第二話「お化けなんて怖くない!」

1.皇居にて


「な、なあ安琉斗。やっぱりオレ、場違いじゃないか?」

「小町……何度も言っているように大丈夫だ。それを言ったら、僕だってサムライの正装ではなく学生服なんだ。気にするな」

「気にするなっつてもさぁ」


 五ツ木家での夜が明け、小町達はいよいよ皇居へとやってきていた。

 皇居は、元は江戸城が存在した場所にあるだけあって、大きな堀に囲まれた広大な敷地を有している。

 その広大な敷地の中に豊かな緑と諸々の施設が建ち並ぶ光景を前にして、小町は極度の緊張状態にあった。

 しかも――。


「オレが着てるのってさ、お洒落着ってやつだろう? 本当にこんな恰好で霊皇に会ってもいいのかよ」


 そう。小町の身を包んでいるのは、五ツ木家で昨日見繕ってもらった、あの洋服だった。

 現代で言うところの、カジュアルな服装である。かつては国家の君主でさえあった、霊皇という大きな存在との謁見に相応しい恰好ではない。世間知らずな小町でも、それくらいは分かる。

 更に言えば、母の静香も昨日と同じ白いブラウスと濃紺のスカートという、普段着丸出しの恰好だ。気にするなという方が無理があった。


 実際、皇居の敷地内を安琉斗に先導されて歩く最中、幾度も不躾な視線を感じていた。

 スーツ姿の男性や、神社の巫女のような赤袴姿の女性達と幾度もすれ違ったが、皆一様に、安琉斗と挨拶を交わした後に小町と静香の姿をジロジロと眺めて来たのだ。きっと「場違いな一般人が何の用だ」とでも思ったのだろう。


(やっぱり、安請け合いするんじゃなかった)


 元公爵・一色家の家督を継ぐ。それは考えていた以上に大変なことなのだと、小町は今更になって思い知っていた。目の前の金につられて請けることではなかったのだ。

 「今からでも断ろうか」等と、弱気の虫に負けそうになる。バラック街で逞しく生きて来た小町にとって、初めての経験だった。だが――。


「着いたぞ」


 小町が考えあぐねている間に、遂に霊皇の住まいへと辿り着いてしまった。

 こうなったら覚悟を決めるしかない、と顔を上げる小町。だが、その目に飛び込んできたのは予想外の光景だった。


「安琉斗……、なに?」

「何って、御所ごしょ――つまり霊皇陛下のお住まいだが?」

「おすまい? って、家? これが? 霊皇の?」


 小町が戸惑ったのも無理はない。何せ、そこに建っていたのは、どこからどう見てもだったのだ。

 ごくごく庶民的な、それほど大きくもない、街中に普通に建っていてもおかしくない風情の木造平屋建てだ。

 全体的に洒落っ気が無く、瓦の色も地味な濃い灰色。きらびやかさというものを全く感じない。ただ、外壁の具合から見るに、それほど古い建物という訳でもないようだった。


「随分と庶民的な所に住んでるんだな、霊皇は」

「戦前の御所はもっと御立派だったんだがな。陛下のご希望で質素になされたのだ。あと、きちんと『陛下』とお呼びしろ」

「あいあい、陛下へーか、ね」


 もっと豪華な宮殿のような物を想像していたこともあり、何だか拍子抜けだなと、小町の緊張が少しだけ和らぐ。

 この分だと霊皇もかしこまった恰好ではなく、浴衣でも着てお茶の間でくつろいでいるんじゃなかろうか? 等と言う妄想を働かせる余裕まで出て来た。


「しっかし、皇居の敷地内とは言え、不用心じゃねぇか? 警備の一人も立ってねぇ」


 余裕が出てくると、今まで目に入らなかったものもきちんと見えてくる。小町は、御所の周囲に警備員の一人も立っていないことに今更気付いた。

 皇居の入り口には物々しい警備員――実際には「皇宮護衛官」――が沢山いたのに、霊皇の住まいたる御所の前には誰もいないというのは、なんとも不用心に思える。

 だが――。


「何を言っているんだ小町。警備の方々はそこにきちんといらっしゃるぞ?」

「はぁ? だって家の前には誰も――」


 何やら苦笑している安琉斗に答えかけて、小町は絶句した。

 先程から見えている御所の玄関らしき、曇りガラスが張られた引き戸。その前には、確かに誰もいないはずだった。だが、今はそこに人影がある。

 ――二人。安琉斗と同じくらいの背恰好の人物が、日本刀を携えて仁王立ちしていたのだ。いずれも皇居の門番と同じく、軍服めいた服装と制帽に身を包んでいる。


「えっ……? だって、さっきまで誰も……って、んん?」


 そこで小町は気付いてしまった。

 玄関の前に立つ二人は確かにそこにいるのだが――その足元は何やらモヤがかかったように揺らめいていて、


「っ!?」

「どうかしたか、小町」

「え、いや、だって……こいつら……」

「ちょっと小町ぃ。『こいつら』じゃなくて『この方々』でしょ? 陛下にお会いするんだから、もっと丁寧な言葉を使って?」


 安琉斗も静香も、警備の二人の姿に違和感を覚えていないようだった。小町は「自分の目がおかしくなったのか?」と思い、何度も目をこするが、やはり彼らの足元は透けているように見える。

 警備の二人は制帽を目深に被っているので、その人相や表情は全く窺い知れない。しかも顔色はやけに青白く生気が無いように見えて――。


「五ツ木安琉斗、柏崎静香殿と小町殿をお連れしました! 陛下にお目通り願います」


 小町が戸惑っているのをよそに、安琉斗が警備の二人に要件を告げる。

 すると彼らはビシッと敬礼を返し、無言のまま両端に避け玄関への道を開けた。二人揃った一糸乱れぬ動きであった。


「さあ、中で陛下がお待ちだ。行こう」


 安琉斗が手ずから引き戸を開け、小町と静香を誘う。

 小町は狐につままれたような思いを抱きながらも、安琉斗に続いておっかなびっくり御所へと入って行く。

 最後尾の静香は、警備の二人にそれぞれペコリと丁寧にお辞儀し――


「お仕事お疲れ様です。でも、下さいね?」


そんな言葉をかけてから、ゆっくりと引き戸を閉めた。


 ――その光景を見届けるようにしてから、警備の二人の姿が掻き消すようにいなくなったのを、小町は知る由もなかった。

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