第48話『故郷へ』
奴隷落ちから審問会議、国より沙汰を言い渡されて早半月。
僕の日常は変わらなかった。
それまでと同じように、白亜のお屋敷にてセリーナによる甲斐甲斐しい看護を受けながら、エイミー商会の“会長”として書類仕事に追われる日々。
「それにしても、奴隷なのに会長職って……」
ちぐはぐな身分には苦笑いが浮かぶけど、奴隷の身分で仕事がもらえるなんて奇跡のような幸運だし、仕事を通して皆に恩返しをする機会を得られたのだから、不安はあっても不満はない。
だから、僕は自分の隣へと目を向ける。
「ん?どうしたの、レナード?」
迎えた彼女の優しい微笑みに、こちらの頬も緩んでしまう。それはもうデレデレと……。
本来、奴隷身分である僕がセリーナのためにできることは少ない。というか、ほぼ何もない。
けれど、こんな僕でも仕事を許されている内ならば、金を稼ぐことや世に貢献することで、少しでもセリーナの役に立てるかもしれない。
だからこそ、感謝を伝えておかなければ――。
「ううん、仕事のことさ、許してくれてありがとう」
当初、セリーナは僕が仕事を続けることに反対していた。それは、エイミー商会の裏の仕事を懸念してのこと。
“人から頼まれれば、きっと貴方は危ない仕事でも引き受けてしまう――”
切実な表情で、彼女はそう言った。
もちろん、僕は自分をそこまで馬鹿だともお人好しだとも思わない。でも、僕以上に僕のことを分かっている彼女がそう言うのだから、そういった部分もあるのかもしれない。
だからこその感謝なのだ。
「むっ……私、そのことについてはずっと怒っているのよ?全然、まったく許してなんかいないわ……」
白い頬を僅かに膨らせて、こちらを押さえつけるようにしな垂れ掛かって来る。
「それなのに、貴方がそれを望むから……」
唇を尖らせて俯き、子供のような表情を見せるセリーナ。
そうだ、彼女はいつだって、最終的には僕の希望に沿うように折れてくれた。
「ありがとう、セリーナ」
感謝の気持ちを伝えつつ、彼女の身体をそっと抱き寄せたところで、ノックもそこそこに部屋の扉が勢い良く開け放たれた。
「お二人ともー!お祝いの準備ができましっ――」
突如、お祝い大好きクレアさんが登場し、そのまま固まった。
「あらあら~?お邪魔だったみたいねぇ~?」
その後ろには、悪い笑みを浮かべたルイーザも覗いている。
すると、さらにその背後からは――。
「会長も司祭様も取り込み中のところ悪いが、食事の用意ができたから来てくれ」
「ほらほら、クレアさんもルイーザさんも戻りましょうや、いつまでも見てるのは無粋ですぜ」
意外と常識人なアレックスとアイザックが現れて、クレアさんとルイーザを回収して行った。
僕とセリーナは呆然としたまま顔を合わせて、同時に吹き出してしまった。
「ふふっ、行きましょうか」
「あはは、そうだね」
僕らは連れ立って部屋を出て、白亜のお屋敷内のお祝い会場の一室へと移動した。
「ようこそいらっしゃいましたっ!早速乾杯しましょう!」
お祝い会場の主と化したクレアさんが、僕らが着いて早々に乾杯の音頭を取り始める。
「それではっ!今回のお仕事の成功と!わたしたちの生還と!侯爵様の没落と!レナードさんとセリーナさんの再会を祝しまして!乾杯っ!!」
グラスのぶつかる音と笑い声が響く。
たった六名から成る身内だけの祝いの席なのに、とても賑やかに感じる。
そういえば、カジノと貸金所への盗みを決行する夜に、全てが終わったら皆でお祝いをしようと話していたっけ――。
それを思うと、この現状はなんとも感慨深いものがある。
「そうだわ、クレアさんの免罪状の取得と弟さんのご結婚の乾杯もしなくちゃね」
そんなセリーナの言葉に、皆からもクレアさんに対する驚きと称賛の声が上がる。
僕としては驚きもさることながら、どちらかと言うと安堵の方が大きかった。
「良かった……それじゃあ、弟さんの結婚式に間に合ったんですね」
あの貧困街の屋上で、酒に酔ったクレアさんが吐露した遠い目標。彼女はそれを見事に叶えたのだ。
すると、クレアさんはあの時と同じように酒に酔った赤ら顔で幸せそうに語った。
「えへぇへ~、そうなんれすよぅ!ぜれーんぶっ!セるぃーナさんのおかげなんれすよ~!」
上機嫌なクレアさんは、弟さんやお嫁さんが喜んでくれたこと、故郷の人達に褒められたこと、お祝いできて嬉しかったことを身振り手振りも加えて説明してくれた。
