第43話『盗賊の仕事Ⅱ』
通用口の扉を潜れば、貸金所の正面程ではないにしろ、やはり数人がたむろしていた。
当然、彼らの視線は通用口から現れた僕らに集まるけれど、襲ってくるような者はいない。
というのも――。
「おお!レっ……会長!待ってましたぜ!」
一瞬“レナード”と呼びそうになって踏み止まる警備服姿のアイザックがやって来た。その二メートル近い筋骨隆々の身体付きは岩の如く、確かにこれなら誰も襲おうとは思うまい……。
「えーっと、準備はできているかい?」
僕がそう問い掛ければ、彼はその背後に停車している五台の馬車を指さした。
「バッチリですぜ。さっさと品を積み込みましょうや」
僕は協力者達に指示をして、盗品である金の入った革袋を馬車の荷台へと積んでもらう。
その間に、アイザックが騒がしい表通りの方を睨みながら言った。
「しっかし、結構な騒ぎだ。俺がここに着いて抗議行進のサクラ共に騒ぎを起こさせようとしたら、既に先走った別の連中が大騒ぎしてましたからねぇ」
やはり、仕込みとは別の連中が勝手に騒ぎ出していたらしい。
「でも、僕らが仕込んでいた騒ぎより余程大きくなったし、お陰で地下の警備員も居なくなって助かったよ」
もし警備員が地下に留まっていたのなら、金を根こそぎ頂戴するなんて芸当はできなかったし、その後の積み込みだって逃走だって、もっと慌ただしく危険が伴うものだったに違いない。
しかし、それが蓋を開けてみればどうだろう。懸念事項であった警備員は地下から居なくなり、そのお陰で金庫室内の金を根こそぎ頂戴し、警備員の目撃者も居らず、逃走はより安全なものとなる。
嬉しい誤算――まさに幸運だった。
「積み込み終わったぜ、ボス」
協力者の彼が作業の完了を告げ、アイザックと彼らはそのまま馬車へと乗り込んだ。
「そんじゃ、会長!この後もお気を付けて!無事に帰って来て下さいよ!」
馬車の荷台から、アイザックがグッと親指を立ててくる。
「そんじゃあ、ボス。俺はこの後のことは何も知らんが、とにかく成功することを祈ってるぜ」
協力者の彼からも激励をもらってしまった。
この後も裏の仕事が続くというのに、他人から応援されるというのは妙な気分だ。
「ああ、それじゃあ、僕も次へ行くよ――」
アイザック達の見送りもそこそこに、僕は急いで次の配置へ。
もう東の空は白み始め、抗議行進に参加する人員や野次馬なども集まって来ていて、この分ならいずれは騎士団が出張って来るだろう。
だから、その前には仕事を終わらせなければならない。
僕は人混みを避けて回り道をしつつ地上八階建てのカジノに近付けば、その周辺にも貸金所の方と負けず劣らずの人だかりができていた。
僕は人だかりを横目に、カジノの裏手に回れば、そこには作業着姿のアレックスが待っていた。
「遅いぞ、何か問題があったのか?」
予定よりも少し遅れてしまい、アレックスから問題の有無を聞かれる。
「いや、ごめんよ。ちょっと幸運が味方してね、予想外に品物が盗れたからその運び出しと積み込みで時間を喰ってしまったんだ」
「ほぅ……地下にあった品の半分くらいは盗れたのか?」
「ううん、根こそぎ全部頂戴できたよ」
「そいつは……すごいな」
さすがのアレックスも目を見開く。
「だったら、もうカジノの方は止めにするか?貸金所の売り上げから運転資金まで盗れたなら、成果としては十分だろう?」
確かに、幸運が味方してくれたお陰で、僕らの得る利益とオルトベリー侯爵家に与える損害は当初見込んでいた成果を大きく上回っている。
しかし――。
「いや、駄目押ししとくよ。侯爵家にはここで沈んでもらわなきゃ困るからね」
自分の命やアンジェラの安全はもちろん、大切な幼馴染が関わってくる以上、危険は取り除かなければならない。
僕は一度目を閉じて、瞼の裏に純白の彼女を思い浮かべれば、断固たる決意が固まった。
「そうか……分かった。なら、空の旅を楽しんで来ると良い」
アレックスは頷いて、僕を地上八階建ての屋上まで一瞬で送り届ける仕掛けの準備に取り掛かる。
まぁ、仕掛けと言っても、元から設置されている外壁掃除用のゴンドラを地上の巻取り器で釣り上げて、その上で巻取り器側の縄を切断しゴンドラを重石代わりに僕を屋上まで飛ばすだけの原始的な方法だ……。
「分かっているとは思うが、縄は絶対に手放すな。鉄製のストッパーを縄に付けてあるから、屋上のクレーン部分の滑車に手を巻き込まれる心配もない。だから、上で止まるまではしっかりと縄を握っていろ」
