閑話『三者会談』
「あら、いらっしゃいませ」
部屋に入って来た二人に対し、丁寧に頭を下げる。
本来なら、用件のあるこちらから出向くのが筋だと言うのに、私が気軽に出歩くことを許されていないために、こうしてお呼び立てしてしまった。
「本日はお越し頂きありがとうございます。私は教会で司祭職をしております、セリーナと申します」
特に、直接会うのは初めてとなる長身の艶やかな女性――ルイーザさんへと今一度頭を下げた。
彼女の名前や人となりは、クレアさんから聞いて知っているし、今日はその辺りのことについても、謝罪や説明をしなければならない。
すると、ルイーザさんがハッとしたように言った。
「っ――初めまして、私はルイーザと申します。まさか、筆頭司祭でもあらせられる“癒しの司祭様”にお会いできるとは思いませんでしたわ」
“癒しの司祭”――医術の分野で四度目の表彰を受けた際に国から与えられた称号。
「私などには過ぎた称号です。それに、私が本当に癒したいと思うのは、この世でただ一人だけなのですから」
そうして、ついつい宣言というか、牽制というか……ルイーザさんにしてしまう。
だって、ルイーザさんは女の私から見ても魅力的で、今のレナードの仕事のパートナーだって言うし、一時期は二人きりで暮らしていたとも聞いた。
それに、どことなく彼女の雰囲気はローザに似ている気がするのだ。
そうして、私が失礼極まりなくも本能的にルイーザさんを警戒していると――。
「それはそれは、レナード会長も男冥利に付きますわね」
優雅な微笑みと共に、さらりと大人の対応で流されてしまった。
その反応がまた格好良くって、なんだかすごく負けた気分……。
もしかすると、レナードはもうルイーザさんのことを好きになってしまったんじゃないだろうか?
そんな焦りとも悲しみともつかない思いさえ悶々と渦巻いてくる。
少し前には、レナードが無事ならそれだけで良いと思っていたのだけれど、いざ彼の周りに女の影があると思うと途端に嫌な気持ちになってしまう。
「あの、セリーナさん?」
そこに、クレアさんが声を掛けてくれた。
いけない……今は悩んでる時じゃない。
「失礼しました。本日は、私がクレアさんにしていた依頼についての説明と、今後は協力関係を築いて行ければと思いまして……どうか話を聞いて下さい」
そして、私はその当時を思い出しながら、事のあらましを説明した。
それは、もう一年近くも前になる。様々な思惑が絡み合い、私とレナードを遠ざける目的で命じられた謹慎が明けたあの日のこと――。
あの日、私の気持ちだけを置き去りに、全てのことに片が付いていた。
レナードのことも、アンジェラのことも……。
結局また私は最初から最後まで蚊帳の外で、レナードは再び私の前から居なくなってしまった。
あの時に感じた絶望を、私はきっと生涯忘れることはないだろう。
『彼の者と会いたくば、司祭として医術師として大成することだ』
打ちひしがれる私に、オースティン先生が発した言葉。
きっと、先生にだって思惑はある。その発言だって、私の心情なんて欠片ほども慮っていない物なのかもしれない。
でも、その言はもっともだと感じた。
もうこれ以上、私とレナードが他人の思惑に左右され、飲み込まれないように、私は確かな存在となる必要がある。
だから、そこからはなりふり構わず、寝食を惜しんで医術と司祭の成果を積み上げた。
しかし、いくら道筋が見え、やるべきことが分かったとしても、今レナードが傍に居ない現実は変わらない。
それは、とても悲しく、寂しく、彼が本当に無事なのか不安に思う日々……。
オースティン先生は、そんな私に対し定期的にレナードの様子を調査して教えてくれたりはしていたけれど、かえって心配ばかりが募って行った。
「――そんな時に、私も独自にレナードのことを調べようと思いまして、そこでクレアさんに、“もしレナードに会ったら彼の様子を教えてほしい”とお願いをしたのが依頼の始まりなのです」
お茶と菓子が用意されたテーブルを囲む二人に説明をすれば、クレアさんが補足をしてくれた。
「セリーナさんからそのお話を頂いたのが、ちょうどレナードさんが貧困街の小屋にお金を取りに来た直後のことでした」
その前にクレアさんにお願いしていれば――と今でも思う。
