彼我の実力差が分かろうというものだった。
肇の剣が安琉斗を捉える可能性も、安琉斗が苦戦して肇を打ち据える可能性も、どちらも無きに等しいのだ。
「そこまで! 両者、剣を収めよ!」
――そして、長い長い五分間の終わりが原田によって告げられた。
『ありがとうございました』
互いに竹刀を収め、一礼し合う安琉斗と肇。しかし、その姿は対照的であった。
剣道着を汗でぐっしょりと濡らし、息も絶え絶えな肇。一方の安琉斗は、汗一つかいた様子もない。
「ひゃあー! やっぱり安琉斗先輩は強いなぁ。全然かないませんよ~」
「何、既に技のキレだけ見れば肇と僕との間に、それほどの差はないさ。後は体力と霊力の問題だ。それも数年の内に追い付くだろう」
安琉斗の言葉にお世辞の色はない。実際、二人の体格差はかなりのものであり――何より、未だ霊力の修行中である肇が安琉斗に伍する道理はないのだ。
霊力に目覚めた者には、実に様々な能力が開花する。記憶力や理解力の向上、五感や身体能力の強化などが、その主なものだ。
特にサムライは身体能力と五感の強化が著しい。小町の頭の中の知識によれば、熟練したサムライは銃で武装した複数人を相手にしても後れを取ることは無い――らしい。
眉唾ものとしか思えない話だが、小町自身も安琉斗の恐るべき戦闘力を目にした覚えがあるだけに、一笑に付することは出来なかった。
『サムライとは、盾となって姫巫女を守り、時に剣となって
不意に、初めて会った日に原田が言っていた言葉が小町の脳裏に蘇る。サムライの使命は、姫巫女を守ることと、荒魂を討つことにあるという。
前者については理解出来る。サムライのあの戦闘能力ならば、護衛役としてこれ以上のものはないだろう。
だが、後者についてはさっぱり分からなかった。「荒魂」――何度も聞いた言葉である。小町の頭の中にある知識では、「負の霊力が形を成し、様々な害をもたらすもの」とある。しかし、それ以上のことは教えられていなかった。
(そもそも、「負の霊力が形を成す」ってのが分からねぇ。妖怪変化でも出るって言うのか?)
体育館の中で始まった他のサムライ候補生と教官達の立ち合いをぼんやりと眺めながら、小町は魑魅魍魎の類が地中から現れ人々を襲う光景を妄想し、すぐに「馬鹿馬鹿しい」と首を振った。
だが、実は小町のこの妄想は正鵠を得ていた。「荒魂」なる者共の正体を、小町は程なく知ることとなる――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます