第49話『旅路の果て』





 大型馬車の一団にて、護衛の聖騎士様と世話役の女性達を伴い、安全快適な旅路の果てに舞い戻った僕らの故郷。


「着いたわね、レナード」


「うん、帰って来たんだ……」


 馬車の窓から望む懐かしの風景は、古くとも良く手入れされた家々が並ぶ昔見たままの姿で――しかし、その合間には空き地や廃墟が歯抜けのように点在し、少しだけ寂れているような気がした。


 そんな町中を通って馬車は教会前へと進む。


 するとそこでは、修道女のアンナさんと孤児院の子供達が出迎えてくれた。


「あぁっ、セリーナっ……立派になって……お帰りなさい……っ」


「アンナさんっ……ただいま戻りました……!」


 セリーナとアンナさんによる親子の抱擁と、それに引っ付く子供達。


 また、アンナさんはこちらを向いて「レナードも無事で良かったわ、おかえりなさい」と優しく微笑んでくれた。


 そうしたしばしの感動の再会の後、話は今後のことへと移って行く。


「あの、教会本部からアンナさんにもお話が行っているとは思いますけど……」


 セリーナがどこか言い辛そうに切り出すと、アンナさんが微笑みと共にその言葉を引き継いだ。


「ええ、書状をいただいています。ここは“セリーナ教会”として司祭様をお迎えできるということ。それに加えて、隣に医術院を建てるということも知っていますよ」


「その……ごめんなさい、急に環境が変わってしまうことになって……」


 セリーナが畏まって頭を下げると、アンナさんは優し気に微笑み答えた。


「ふふ、何を謝るの?この教会にもやっと司祭様がいらっしゃって、さらには医術院までできるのだから、町も私達も大助かりだし、何より自分の“娘”が立派になって帰って来てくれたのだから、こんなに嬉しいことはないわよ」


 その言葉に、セリーナは白い頬を朱に染めて、ありがとうございます……と呟いた。


 僕はそれを微笑ましく思いながらも、皆の言葉が途切れたところで町の様子について聞いてみる。


「あの、町に人が少ないような気がしたんですが、何かあったんでしょうか?」


 すると、アンナさんがため息交じりに教えてくれた。


「ええ……実は、一部の住人たちが投資に失敗してしまったらしくてね……それで夜逃げや奴隷落ちする人が続いて、住人の数が減ってしまったの……」


 しかも、聞けばその投資とはエミリオに対するものであるらしい。


「当のエミリオ本人は、騎士学校で問題を起こして逃げてしまったみたいで……町に居たご家族達も王都の銀行や商工ギルドの人達に連れて行かれてしまったの……」


 アンナさんが悲し気に首を振る。


 銀行や商工ギルド……もしかして、僕が報復として金や装備を根こそぎ頂戴したのが原因だろうか? そう思うと、なんとも言えない罪悪感が湧いて来る。


「レナード……まずは、今後の話をしましょう、ね?」


 すると、こちらの心情を悟ったかのようにセリーナが話題を変え、エイミー商会のことも含めた具体的な話となった。


 まず、エイミー商会はこの町に事務所を構えて商売をやって行くこと。そして、それとは別に僕の個人資産から町の復興のために寄付をすることを提案。特に後者は、過去に町の馬を盗んでしまったことへの罪滅ぼしの意味合いもある。


「レナード、また寄付をしてくれるというの? それは助かるし嬉しいのだけれど……無理はしないでね?」


 こちらを気遣うアンナさんの言葉に、首を傾げてしまう。


 はて、僕は何か寄付をしただろうか?


 僕が腕組みして考えるていると、アンナさんが意味深に笑った。


「ふふ、ちょうど馬車の中の皆さんにもお部屋を用意しなければなりませんし、孤児院の方へいらしてくださいな」


 なぜ孤児院?――と、僕とセリーナは顔を見合わせつつも、その後に続く。


 そして、教会の裏手まで来ると、そこには巨大な三階建ての建造物が建っていた。


『レナード孤児院』


 しかも、その入口の門柱には、デカデカと僕の名が刻まれていた。


「あ、あの……これ、は……」


 あまりの事態に顔をひく付かせながらも尋ねると、どうやら僕とローザが“共同で寄付”をして、この孤児院を建て直したのだと言う。


 もちろん、僕は初耳だ。


 けれど、そこでふと思い至った。


 もしかすると、僕が王都にてローザと思しき“奥様”に助けられた際に、お返しとして支払った金を寄付したんじゃないだろうか。だから、“共同”とか……?


