第39話『覚悟』





「やるわ――」


 翌朝、肩をいからせたネグリジェ姿のルイーザが言った。


 どうやら、こちらの計画に乗ってくれるということらしい。


「それは良かった。ルイーザが居てくれるなら心強いよ。ありがとう」


 嫌味のつもりなんて欠片もなかったのだが、ルイーザはなんとも悔しそうな表情で睨んで来る。


「フン――全部終わった後に、セリーナ様からお叱りを受けると良いわよっ」


 いつも艶っぽいルイーザがまるで子供みたいなふくれっ面。


 珍しい物を見たとこちらが目を丸くすれば、これもまた珍しく頬を僅かに赤らめて顔を背けるルイーザ。


「んんっ……協力はするけれど、実行はアナタよ。こっちもアナタの動きに合わせて現地の暴動工作とか、周辺貴族様による介入工作とか、王都に居る下位の貴族様達の突き上げ工作とかあるし、あまり手伝えないからね」


 そんな小言を聞きながら書斎に入ると、応接セットのテーブルの上には侯爵家の資金源に関する資料が広げられていた。


 カジノ・ゴールドラッシュ、ウルドベリー貸金所王都支店……特にこの二つの物が多い。


 確かに、僕も侯爵家への攻め所としては同じ結論に至っていた。


 本来、王都でのギャンブルと金貸業は公爵家と国の専売とされているけれど、オルトベリー侯爵家はその治める領地の特性上、特別に王都でのカジノと貸金所の運営による金策を許されている。


 人も物も金も集まる王都での収益は莫大で、歴代のオルトベリー侯爵家の当主様達は王都に詰めてその運営に力を注いで来た。


「地下ギルドの情報では、新当主様はこのカジノと貸金所にも相当無茶な送金をさせているみたいだ。ただでさえ継承式典が延期で爵位を継いでいない上に何の説明もなく領地に雲隠れだから、従業員達もかなり不満や不安を抱いているらしい」


 また、それでなくとも新当主様は日頃から他人の荒を探しヒステリックに批判して責任を追及するため、配下の者からの心証も悪いと聞いている。


「だから、警備の何人かは買収ができそうだよ」


 僕とてこの二年半の間、常に侯爵家の動きを追いつつ、万が一の時のために攻め所を探し準備をして来た。


 それぞれの警備員の素性を調べ上げ買収できそうな人物を探したり、地下ギルド経由で人材を都合しカジノや貸金所に掃除夫として潜入させたり……。


「両方の施設に潜入してもらっている協力者からは、既に内部の見取り図も手に入れてあるんだ」


 条件は揃っているとルイーザを見れば――。


「確かに、好機ではあるのよね。ハッキリ言って、新当主様は政治下手よ。日頃から下位の貴族様に対しても高圧的に責任追及をする癖に、自分は式典延期の責任追及から逃れるために領地へ逃亡。その領地でも色々と無茶をやらかして領民の不満も高まる一方だもの」


 ルイーザが処置無しと首を振る。


「もしかしたら、放って置いてもそのまま自滅するかもしれないけれど……それでもやるんでしょう?」


 その問いに、僕は頷いた。


 確かに、このまま静観していれば自滅する公算は大きい。しかし、それでも自滅しないかもしれないし、何よりセリーナが関わって来る以上は侯爵家には早々にご退場願いたい。


「待って居る必要もないさ、好機なんだから打って出て、僕らで引導を渡そう」


 そして、やると決めたからには中途半端な真似はできない。下手な情けはかえって禍根を残すことになる。


「でも、そうなると……最悪の場合は国が出て来るかもしれないし、そうなったらアナタは無事では済まないかもしれないわよ、レナード?」


 幕引きのための生贄にされるかもしれないということだろうか?だとしたら、それはそれで仕方がない。これまで理由はあったにせよ、実際に様々な盗みを働いたのだ。


 特にこの二年間半など、侯爵家に対抗しうる力を持つべく、精力的に裏の仕事をこなして来た。


 仕事を達成すれば依頼主から感謝と賞賛を受け、口止め料も込みなのかその報酬も莫大な物だった。


 しかし、やはりどこかに虚しさと後ろめたさがあり、盗みで得た大金よりも貧困街で害虫を追い回して得た小銭の方がありがたみがあった気がしてしまうのだ。


「はぁ……きっと、根が貧乏性で小心者なんだろうなぁ」


 思わずそう呟くと、ルイーザが何の話?と首を傾げる。


 思考が脱線してしまい、まだ質問にも答えていなかった。


「もちろん、最後に捕まるかもしれないのも覚悟の上だよ」


 盗みは盗みなのだから、いつか裁かれることもあるだろう。


「そう、それなら、私も覚悟を決めるわ」


 ルイーザは一つ頷くと、今後の進め方について話し始めた。


「とりあえず、今夜から裏の仕事で付き合いのある貴族様達と会って行きましょう。昨日の内に会食の約束をいくつか入れたから、これにはレナードも会長として顔を出してもらうわよ」


