第47話『審問』
数日後、僕は審問会議の場への出頭を命じられた。
円形かつ階段状に席が並ぶ審問会議場には、多くの貴族様達が集まり僕を見下ろしている。
多くの視線にさらされる中、僕は緊張でガチガチになりながらも杖を突いて中央の審問台へと進み出た。
不自由な歩みに合わせてカチャリカチャリと音を立てるのは、首元の大きな奴隷の首輪と本来なら鎖が繋がれるべき留め金がぶつかるため。
そんな首輪を意識したところで、僕は現実逃避がてらに二日前のことを思い出す。
それは、セリーナによってこの奴隷の首輪を付けらてしまった日のことだ――。
『セリーナ……僕は、受け入れるつもりだったんだけど……』
舌の痺れが治まると同時に、僕は開口一番セリーナにそう告げた。
『え……で、でも、レナードが首を横に振るから……』
困惑するセリーナの言葉に、僕は得心が行った。
『あ、あぁ、ごめんよ……あれは自分の考えに対して首を振ったんだ……』
『そ、そんなっ――ご、ごめんなさいっ、私ったらっ……!』
こうして、僕は奴隷落した。
これが真相だ。なんとも間抜けな奴隷落ちじゃあないだろうか?
僕は、そんな喜劇のような記憶に幾分か軽くなった心持ちで審問台に立つ。
そして、そこからチラリと背後を見れば、僕の“主”として出席しているセリーナと目が合って、彼女はコクリと頷いてくれた。
うん――それだけで、勇気が湧いてくる。
「これより審問会議を始める。罪人、レナードよ――」
すると、議長と思しき老人が厳めしい顔付で重々しく声を発した。
「此度のオルトベリー侯爵家が配下にある“カジノ・ゴールドラッシュ”及び“ウルドベリー貸金所 王都支店”における犯罪行為について審問する。決して嘘偽りは申さぬように――」
そして、いよいよ審問が始まった。
「まず、此度のカジノ及び貸金所における犯罪行為の準備、蠢動、実行……それら全ては、お前一人が行ったことで相違ないな?」
もはや質問からしてありえない。あれだけの準備、蠢動、実行を単独でやるなんて不可能だし、事実エイミー商会総出で行った犯行なのだけれど、僕は「間違いありません……」と頭を下げる。
すると、途端に議長たる老人の右隣に座る中年の男が声を荒げた。
「馬鹿な!そんな訳がない!我らが配下の店に対しあれだけの犯行を単独でだと!?馬鹿げている!オイ!貴様っ、仲間がいるのだろう!正直に申せっ!」
泡を飛ばしながら血走った眼で睨み付けてくるこの男は、発言の内容からオルトベリー縁者なのだろうことがうかがえた。
しかし、僕はそれに対して一切答えず、議長の方に向き直る。
「ぐっ……き、貴様ぁっ!奴隷の分際で貴族の言葉が聞けぬと言うかぁ!!」
男が席から身を乗り出すと、議長が冷ややかな声で制した。
「オルトベリー家が名代よ、貴殿自身は縁者ではあるが爵位は持っておらぬだろう。にもかかわらず、このような場で自らを貴族と名乗ることが、どういうことか分かっているのか?」
すると、周りの貴族様からも、「オルトベリー本家だって正式には爵位を継承しておらんだろう……」とか、「貴族を騙るとは……重罪だぞ」とか、ひそひそと囁き声が聞こえてくる。
そんな声に旗色が悪いと判断したのだろうオルトベリー家が縁者は、こちらを強烈に睨みながら舌打ちをし、「そんなつもりはなかった……」と不貞腐れた。
「議長、先の罪人レナードによる発言を裏付ける証言がございます」
今度は、議長の左隣に座る男が、その発言と共に手を打ち鳴らす。
「失礼致しますっ!」
すると、審問会議の場に青い制服を来た聖騎士様が入って来た。
「さて、聖騎士ロークス。キミがその罪人であるレナードを捕縛し、取り調べを行ったのだったね?その際に彼の周りに仲間などは居たかね?また、尋問の際に協力者を仄めかすような証言をしたのかね?」
その質問に対し、聖騎士様は歯切れ良く答えた。
「はっ、自分が捕縛しました!罪人の犯行を目撃してから長い追跡の果てに捕縛しましたが、その間に仲間と思しき存在は確認できず!また、催眠尋問、薬物尋問、果ては拷問まで行いましたが証言は得られませんでした!」
直立不動の聖騎士様に、議長が合いの手のように尋ねる。
「ふむ……すると、罪人の足の怪我は拷問による物ということだな?」
「はっ!その通りであります!」
当人であるはずの僕を置き去りに話が進む中、オルトベリー家が縁者の中年が再び声を上げた。
「お、お待ち下さい!三日前に中心街を飛び跳ね暴走するその者を複数人が目撃しております!とてもその聖騎士が追跡できたとは思えません!」
