第38話『奮起』





 屋敷の書斎にて定例報告を行っている際、ルイーザから飛び出た話に、僕は自分の耳を疑った。


「ちょっと待ってくれ、どういうことなんだい?」


 とても承服できない内容に、詳細な説明を求める。


「どういうことも何も、言った通りだわ。今をときめく“癒しの司祭”様が、私達にご協力下さるのよ」


 “癒しの司祭”――ちょうど一週間前の新聞でも、医術の分野においては最年少最多となる五度目の表彰が決定したと報じられた僕の幼馴染。


 もはやその立場は天高く、僕のような得体の知れない者が“また会いたい”などと身の程知らずな願いを抱くことすら憚られる尊き存在となった。


 だからこそ、彼女の邪魔にならないためにも直接の再会を諦め、いつか遠目からでも姿を見れればと考えていたのだが……。


「それに、これは癒しの司祭様――セリーナ様の方から頂いたお話なのよ。ふふ、余程アナタのことが大切なんでしょうね。話し合いの中でも、私もアナタに対することで色々と牽制を受けた気がするわ」


 セリーナが僕のことを考えてくれていた――それだけで、この胸中には嬉しさが溢れかえる。


 でも、ダメだ。それでもダメなんだ。他の何を犠牲にしようとも、セリーナを関わらせたくはない。


「ルイーザ……僕にとって、セリーナはとても大切な存在なんだ。君にとってのアンジェラのように……」


 すると、ルイーザがその表情を真面目なものに変えた。


「そう、だとしたら分かるでしょう?私だってアンジェラお嬢様の安全のためなら何でもするわ」


 僕はその言葉に頷きつつ、きっとセリーナも同じ気持ちだからこそ、僕らに協力を申し出てくれたのだろうと思う。


 もし、僕とセリーナが逆の立場だったなら、やっぱり僕も彼女の助けになろうとどんなことにも首を突っ込んだに違いない。


「ねぇ、レナード……私はアナタに借りがあるし、お嬢様の恩人だとも思っている。でもね、この商会を手伝ったり、アナタのサポートをしているのは、偏にお嬢様の安全のためなの」


 ルイーザは論すようにそう言うが、そんなことは僕とて分かっている。


「僕が狙われている内は、侯爵家の矛先がアンジェラに向く可能性はさらに低くなるからかい?」


 絶対にアンジェラが狙われないとは言い切れないが、それでも侯爵家がこちらに執心している間は、いくらか危険性は下がるだろう。


「ええ、まぁそんなところね……軽蔑したかしら……?」


 そうして、ルイーザは伺うような上目遣いを向けて来るけれど、それについて思うところはない。


 ルイーザにどんな思惑はあれど、僕が救われたことに変わりはないし、アンジェラの安全に繋がるのなら防波堤になる意義もあるというもの。


 しかし、それもセリーナが関わって来るというのなら話は別だ。


「……確かに、アナタに相談もせずに協力関係を決めて来てしまったことは謝るわ。でも、私とクレアに司祭様からのお話を断れると思う?」


「なら、僕が断って来よう。心当たりならある」


 僕を斡旋施設の地下牢から出してくれた医術院の老人なら、セリーナを説得してくれるかもしれない。


「待って、お願いよレナード。セリーナ様が協力してくれるなら、ターポートの方だって大々的に出て来れるの。そうなれば情報も資金も人手も桁違いになるわ。もちろん、セリーナ様にも益のあるように持って行くことを約束する」


 それに……とルイーザはためらいながら続ける。


「きっと、セリーナ様はどうあってもこの件に関わって来ると思うわよ。それは、分かるでしょう?」


 ああ、分かるとも……さっきも考えたことだけど、僕が逆の立場でもそうする。


「はぁ……ごめん、僕も聞き分けのないことを言っている自覚はあるんだ……」


 現在の対公爵家への方針から言えば、セリーナの協力やアンジェラの実家に出て来てもらうのが一番良いのだろう。


 しかし、それでもし万が一にも侯爵家の矛先がセリーナに向かったら……僕ら犯罪天職者に関わることで彼女に不利益があったら……と、そんな恐れが渦巻くのだ。


「でも……ならせめて、その前に自分でできることを全てやらせて欲しいんだ」


 その言葉に、ルイーザは訝し気に眉を顰めるけれど、僕の腹はもう決まっていた。


「ルイーザの持つ侯爵家の資金源に関する資料を出して欲しい」


 現在行っている“公爵家が簡単に手が出せないような存在になる”というのが穏健策ならば、“金策に喘ぐオルトベリー侯爵家の資金源を断つ”という強硬策だって僕らの間では考えられていた。


