第36話『己が天職』
ルイーザに助けられてから早数週間。
その頃には、僕の熱や怪我も完治して、結果を待つばかりだった諸々の問題にも一応の決着が付いていた。
僕とルイーザに掛かっていた手配は早々に取り下げられて、今では王都の表通りを堂々と歩けるし、王都を自由に出入りすることだってできる。
また、僕を害そうとしていたオルトベリーの新当主様も、今回の継承式典の責任を追及されるのを恐れてか、さっさと王都のお屋敷を離れ、遥か遠くの自領へと引っ込んでしまった。
これについて――。
『たぶんだけど、自領に引きこもっている間に新しく宝剣を用意するつもりなんじゃないかしら。宝剣が無ければ爵位を継ぐことはできないし、最悪の場合、御家の取り潰しから実刑まであり得るもの。まぁ、あれだけの物を用意するとなると何年掛かるか分からないけどね』
というのは、ルイーザの談。
確かに、あれだけの宝剣を一から秘密裏に用意するともなれば、新当主様もこちらに構っている暇はないだろう。
ならば、今回の騒動はこれにて幕となり、僕も元の仕事と日常に戻れるかもしれない――なんて甘い考えも少なからずあった。
「まぁ、全部が上手く行くとは思ってなかったけどさ……」
上手く行かない現実に、思わずボヤキが漏れる。
というのも、僕の手配が取り下げられたその後も、斡旋施設の利用の方は認められなかったのだ。
それは如何なる理由だろうか、僕の存在がセリーナに悪影響であると判じた医術院の老人が手を回したのか、それとも斡旋施設の方の都合なのか、もしくは単純に指名依頼を失敗したために首になったのか……。
とにかく、僕は王都での仕事と住む場所と免罪状の取得の可能性を失い、セリーナと会うこともできなくなってしまった。
しかし、そんな絶望的な状況にあっても、幸か不幸か、僕には行く先が用意されていた――。
◆
王都の外れに位置する古い洋館。
なんでも、数十年前に没落した貴族様の別宅だったと聞いた。
見た目の型は古いが造りは堅牢であり、まだ賊の侵入や貴族様同士の争いがあった時代の産物だけあって、侵入や襲撃を想定した構造となっているらしい。
そして、僕は現在、そんな曰く付きの洋館に居た。
「はぁ……」
広大な庭園を望む二階の書斎にて、僕は重厚な執務机の上に両肘を突き、額の前で両手を組み合わせながら溜息を一つ。
すると、机の前にある仰々しい応接セットのソファーに腰掛けたルイーザが、からかうように言った。
「あら、溜息をつくと幸運が逃げるって言うわよ、“会長”さん?」
その彼女の言葉通り、今の僕には“会長”などという分不相応な肩書が付いている。
数日前、斡旋施設の利用を断られて途方に暮れていた僕に、それらの展開を予想していたと言うアンジェラのご実家やルイーザが、新しい身分と仕事を用意してくれたのだ。
そして、あれよあれよという間に、その新たな身分と仕事に就くこと早数日が経っている。
「いや、なんだか自分の決断に今一つ自信が持てなくてさ……」
新しい身分と仕事に就くことを最終的に決断し、その責任を負うのは僕自身だということは重々承知しているけれど、せめて誰かに相談くらいはしたかった。
例えば、セリーナとか……。
などと思いつつ、結局はただ彼女に会いたいだけなのだけど、今となってはそれも難しい。
片や、手配は消えても斡旋施設すら利用できない犯罪天職者、そしてもう片方は、医術の世界で頭角を現しもう間もなく二度目の表彰さえ受ける才女。
もはや、気軽に会える存在ではなくなっていた。
セリーナの成功の邪魔にだけはなりたくないし、いつか別れが来るとは覚悟していたけれど、もう少し穏やかな別れが良かった。
そうして、僕が一抹の寂しさを感じていると、ルイーザが口を開いた。