言われなくてもそのつもりだ。重石代わりのゴンドラは一人乗り用の木製とはいえ僕なんかよりも遥かに重く、上昇中に縄を手放せば、僕は空高く放り出されて地面の染みへと変わるだろう。
「それと、この火薬入りの樽を背負え、八階の金庫室の壁破り兼金のバラマキ用だ。上昇中は重石代わりにもなって上昇速度を幾らか和らげてくれるだろう」
僕は言われるがままに火薬樽を背負う。
「後は準備という訳じゃないが確認だ」
アレックスが僕らの頭上を指さした。
「このカジノの屋上から隣に建つ五階建ての屋上まで、鋼糸が張ってある。カジノからの盗品はフックを使ってそこから滑らせて隣の屋上へ送れ、俺が鋼糸の先で待機しておいて受け取る」
そうしている間にも、着々と準備が進み空を旅する瞬間が迫ってくると、さすがに天職による補正があろうとも緊張感や恐怖心が高まってくる。
だから、少しだけ気を紛らわせたい。
「ふぅ……それにしても、すごい人の声だね」
カジノの裏手にまで響いてくる人々の喧騒は、まるで嵐の日の木々の騒めきのように力強い。
「ああ、ルイーザが人を使って先導しているはずだが、それにしても騒ぎがデカイ……もしかしたら、どこぞの貴族もこの騒ぎに加担しているのかもしれない。これだけ騒いで騎士団が未だに来ていないのも妙だ」
確かに、早朝とはいえ既に日の出を見て空は明るく、ここまでの騒ぎになれば既に騎士団が介入していておかしくない。
しかし、現実は未だにその騎士団の姿はなし。
それは、誰かが圧力を掛けているのか、妨害しているのか、それとも、ここは王都の中心街で民家もないから単に騒ぎが知れ渡るのが遅れているだけなのか……。
後者であれば、それは奇跡的な幸運だ。
「準備は良いか?」
やがて、アレックスが尋ねて来た。
僕は、足元の巻取り器から屋上まで伸びる縄に腕を絡ませ、深呼吸を幾度かしたら準備は完了だ。
「うん、やってくれっ……!」
同時に、スキル“軽業”を集中発動させる。
「よしっ、くれぐれも気を付けろ――っ!」
そして、地上の巻取り器から屋上のゴンドラまでピンと張りつめていた縄が、アレックスの一太刀のもとに切断された。
次いで、ふわりと背筋を舐める浮遊感と耳元で騒がしい風の轟音。
屋上のクレーン部分の滑車がガラガラと音を立てて迫り、僕と入れ替わりで無人のゴンドラが地上へと落ちて行く。
そして、頭上でけたたましい金属音がはじけ、僕は悲鳴を上げる間もなく地上八階の中空にて中吊りとなった。
「んぐっ――はぁ~っ……!」
僕は大きく溜息をついた。
正直、現在の中吊り状態への恐怖よりも、生まれてこの方体験したことのなかった凄まじい速度での上昇という現象が止まったことへの安堵の方が遥かに大きい。
そして、呆けていたのも束の間、僕はカジノの屋上へと足を付けると、そのまま膝から崩れ落ちた。
「ふぅーっ……な、なんとか、なったぁ……」
正直、しばらく休みたいさえと思ったが、そんな余裕はない。
おそらく、今のド派手な侵入を目撃した者は数多く、しかも滑車やゴンドラの音でカジノ内の警備も様子を見に来る可能性だってある。
「へたっている場合じゃないな」
僕は急いで階下へと降りる階段に向かった。
そして、事前に図面で確認していた屋上にある鉄扉をゆっくりと押してみれば、小さな軋み上げながら開いて行き、そこには真っ暗な狭い階段が現れた。
それを見て、ほっと一息。
どうやら、図面は間違っていなかったし、買収した警備員も約束通りに鍵を開けておいてくれたようだ。
僕はその階段から八階へと降りるべく、発動スキルを“気配感知”と“無音歩行”に切り替えて慎重に階段を下る。
「ここが、八階……」
屋上から降りて来て、次の扉が現れた。
とりあえず、扉の脇に背負っていた火薬樽を下し、身軽な状態となって扉の向こうの気配を探ってみる。
「気配がない……?」
スキル“気配感知”を集中発動させても、扉の向こうからは何も感じない。
はて、どうしたものか……事前の計画では、買収した協力者が階段の扉の前に居て手引きしてくれるはずだったのだが……。
僕はしばし思案して、自分が警備服を着ていることも念頭に、大胆にも扉を開けて八階の様子を見てみることにした。
固唾を飲み、緊張に包まれながらも扉を開ける。
薄暗い階段から、目を焼くような明るさの八階フロアの様子が飛び込んでくる。
すると、やはりそこには誰も居らず、そして、微かにだが讃美歌がこの耳に聞こえて来た――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます