第41話『決行の夜』
準備期間は二週間。突貫作業も良いところだったが、なんとか形にはなった。
「レナードさん、身体は大丈夫ですか?きちんと休めましたか?」
エイミー商会の屋敷にて、久しぶりに全員揃っての夕食を終えた後に、クレアさんが心配そうに尋ねてくる。
「はい、お陰様で荷物を下ろしたみたいに疲れが取れました。というか、クレアさんは大丈夫ですか?僕らが寝ている間もずっと起きていて色々としてくれていたから寝てませんよね?」
裏仕事の準備が終わったその後も、彼女だけは皆の食事だの風呂だの寝床だのの準備で働き続けていた。
「大丈夫です。それに、わたしは本番ではお役に立てないので……」
申し訳なさそうに首をすくめるクレアさん。
「いえ、そんな……ここまででも十二分に助かりましたし、何よりも危ない橋を渡らせてしまいました……本当にすみません」
クレアさんには免罪状取得という目的があると言うのに、僕の我がままの所為で裏仕事の準備にまで加担させてしまった。本当に申し訳なく思う。
「これから大使館の方に?」
この後、クレアさんは全てが終わるまでの間、ルイーザとアンジェラの実家の手配によってガリウス国の大使館にて身柄を保護してもらうことになっている。
「はい、これからルイーザさんが送って下さるそうです」
僕やアレックスやアイザックは、実行組として明け方近くに現場へと向かう。
今回の仕事は成功したとしてもその後に国がどう動くか予想が付かない。
正式な爵位もなく落ち目であり多方面から恨みを買っているとは言え、国が認めた侯爵家に手を出す訳だから、捕まればお咎めなしとは行かないだろう。
一応この国では、明確な証拠があるか現行犯で捕まらない限りは裁かれる心配はないけれど、国や貴族様が出て来た時にはその限りではない。
彼らが黒だと判断すれば捜査などされずに黒となり、今回のことで言えば、国の承認に対する権威や体裁を保つため、実行犯の僕は見せしめとして裁かれる可能性はある。
だから、クレアさんと顔を合わせるのもこれが最後になるかもしれない。
「クレアさん、今回のこと、本当に色々とお世話になりました」
無茶をさせた謝罪の念も込め、頭を深々と下げて感謝を示す。
しかし、さすがにこのタイミングでは、クレアさんも何かを察したようでどこか思い詰めた表情で言った。
「あの……無事に、帰って来て下さいね。レナードさんに何かあったら、セリーナさんが悲しみますよ……っ」
それは、僕にとっては何よりも効く言葉かもしれない。
「はい、気を付けます。ありがとうございます、クレアさん」
すると、玄関方面からクレアさんを呼ぶルイーザの声が聞こえて来た。
「見送りますよ」
僕は屋敷内の薄暗い廊下をカンテラを持って先導する。
「ありがとうございます。あ、それと……お仕事中に万が一にも危なくなったら、コレを使って下さい。体力が続くようになりますので――」
クレアさんが洋服のポケットから小瓶を取り出し手渡して来た。
思わぬ贈り物をもらってしまった。というか、こんな物どこで手に入れたんだろう?