 幸いなことに、現代における貴族様の資金源の大半は、ここ王都に集中している。


 そもそも、領地を持つ貴族様が地価の高い王都に邸宅を構え、当主が滞在しているのは、生活面の利便性や政治的な意味合いはもちろん、王都での金策面に関する指揮監督をするためというのが大きい。


「……正気?」


 ルイーザがしかめっ面をする。


「この商会を立ち上げる時にだって、侯爵家への対策の一つとして上がっていたじゃないか」


 というか、現在の穏健策とは詰まるところ妥協策でしかない。


 結局のところ、身の安全を確保するためには危険を取り除くしか方法はなく、それが世の常識であり僕らの考えでもあった。


 しかし、実際に侯爵家の没落を狙うともなると、当時の僕では実力も経験も資金も足りなかったし、自分が生き残るためだけにそこまでする気持ちにもなれなかったのだ。


「今なら資金も経験もあるし、何より侯爵家は王都から遠く離れた地で金策に喘いでいる。“キッカケ”さえあれば、領地での暴動や王都での爵位降ろしは必ず起こる」


 僕はルイーザを真正面に見据えた。


「君だって、強硬策を全く考えていなかった訳じゃないだろう?」


 彼女が裏で、ウルドベリー地方に向かう商隊の情報を山賊に流し、商隊の警備に掛かる費用を増大させることで商人達に手を引かせたり、王都で侯爵家の噂を流すことで下位の貴族様達の突き上げを蠢動していたのを知っている。


「そう、ね……」


 ルイーザが珍しく親指の爪などを噛み、眉尻を下げた弱々しい表情を見せる。


 やはり、彼女もまた迷っていたのだ。司祭と大商人が関わればもう裏の手を使っての解決は望めなくなり、その後は永遠と侯爵家と睨み合い綱引き状態を続けなければならない。


「とにかく、僕はそれに向けて動くよ」


 そう声を掛け、思い悩む彼女を残して書斎を出れば、扉の前でクレアさんと鉢合わせた。


「わっ、あ、これはそのっ……!」


 聞かれていたかな? いや、むしろ知っておいてもらった方が良いかもしれない。


 すると、クレアさんが大きく頭を下げた。


「ご、ごめんなさいっ……わたし、レナードさんには助けてもらったのに、こっそり情報を流したり、セリーナさんを巻き込むようなことになってしまって……っ」


 震える声で吐き出す彼女に、僕は参ってしまう。


「いえ、そんな……むしろ巻き込まれたのはクレアさんの方じゃないですか。それに、クレアさんは弟さんのためにも免罪状を取らないとならないんですから」


 そう、だから今後の件には、クレアさんは関わらない方が良いだろう。


「すみません、少し出掛けて来ますね」


 クレアさんに挨拶をしてから、僕は屋敷の大きな玄関口を出た。


 敷地内の広い庭園を通って門まで向かう途中、二匹の大型犬がこちらに反応しているのが見て取れた。彼らはアレックスの提言を元に導入した番犬で、その付き合いももう二年近くになる。


「ありゃ、お出かけですかい、レナード会長」


 門まで来たところで、これもまたアレックスの意見によって雇われた見た目がゴツイ門番――元邪剣使いのアイザックが声を掛けて来た。


「やぁ、邪剣使い。ちょっと出掛けて来るよ」


 気軽にそう答えれば、アイザックは照れたように笑う。


「邪剣使いはもうやめて下さいよ、今の俺は“戦斧使い”のアイザックですぜ」


 そう言う彼の天職は“木こり”だった。


 そのため、見た目の派手さを重視した戦斧を発注した結果、身長二メートル近い彼が背負うような巨大な斧が出来上がった。


 彼とは身柄を狙われたり金を奪ったりという関係だったが、地下ギルドの紹介の下、その特注の戦斧や鎧をプレゼントし門番の仕事を与えると、張り切って仕事に当たってくれた。


 そんなアイザックの見送りを受けつつ、僕は屋敷を後にする。


「彼の身柄も、どうするか考えておかないとなぁ……」


 門番のアイザックもエイミー商会の一員には違いないのだけれど、普段から屋敷内には立ち入らず、正門に併設された詰め所で生活しているため、商会の仕事のことは何も知らない。


 免罪状の取得を目指すクレアさん同様、アイザックもまた巻き込むべき人間ではないだろう。


「考えることや手配することが山積みだなぁ……」 


 しかし、ぼやいていても仕方がない。


 セリーナが関わって来るという以上、何としてでもその前には僕の手で後始末をつけなければならないのだ。


 そして、これは正真正銘、僕の事情で僕から仕掛ける盗賊の仕事となるのだろう。




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