 その言葉に、早速グッと喉元が詰まった。


 貴族様との会食……武闘派の騎士爵様くらいならまだ気楽な部分はあるけれど、準男爵様以上となればどうしても堅苦しい席になる。


 一応、その辺りの礼儀作法は勉強し、この二年半で場数もそれなりに踏んで来たつもりだが、精神的には全く慣れることができていない。


「はぁ……上手くやれる自信はないけど、頑張るよ……」


 すると、ルイーザがニヤリと口角を吊り上げた。


「あら、正装すればそれなりに見えるんだし、貴族様のご令嬢にだって覚えが良いんだから、自信を持って下さいな、レナード会長」


 微妙なからかいを受けながらも、今後の動きを決めて行く。


「ああ、それと、クレアさんとアイザックのことなんだけど、二人にはしばらく屋敷から離れてもらった方が良いと思うんだ」


 昨日も考えたことだけど、クレアさんには免罪状を取る目標があるし、アイザックは僕ら商会の仕事を何も知らない。やはり、そんな二人を巻き込むべきじゃないと思うのだ。


 すると、ルイーザもそれに同意した。


「そうね、万が一にも襲われたり人質にされたら厄介だし、安全なところに居てほしいわね」


 こちらと着眼点は違うけれど、結論は同じところにあるようだ。


 そして、早速その話を、まずは事情を知るクレアさんに持って行くと――。


「あ、あの……わたしで何かお役に立てることはないですか……?」


 おずおずと、そう尋ねて来たのだ。


「えっと、気持ちはありがたいですが、今回は本当に危険なので離れていた方が良いですよ」


「で、でも……っ」


 珍しく尚も言い募ろうとするクレアさん。


 どうしたものかと僕が口を開いたまま固まっていると、横で聞いていたルイーザが言った。


「本当に危険だし、クレアが目指してる免罪状の取得の妨げになる仕事よ?もう永遠に取れなくなるかも――」


 結構な脅しだが、それでもクレアさんは即座に答えて見せた。


「は、はいっ……覚悟は、出来ています……!」


「だったら、直前まで手伝ってもらおうかしら。人手が足りないのは事実だし、正直クレアが手を貸してくれるならとても助かるしありがたいわ」


 正気なのか、ルイーザが勝手にクレアさんの参加を認めた。


「ちょ、ちょっと待って二人共っ」


 僕は慌てて止めに入ったが、逆に動きを止められることになった。


「レナード……アナタ、クレアの正式な雇い主が誰なのか忘れていない?」


「雇い主?商会であって、君じゃあないだろう?」


「いえ、そうじゃなくって……」


 すると、クレアさんが口を開く。


「せ、セリーナさんに、報告しちゃいますよ……!」


 こちらをきゅっと上目遣いに見詰めて来る。


「あ、あぁ……そういう――」


 そうだった。クレアさんは商会で知り得たことをセリーナに報告する義務があり、クレアさんに知られれば自然とセリーナにも伝わってしまう。


 そして、この計画を知ったなら、セリーナは自分が傷を負ってでも僕を止めに来るに違いない。


「でも、本当に良いんですか?だって、免罪状が……」


 良くないのでやっぱり報告します――なんて言われても困るんだけど、クレアさんの免罪状も大事であるため聞いて置く。


「はい……わたしは、“特殊”の仕事で失敗して、レナードさんにご迷惑をお掛けして、怪我までさせてしまって……それに、セリーナさんには命を助けて頂いて……ですから、そんなお二人に恩返しもしないまま免罪状なんて、弟に叱られちゃいます」


 それに――と続ける。


「屋上でのお祝いの時のように、お二人が揃って楽しそうに笑っているのが、わたしの望みです」


 そう言って、クレアさんは清らかに微笑んだ。


 それを見て、こちらこそその覚悟に報いなければならない――そう強く思った。


 だから、仕事を成功させよう。


 覚悟は、十分にできている――。




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