しかし、玄関までの道すがらではその事情を聞くには短過ぎて、結局何も聞けず仕舞い。
「見送りに来ましたぜ、クレアさん」
「あんたには世話になったな」
玄関ホールまで来ると、そこにはアイザックとアレックスも居て、結局全員での見送りとなった。
「それじゃあ、私はクレアを送った後にそのまま仕事に就くわね。それと、せっかく全員揃っているし、何か会長から一言ないかしら?」
ルイーザによって、急に挨拶をする流れにされてしまう。
何かと言っても、急に気の利いたことなんて思い付かないから、願掛けの意味も込めて一つ提案して置くことにする。
「えっと……それじゃあ、今回の仕事が無事に終わったら、思いっ切り奮発して皆でお祝いをしよう――!」
グッとこぶしを握り意気込みを現してみたけれど、反応したのは「お祝い!」と叫んだクレアさんだけだった。
次いで、「奮発良いっすね!」と気を遣ったアイザックが続き、他二人は苦笑いだったり溜息だったり……。
どうやら僕は発言を間違えてしまったらしい。これから大仕事だと言うのに、もう居た堪れない気持ちだ。
「ふふ、なんだか締まらないわねぇ」
「いや、今夜はデカい獲物を二つやるから、かえって気負わない方が良いだろう」
アレックスによる真顔でのフォローが傷口に染みるようだ。
そして、それから祝いの席についての雑談を少しばかりして、場の空気が弛緩した頃に、ルイーザがそろそろ時間だと告げてクレアさんを促した。
「それじゃあ、皆さん……どうかお気を付けて……絶対に無事で、またお会いましょう……!」
そうして、エイミー商会の女性陣二人が外に待たせた馬車に乗り込むのを見届けてから、僕ら男性陣は今一度準備した物や予定について確認して行く。
「アイザック、抗議行進の手配は大丈夫かい?」
「昨日にも確認しましたけどバッチリですぜ。もう何人か先走って集まっている連中もいるかもしれない」
ならば良し、と頷く。
「それと、アレックス。貸金所の方は僕も直接見てるから大丈夫だとは思うけど、カジノの最上階金庫室の方はその火薬量で足りるのかな?」
「ああ、図面や建築に関わった人間や警備員にも確認したが問題ない。そもそもカジノの方は金庫室とは名ばかりのただの集金部屋のようだ。これも、ここ数十年に亘って王都での犯罪率が低かった弊害だな」
しかし、その平和ボケのお陰でこちらは楽ができ、この無茶苦茶な計画にも成功の目が出て来るというものだ。
すると、今度はアレックスの方から忠告が入る。
「俺達の方はまだ良いが、矢面に立つあんたはくれぐれも顔を晒さないように注意しろ。いつもの仕事とは違って、夜闇に隠れることもできない頃合いだからな」
彼の言う通り、今回の仕事は明け方近くまで掛かる長丁場だ。
正直、このような大仕事の中に初めての要素があるのにはかなりの不安を覚えているし、しかも計画の内容的にも、僕は不特定多数の人目に触れるのは免れない。
だからこそ、アレックスの忠告通り、いつも以上に面が割れないように注意を払う必要があった。
「ああ、そうだね。ただでさえ姿を晒すことになるんだし、気を付けないと……」
そういった面での不安や緊張は決して小さいものはないけれど、どこかで危険を犯さなければ何事も成し遂げることはできない。
そして、僕らは休憩を挟みながら確認を進め、やがて予定の時間となり満を持して屋敷を出た。
まだ夜中であるために屋敷の外は当然暗く、東の空には夜明けの兆しすら伺えない。
「もう少し待ちますかい?」
そうアイザックが尋ねれば、アレックスが首を振る。
「途中での不測の事態がないとも限らない。もう出た方が良いだろう」
そんな二人の会話を聞きながら、僕は自分の内に響き渡るいつもより強い心臓の鼓動に浮足立っていた。
これまでだって、裏の仕事をする際には必ず緊張し不安に駆られて来たけれど、それでもやはり、今回の緊張感は毛色が違う。
もうここに戻って来れないかもしれないと思うと、諦観や寂寥の念さえ胸の内を過ぎるのだ。
「あの、大丈夫ですかい、レナード会長?」
アイザックの声に、ハッとする。
「まぁ、今回は獲物が獲物だから緊張するのも無理はないが……俺はこの二年半、あんたの訓練役をやって来た。その立場から言わせてもらえば、今回の仕事もあんたの実力なら難なくこなせると見ている。だから、この二年半の集大成を見せほしいね、レナード会長」
相変わらずの真顔で、しかし、およそ普段の彼らしくないことを言うアレックス。
どうやら、この期に及んで腹が据わらない僕を勇気付けようとしてくれているようだ。
「それに、もしあんたが失敗して侯爵家が狙って来るようなら、今度は俺が侯爵家の新当主とやらを始末してくるさ」
彼は淡々とした口調でそう言い切った。
そして、そこまで言われては僕も吹っ切れるしかないだろう。
「はは、女性は殺せないんじゃなかったかい?」
そう軽口を返せば、何事にも例外はある――とアレックス。
だとしたら、僕は精々彼の手を煩わせないようにしなければならない。
「ありがとう、お陰で覚悟が決まったよ」
少しだけ軽くなった心持で、二人を見据える。
「それじゃあ……また、ここで再開できることを――!」
そう声を掛ければ、アレックスとアイザックが口元に笑みを浮かべながらしっかりと頷いた。
もはや迷いはなく、ここからは僕の本領となる。
故郷を出た時から続く長きに渡る旅路と、裏仕事を始め二年半の集大成を、この仕事でここに体現できればと思う。
さぁ、忌まわしい盗賊の仕事を始めよう――。
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