身に覚えがある僕としてはギクリとする指摘だが、間髪入れずに左隣の男が答える。
「その中心街にて飛び跳ね暴走していた者が罪人レナードである証拠はあるのですか?」
また、聖騎士様も続く。
「お言葉ですが、中心街の暴走の件でしたら、悪戯として別人が厳重注意を受けて解決しております。本件とは無関係です」
さらに議長が白々しく言った。
「この場は公正公平な審問の場だ。貴殿らオルトベリー家にしたら、カジノや貸金所をまんまと破られた怒りはもっともだが、こじつけは見苦しいぞ」
しかも、周りの貴族様達も“まんまと破られた”の部分で噴き出す者さえ居て、オルトベリー縁の中年はいよいよ顔を真っ赤にしてドカリと椅子に座り込んだ。
その後も審問は続いたが、基本的には議長とその左隣の男が進行し、僕はそれをただ肯定するのみ。
そもそも審問会議とは言いながらも、罪人にはこの場での反論が許されておらず、取れる意思表示は肯定か沈黙のみである。
すると、僕への審問もいよいよ終わりのようだ。
「では、審議に移る。罪人レナードは退出して沙汰を待て」
議長の言葉に従い、僕は審問会議室を出た。
「お疲れ様、レナード。さぁ、こっちに座って」
杖を突く僕を直ぐに支えてくれて、そのまま外へと連れ出してくれるセリーナ。
身体越しに伝わってくるいつもと変わらぬ温かさと柔らかさと良い香りには、未だに緊張を覚えてしまう。
「あ、ありがとう、セリーナ」
不埒な心を抑えつつ扉脇のソファーに座ると、彼女も僕の隣に腰を落ち着けた。
「あれで良かったのかなぁ?」
全ての犯行を単独で行った事実はないし、ロークスと呼ばれていた聖騎士様とも初対面なら、騎士団による尋問や拷問を受けた覚えもない。
他にも、貸金所の侵入穴は元から空いていた。カジノの金庫室へは一階から階段で上った。盗んだ金は逃走の途中で全て落とした――などなど、オルトベリー家からすれば憤慨ものの審問が続いて現在に至る。
「ええ、ばっちりだったわレナード、格好良かったわよ」
奴隷落ちして以来セリーナの甘やかしが顕著だけれど、それでも悪い気はせずデレデレと照れてしまう。これは他人には見せられない姿だ。
するとそこに――。
「罪人レナード。沙汰を言い渡す故、審問会議場に入場せよ」
退出から数分と経たず、職員の人が呼びに来てくれた。
「ふぅ……よし、それじゃあ行ってくるよ」
「ええ、私も後ろで見ているわ。だから、大丈夫よ」
僕らは互いに頷き合って、審問会議場へと戻った。
「では、罪人レナードよ、これより沙汰を言い渡す――」
議長の老人が重々しく声を発する。
「此度の犯罪行為の数々は、王都の治安を脅かす赦し難いものである。よって、奴隷落ちの上に王都からの所払いに処す。尚、これは奴隷の主である筆頭司祭セリーナも同様である」
事前に聞いていたこととはいえ、自分の所為でセリーナまでもが王都を離れなければならないと思うと、本当に身を裂かれる思いだ。
僕が罪悪感に歯噛みしていると、声を上げる人物が一人。
「くっ……や、やはりこんな沙汰は間違っているっ!そこな罪人は貴族に不利益をもたらした極悪人ですぞ!本来であれば即刻斬首が正しいはずだっ!」
両手を広げ、大声で異を唱えるのはオルトベリー縁者の中年男。
しかし、議長は凍て付いた表情で告げる。
「オルトベリー家は正式に爵位を継承しておらんので厳密には貴族ではないし、もし仮に貴族であるとしても、あれだけの施設にまんまと賊に入られるなど運営能力に問題があるとしか思えんが?」
周りの貴族様からも援護射撃のようなヤジが飛び、オルトベリー家が名代はついには膝を屈した。
「では、審問は以上だ。一同、退出!」
一斉に席を立ち、審問会議場を出て行く貴族様達に対し、僕は深々と頭を下げる。
本来なら理不尽な力で処罰を受けるところなのに、理不尽な力で命を救ってもらったのだ。
そして、貴族様達が全員退出してから、僕とセリーナも外へと出た。
「ごめん、セリーナ……君まで巻き込んでしまって……」
それについては何度も説明されたけど、言わずには居られなかった。
「もう、何度も言っているけれど、レナードに奴隷の首輪を付けたのは私なのよ?だから、巻き込んだなんておかしな言い分だわ。それに、どちらにしろ私も司祭として自分の教会を持つ時期だったからちょうど良かったのよ」
セリーナは正面から身体を密着させて来て、僕の背中に腕を回す。そして、顔を寄せてこう囁いた。
帰りましょう、私達の故郷へ――。
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