「自信ねぇ……前にも言ったけど、犯罪天職者は仕事に就くのが難しいから自分で商売をするしかないわ。そうなると大抵の場合、開業資金とか運転資金とか、手続きやお客さんのコネとかでつまずくけど、アナタはどれも持っているでしょう?」
彼女の言う通り、侯爵家の宝物庫より頂戴した宝石類の方は僕の取り分であったため、多方面に支払いを済ませてもまだ有り余る程の資金があった。
コネに付いても、大商人であるアンジェラの実家やルイーザ、地下ギルドの元締めなんかも協力してくれている。
「それに、いつか侯爵家が王都に戻って来た時のために、向こうが簡単に手が出せないような地盤を作って固めて置くべきだし、万が一逃げるにしても、それまでは王都に居て常に侯爵家の動向を探っていた方が良いと思うわ」
そして言い終わりに、ルイーザはどうかしら?と首を傾げた。
それに対し、僕は素直に頷く。
「うん、僕もルイーザの言う通りだと思うんだ」
僕とて、色々と考えてみた。
お金を持ってどこかの辺境にでも行きひっそり暮らそうかとか、いっそ故郷に戻ろうかとか……。
でも、そのどれも現実的じゃなく、結局ルイーザが説いた方法が一番この国の社会構造や情勢に合っているのだと思う。
「思うんだけど……なんかね……」
煮え切らない自分が情けない。
でも、これで良いのかという悶々とする迷いのような感情があるのも事実なのだ。
そんな僕に対し、ルイーザはテーブルに広げていた資料を手に取った。
「うーん……でも、まだ初めて数日だけど、もう来月までの仕事の予定も埋まってるし、それに今日までの仕事振りも完璧よ? この分で行けば、たった数年くらいで裏でも表でも“エイミー商会”は確固たる地位を築けるんじゃないかしら」
エイミー商会――僕が名付けた僕の商会。名前の由来は、言葉にするまでもないだろう。
そして、今ルイーザも語ったことだが、僕の商会には小料理屋の運営と卸売業という表の仕事と、産業スパイなどを行う非合法な裏の仕事がある。
正直なところ、表の仕事としては、王都にある潰れそうな店を買い取り金を掛けてテコ入れし、運営はアンジェラの実家から紹介された人材に全て任せている状態で、卸売業も商品を右から左へと横に流すだけで特にやることはない。
つまり、結局は裏の仕事がメインとなる。
「ああ、そうか――」
そこで、はたと気付いた。
僕は、その部分に納得が行っていないのかもしれない。
自分の商会であるならば、真っ当な仕事をしたって良いはずだ――と。
しかし同時に、斡旋施設での“特殊”の仕事や指名依頼、侯爵家の宝剣をオーダーされたこと、商会での裏の仕事……結局どこに行っても、僕に求められるのは『盗賊』としての役割や能力なのだということも分かっている。
それに、故郷を出てから今日まで僕を生かし続けて来たのは『盗賊』の天職とそのスキルなのだ。
「はぁ……参ったなぁ」
詰まるところ、僕が自分の気持ちに折り合いを付けられていないだけ……。
「え、何?どうしたのよ?」
すると、ルイーザが目を丸くしながらこちらを見ていた。
それに対し、僕は苦笑いで答える。
「ううん、僕もいい加減、大人にならないとなって思って」
どれだけ忌み嫌っていても、この天職とスキルが僕を助けてくれたことに変わりはない。
そして、やりたいこととできることは違う。それは、犯罪天職者に限らずそうなんだ。僕を襲って来た賞金稼ぎ達だって、皆そうだったじゃないか――。
もうそろそろ、忌み嫌うだけの、必要に駆られて使用するだけの付き合い方は、やめにするべきかもしれない。
だから僕は、ルイーザにこんなお願いをしてみた。
「ねぇ、ルイーザ。もし良かったらだけど、僕にスキルの使い方とか鍛え方を教えてほしいんだ」
これを、ずっと目を背けて来た己が天職と向き合うための最初の一歩にしよう。
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