そして、どうやらその免罪状も結婚式もここ半月での出来事らしい。
「僕が動けなかった間に、色んなことが起こっているなぁ」
オルトベリー侯爵家の取り潰しだって、この半月で決まり執行までされている。
なんでも、僕らがまだ犯行の準備段階だった頃から、王族と上位貴族院の間では侯爵家の取り潰しは内定していたのだと言う。
つまり、僕らによるカジノや貸金所への犯行はあまり意味がなく、こちらの成果としてはただ大金が手に入っただけであり、損害としては、怪我に奴隷落ち……骨折り損のくたびれ儲けと言えばそれまでだけど、まぁ現実なんてそんなものだろう。
それに、そこに至るまでの様々なところで、そんな無駄足なんて霞んでしまうくらいの幸運に恵まれて来た。
そう、思うことにしよう。
「でも、本当に全部終わったんだな……」
これにて、アンジェラ誘拐事件に端を発した問題も、一応の決着を見たと言えるだろう。
「何か言ったかしら、レナード?」
隣に座るセリーナが、頬を上気させた妙に色っぽい表情で覗き込んで来る。
それに対し、僕は素直に答えるのがなんだか照れ臭くって、違う話にすり替えた。
「いや、お祝いの席といえばさ、この場にアンジェラも居ればなぁと思ってね」
すると、セリーナが意味あり気に微笑む。
「うふふ、そうね。でも、それならその内に叶うかもしれないわね」
それはどういうことだろう? 僕とセリーナは王都から故郷の町へと帰るため、この面子が一同に会することは今後そうないと思うけど……。
僕は首を傾げるけれどセリーナは微笑むばかりで、その言葉の意味を知るのはもう少し後になってのことだった。
◆
故郷への旅立ちの日。
僕らが乗る予定である大型馬車の一団の前には、多くの見送りの人々が集まっていた。
もちろん、そのほとんどがセリーナの見送りなんだけど、その五分の一くらいは僕らの見送りだ。そう、僕らの――。
「というか、皆まで僕らの故郷について来るなんて、全然聞いてなかったし、思いもしなかったんだけど……?」
そうして、隣にいるルイーザを半目で見ると、彼女はしたり顔で頷いた。
「ええ、びっくりさせようと思ったのよね。もちろん皆も了承済みで、だからこっそりと引っ越しの準備をしていたの。まぁ安心して? 私達の馬車は別だから、セリーナ様と思う存分にイチャ付いてくれてかまわないわ」
“引っ越し”――ということは、やはり僕らの故郷に移住するつもりのようだ。
そして、ルイーザは少しだけ真面目な声色になって語る。
「以前からね、エイミー商会の後ろ盾でもあるアンジェラお嬢様のご実家は、王国の東側で商売をする足掛かりを探していたの。そこで、今回のセリーナ様とのご縁と帰郷のお話を聞いて、アナタの立場や仕事を保証する代わりにご協力をいただいたのよ」
どうやら、セリーナは僕の仕事を許してくれただけではなく、続けられるように取り計らってくれていたらしい。
「ふぅ、参ったな。ただでさえセリーナには返しきれない恩があるのに……」
「あら、そういう考え方は、きっとセリーナ様は望んでいないわよ」
ルイーザは僕を軽く窘めてから、見送りの人々に挨拶をしつつ馬車へと乗り込んで行った。
「それにしても、自分の与り知らぬところで色んな物事が決まって行く気がする」
――とはぼやきつつも、これまでだって顔も知らぬ王族や貴族様、お役人や大商人達がものを決め、世の中はそうやって回っていた。
「まぁ、とにかく僕は、またセリーナにお礼を言わないとな」
そう呟きながら、僕も馬車へと乗り込んだ。
そして、馬車の車窓より――。
断崖絶壁のような城壁が巨大な都を囲み、天に向かって伸びる建造物と、それらの中心にして頂上の如くそびえ立つ王城。
この光景を外から眺めるのは、いったいどれくらい振りだろうか。
最初は自ら望んでこの地に来た。そして、途中では出ることができない牢獄となって、それが今では出て行くことに対して名残惜しささえ感じているのだから、我ながら都合が良いものだと思う。
そして、そんな王都から離れる馬車が、ゆっくりと動き出す。
徐々に離れて行く王都の風景、集まった見送りの人々――きっと、名残惜しく思うのは、これまでに関わった人達のお陰なのだろう。
だから、最後に挨拶を――。
「さようなら」
去り行く街と人々に、僕はいつかのように別れを告げた。
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