だって、そこからはまた、彼に関する情報は私自身では得られず、オースティン先生頼みとなってしまったから。
でも、しばらく経ってから、そのクレアさんから情報がもたらされた。
「それから何ヶ月か経ってからですけど、ルイーザさんから“レナードさんが会長を務める商会で仕事をしてほしい”って斡旋施設経由で指名依頼が来たんです」
クレアさんが説明すると、ルイーザさんが頷いた。
「なるほど、むしろこちらが後から依頼を出して割り込んだ形だった訳ね」
そして、ここだ――と思い、私は頭を下げる。
「探るような真似をしてしまって、本当にごめんなさい……っ」
理由やタイミングの問題はあれど、秘密裏に探っていたことには変わらない。
だから、誠心誠意に謝る。
「え?あ、いいえ、そんな……頭をお上げください。理由も理解しましたし、タイミング的にも仕方がないでしょう。そもそも諜報活動なんてどんな組織だってやっていることですから、どうかお気になさらず――」
ルイーザさんは特に気にした様子もなく続ける。
「それにしても、クレアには諜報の才能があったようね。私、全然気が付かなかったわよ?」
ううん――それどころか、こちらに気を遣ってくれたようで、彼女はおどけたようにクレアさんに笑い掛けた。
「う……す、すみません」
それに対し、弱ったように首をすくめるクレアさん。
すると、突然ルイーザさんが席を立ち、私の傍までやって来て床に膝をついた。
「でしたら、私も懺悔しなければならない罪があります……」
そうして、こちらを見上げる顔色は悪く、沈痛そうに歪んでいる。
ルイーザさんは喉元の辺りで手を組み合わせ、祈るような格好で言った。
「私はアンジェラお嬢様を助けるため、彼――レナードを囮にする非道を働きました。追っ手の騎士達を引き連れ、煙幕を張り、彼を気絶させ、逃亡しました……」
私もそれについては知っているし、その当時に全く思うところがなかったと言えば嘘になる。
けれど、その後の展開を見ると、レナードの代わってルイーザさんが誘拐の罪で手配され、彼女が関わったことでターポートの有力者やガリウス国までもが教会本部と連携し、レナードの手配の取り下げにも動いてくれた。
そして何より――。
「きっと、レナードは気にしていないでしょう。でしたら、それが全てです」
私はルイーザさんの手を包み込むように手を添えた。
「神は貴女の罪をお赦しになります――」
幼少の頃から教会の孤児院にて擦り込まれて来た赦しの言葉を述べ、ルイーザさんを立たせる。
「ありがとうございます、司祭様」
「どうか、私のことはセリーナとお呼び下さい。そして、もしよろしければ、“件の貴族様”への対応について協力関係を結べればと思います」
“件の貴族様”――オルトベリー侯爵家。国際法を破ってアンジェラを誘拐し、逆恨みからレナードを執拗に狙う貴族様。
それについても、クレアさんからの話によれば、レナードが宝剣を盗み出すなんて無茶したお陰で新当主様の爵位継承式典は延期となり、ここ一年は領地に引き上げたままとなっている。
「それは是非に……私共としては願ってもないことです。また、セリーナ様にご助力頂けるのでしたら、ターポートの方もより積極的にこの件に関わって来るでしょうし、そうなれば私共の商会と会長の安全にも繋がります」
きっと、そのルイーザさんの話に嘘はないのだろうけど、それだけということもないはずだ。
相手はアンジェラのご実家とは言え、ターポート地方を統べる大商人。一筋縄では行かないだろう。
でも、関係ない。
レナードが救われ、また彼と再開できるのなら、それ以外のことなんてどうでも良い。
さらには、まるでそれを後押しするように、司祭天職による“天啓”の閃きか、彼と共にあるための道筋が脳裏を掠め、今ここで協力関係を結ぶことは決して間違いではないのだと確信する。
「それでは、手始めに現状についての情報交換をさせて頂ければと思うのですが、セリーナ様はよろしいでしょうか?」
ルイーザさんが尋ねて来る。
今はまだ、教会内のごたごたにも彼を巻き込みたくはないから、直接会うことはできないけれど……でも、きっともう直ぐ会えるわ、レナード――。
そして、私は頷いた。
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