 なんであろうと、身に覚えのないことで称賛されるのは心苦しいし、自分の名前を付けられるのも恥ずかしい。


 しかし、そんな僕の心情など誰も知る由もなく、アンナさんも話を進めて行く。


「うふふ、それじゃあ、レナードとセリーナは、レナードのご実家の方に行くんでしょう?馬車の皆さんはこちらへどうぞ」


 楽しげに笑って、アンナさんは僕ら以外の皆を新築された孤児院へと先導する。


「やっとちゃんとした寝台で眠れるな。じゃあまたな、会長に司祭様」


「こりゃデカい孤児院だ。王都にあるエイミー商会の屋敷並みですぜ」


「えへへ、レナードさんにセリーナさん、今夜は水入らずでごゆっくり!」


「ふふふ、夜に水入らずだなんて、ごゆっくりなんてしてられないわよねぇ」


 アレックスとアイザックはさっさとアンナさんに続き、クレアさんとルイーザは僕らを一からかいしてから孤児院へと入って行った。


 残された僕とセリーナは、お互いに顔を見合わせる。


「あー……その、僕の家でも良いかなぁ?」


 王都の白亜の屋敷では一緒に暮らして同衾までしていたというのに、僕は自分の実家にセリーナを誘うことに酷く緊張してしまった。


「は、はい……」


 そして、それはセリーナも同じらしく、白い肌を上気させコクリと小さく頷いた。


 僕も、セリーナも、妙な緊張感に包まれながら、馬車から必要最低限の荷物だけを持って家へと向かう。


「えーっと……そっちの荷物も持とうか?」


 僕が二人分の旅行鞄を持ち、セリーナは大きめの四角い箱と刀剣が入るような長細い袋を持って来たため、尋ねた。


「ぅ、ううん……これは、大丈夫よ」


 そうして、僕達はぎこちなくも懐かしの道を進み、数年ぶりの実家へと帰って来た。


「あれ、なんだか綺麗だな?」


 数年ぶりとなる我が家。


 その実家にはもう誰も住んでいないはずなのに、掃除はもちろん所々補修された跡すら見受けられた。


「あ、あのね――王都に行く前に、アンナさんや孤児院の皆に管理をお願いしていたの。だから、掃除をしておいてくれたのだと思うわ」


 その言葉を聞いて、僕はセリーナによくよくよとお礼を言うと共に、アンナさんや孤児院の皆に何かお礼の品を送ろうと決めた。


「入ろうか」


「ええ」


 鍵を開けて、中に入る。


 すると、懐かしい木の香りと共に、この家での暮らしと、父さんや母さんのこと、幼い頃のセリーナとの思い出――そして、この家を出るきっかけとなったローザとエミリオの蛮行……様々な記憶がよみがえった。


「ねぇ、レナード――」


 しかし、セリーナに呼ばれてハッとする。


 見れば、彼女はここまで背負って来た箱と刀剣入れのような長袋を開封していた。


「あのね……もしかしたら、レナードには辛いことを思い出させてしまうかもしれないけれど……」


 それは、いつかに砕かれ散らばった父と母の形見――もう二度と見ることはできないはずだった釣り竿と花瓶だった。


「これ……どうして……」


 声が震える。


「えっと、王都の職人さんをたくさん当たって、なんとか直して形にしてもらったの……継ぎ目だらけだけど……私にとっても、大切なものだったから……」


 確かに、釣り竿も花瓶も補修後の継ぎ目部分が目立つけど、そんなことよりもセリーナの気持ちが嬉しかった。


 僕が諦め置いて行ったものを、セリーナが拾って繋いでくれたのだ。


「あぁ……ありがとう……ありがとう、セリーナ――」


 自然と身体が動いて、僕はセリーナを抱きしめた。


 すると、彼女の方も直ぐに抱き返してくれる。


 お互いの体温と鼓動の音が重なる距離で、目と鼻の先には彼女の水底のような碧眼が、涙に潤んで揺れている。


 それを見た瞬間、胸が詰まった。


 僕は奴隷身分の犯罪天職者で、セリーナの迷惑になってしまうかもしれない――そんな不安や葛藤はあるけれど、そんな言い訳染みた前置きすらなく、気が付くと僕は自分の思いを告げていた。


「もし、セリーナが許してくれるなら、この先も君の傍に居たい。だから、どうか君の傍にいることを許してほしい。僕は君のことが好きなんだ。愛している、心の底から」


 すると、セリーナが答える。


「許すも何もないわ。私はレナードの傍にいることだけが、ただ唯一の望みなのだから……」


 優しく細められた碧眼から、光の雫が零れ落ちた。


「私も、貴方を愛しています――だから、もう二度と、私の傍を離れては駄目よ?」


 こうして、長い旅路と思いの果てに、この日、僕らは結ばれたのだ――。




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