閑話『祈り』
クレアさんを介し、ルイーザさんとも協力関係を結ぶ算段を付けた。
しかし、それ以降はあまり具体的な話として進んではいない。
なんでも、司祭である私が協力するというのなら、向こうもそれなりの立場――ターポートの大商人であるアンジェラのご実家やガリウス国大使館なども出て来て今後の話を詰めようということになったらしい。
しかも、万が一のことも考えて、司祭である私はレナードのエイミー商会との直接のやり取りは極力避けた方が良いとも言われてしまった。
「そんなの、別にいいのに……」
こんな時にも、自分の司祭という立場が恨めしい。
これまで、レナードを救い守れる立場になろうと頑張って来た。その甲斐あって、医術分野では六度の表彰と司祭としては一度の勲章すら受けた。
もはや教会内での立場は揺るぎないもので、それ故の窮屈さはあるけれど、多少の無理は通せる人脈と貸しは作って来た。
だから本当なら、レナードの一人、商会の一つくらい守れる力はあるはずなのだ。
でもそれなのに、肝心のレナードとの距離は離れるばかりで……。
「っ――はぁ、ダメね。待って居る時間が長いと悪いことばかり考えてしまう」
そうして溜息をついた後に、孤児だった身には分不相応な白亜の屋敷の自室から、美術品のように整えられた庭園を見下ろす。
五日前には、クレアさんとルイーザさんがあの庭を通ってこの部屋にやって来て、協力関係の話をしたのだ。
しかし、その後は待てど暮らせどルイーザさんからの続報はないし、クレアさんにしても何やら忙しそうで、これまでは三日に一回はあったレナードと商会に関する報告も滞ってしまっている。
そんな状況に、何事か大変なことが起こっているんじゃないだろうか――と心配になってしまう。
「こんなことなら、レナードに会っておくべきだったかしら」
そして、そのまま彼をこの屋敷へと連れて来てしまえば良かったかもしれない。
しかし、そうは言っても、今でこそ鳴りを潜めたけれど、以前には司祭となった私の交友関係を良く思わない人達の思惑で、彼と引き離すために軟禁されたことすらあったのだ。だから、今回も万が一を考えて彼に会うことを我慢した。
でも、こんな状況になってしまっては、どうしたって気を揉んで色々と考えてしまう。
「怪我をしていたり、お腹を空かせていないかしら……」
レナードを傍に連れて来てしまえば、こんな不安に駆られることもなかったと思わず親指の爪を噛む。
いいえ――私だって分かってはいる。
レナードだってもう子供ではないのだし、どんな方法であれ彼は一つの成功を収めて今や商会の会長ともなった。だから、そんな心配は失礼なのだと――。
でも、もう二年も前にもなるけれど、あの貧困街の屋上の小屋の中で、傷だらけになって熱にうなされる彼が、私に縋り付いて弱々しく懺悔した時の姿が、どうにも頭の中から離れない。
また、あの時にように縋って来てほしいとさえ思ってしまう。
だって、今度こそは彼の全てを受け止められるようにって、頑張って来たつもりだから――。
「レナード……」
胸の前で手を組んで、
自分の内に意識を集中させて、状況から考えをまとめれば自ずと対応策が閃く。
こんな風に思考を巡らせることなんて、誰もが日常でやっていることなのだけど、私のような“司祭天職者”はその作業がほんの少しだけ人よりも得意なのだと言う。
教会では、それを仰々しく“天啓”なんて呼んでいるけれど、真実を知ってしまうと、頭でっかちと言われているようで恥ずかしい。
けれど、その天職の特性のお陰で色々な可能性が浮かんでくる。
「やっぱり、クレアさんが来ないと言うのは変よね……」
免罪状の取得には、推薦人と保証人と、世のため人のために仕事で貢献したという客観的事実が必要になる。
だからこそ、クレアさんには足繁くここに通ってもらっていたし、その辺りのことは本人も重々承知のはずだもの。
それに、真面目な性格の彼女のこと、弟さんのために目指している免罪状の件がなくとも、何も言わずにいきなり来なくなるのは不自然に思える。
「来ない理由……例えば、私に知られたくないことがあるとか……?」
数多にある可能性の中で、それに引っ掛かりを覚えた。
私に知られたくないこと――でも、彼女達が私を騙すようなことをするとは思えない。そういえば、レナードに私のことを話したのかしら?話し合いの後にもアンジェラのご実家やガリウス国大使館が動いたという話は聞かないし……。レナードが私の協力を知ったとしたらなんて思うだろう?
そうして、色々な疑問や考えが同時に浮かび上がって来る。
五日前の時には、やっとレナードと関わり合いになれることが嬉しくて気にしなかったけれど、彼の立場や状況や考え方について、もっと考えを巡らせるべきだったのかもしれない。
「ちょっとだけ、調べてみようかしら……?」
なんだか、クレアさんやルイーザさんを信用していないみたいで申し訳ない気はするけれど、何か助けが必要な状況とかだったら困るし、そして何より、レナードに関することでまた蚊帳の外は嫌だもの。
これまで肝心なところで彼の危機に立ち会えなかった事実が、今この場において明確な不安や焦りとなって私を突き動かす。
ちょっと様子を見るだけ……レナードの商会に迷惑を掛けたくないから、こっそりと覗くだけ……。
そう言い訳しながら、私は馬車の中から遠目で確認したり、信用できる人をやったりして商会やその付近を探った。
そして、二日後――。
「ふぅん、そう……そうなのね、レナード……」
ついつい恨めしい声が出てしまう。
調査と監察の結果、確証はないけれど、レナード率いるエイミー商会は侯爵家に対して何事かを起こす準備をしているということが伺えた。
そして、それはきっと危険を伴うことなのだと思う。
というか、今の今までどうして思い至らなかったのだろう。もはや、彼に会える嬉しさに、私の思考が曇っていたとしか思えない。
だって、レナードが私の協力を知ったとしたら、きっと私を巻き込むまいと考える。もし私がレナードと逆の立場でも絶対にそうするもの。
でも、だからこそ、今の私の気持ちも分かってほしい。
もしレナードが私と逆の立場なら、きっと私を助けてくれるために絶対に関わろうとしたでしょう。ならば、私だってそれは同じこと――。
「でも、どうしようかしら?」
レナード達が侯爵家に対して何を企てているか分からないし、下手に司祭の私が介入すれば、同時に騎士団などの介入も許すことになるかもしれない。
それに、もし彼が何かを成そうとしているのなら、その成功こそを私の願いとするべきじゃないだろうか。
もしそれによって、彼が怪我をしたのなら私が癒せば良いし、万が一にも命が失われたのなら後を追えば良い。
私の傍に居てほしいと泣き縋るのだって、彼の決心が成就してからで十分――。
だとしたら、まずはレナードの成し遂げたいことを探り、その彼に“幸運”を用意すること。
そして、全てが終わった後の事を考えて、彼の行く末に手を回して置くこと。
「そうね……頼りっぱなしで申し訳ないけれど、オースティン先生にもご協力をお願いしましょう」
ちょうど、最近私が受けた表彰にとても喜んでくれて褒美をくれると言っていたし、お願いしてみよう。
だから――と、手を組み合わせる。
「どうか、それまで、レナードをお守りください」
これは天啓を得るためではないただの祈り。
何の理屈も力もない彼の無事を願うだけの祈り。
でも、子供の頃から欠かさなかった長きに亘る祈り。
そして、願わくは、彼と私の行く末が重なりますように――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます