第37話『人材雇用』





 エイミー商会が発足して半年が経った。


 仕事の方は順調――とはいっても、ターポートの大商人であるアンジェラの実家が背後にいて手を回してくれているため、指示通りに行えば失敗のしようもない。


 そんな状況下で僕がやることと言えば、ルイーザに教えを請いつつ天職スキルの向上と裏の仕事を通した人脈作りと場数を踏むこと。


 これでも結構忙しい日々を送っていた。


 そんな折に――。


「表の仕事も裏の仕事も依頼が増えて来たし、そろそろ私達だけじゃ厳しいわね」


 いつものように屋敷の書斎で仕事に追われていると、ルイーザが言った。


 確かに、現状で手が回っていないこところが多々あるし、特にルイーザなんか、商会の全ての仕事の補佐からアンジェラの実家との連絡や報告、さらには僕の指南役までをこなして多忙を極めている。


 もしこの状態が続いて彼女に倒れられでもしたら、それこそエイミー商会は立ち行かなくなってしまう。


 また、それに加えて、最近僕らの商会事務所兼住まいであるこの屋敷を見張っている人物がいるという報告を、懇意の地下ギルドからも受けている。


 それは、オルトベリー侯爵家の差し金なのか、それとも別の勢力や個人なのか。


 とにかく、従業員に合わせてこの屋敷にも門番くらいは欲しいところだ。


「それとね、アナタへの天職スキルの指南だけど、もう私から教えられることはないし、この先はより実践的な訓練が必要だと思うの」


 そう言いながら、ルイーザは徐に立ち上がると、そのまま部屋の扉へと向かって行く。


「だから、仕事の補佐と訓練役、どちらも最適な人材を確保して置いたわ」


 そして、ルイーザが芝居掛かった動作で扉を開けた。


「え……」


 そこにいた人物達に、思わず声が漏れてしまった。


「お、お久しぶりですっ……レナードさんっ……!」


「アンタとは何かと縁があるな」


 ルイーザに促され部屋へ入って来たのは、クレアさんとアレックスの両名だった。


 なるほど、確かに二人ならば僕とルイーザ共通の知人だし、クレアさんの真面目な仕事振りとアレックスの実力は、それこそこの身をもって知っている。


「本当にお久しぶりですね、クレアさん。それに、アレックス、侯爵家では助けてくれてありがとう」


 クレアさんへの挨拶とアレックスへの半年越しのお礼を言って、応接セットのソファーを勧めた。


 全員が座ると、ルイーザが口を開く。


「クレアとアレックスは、斡旋施設経由で年単位での指名依頼を出して来てもらったわ」


 もうどちらにも仕事の話はしてあるらしく、クレアさんは商会の庶務と住環境の整備を、アレックスは屋敷の警備と僕の訓練役を住み込みでやってくれると言う。


「あとは“会長”の承認待ちよ?」


 と、ルイーザ。


 ここまで話が進んでいて承認も何もないだろうし、僕にとってもこれ以上の人材はなく、二人が引き受けてくれるなら願ってもないこと。


「もちろん、二人が来てくれるなら心強い。是非お願いします」


 こうして、クレアさんとアレックスの両名がエイミー商会に来てくれることになった。


 二人には早速部屋を選んでもらい、少ない荷物を運び込んで行く。


 ああ、空き部屋が一気に二つも埋まってくれた――その事実に、なんだかほっと安心してしまう。


 というのも、この古くて物々しい洋館を買って以来ここで生活しているのだが、広い屋敷にルイーザと二人だけというのはずっと寂しく心細いものがあったのだ。


 正直、その不安感が解消されたのが個人的には一番嬉しかったりする。


「なぁ、会長さん――」


 屋敷内を見回っていると、アレックスが声を掛けて来た。


「あはは、レナードで良いよ」


 そう返すと、彼はそりゃ助かると頷いてから話を続ける。


「それじゃあ、レナード。この屋敷の警備だが、やはりもう一人か二人くらいは人材が欲しい。それと、できれば番犬だな」


 アレックスの話によると、屋敷内はアレックスかルイーザが居れば問題ないけれど、敷地の外や庭園内の警備は別途いた方が良いと言う。


 僕は目を輝かせた。


「つまり門番、門番が必要だって言うんだね?」


 先程チラっと脳裏を掠めた自分の考えを肯定されたようで、無駄に張り切ってしまう。


「あ、ああ、そうだな……」


 アレックスは一瞬考え、こう続ける。


「門番には見てくれのデカイ奴を一人、庭園内は番犬が二匹くらいで良いだろう」


 このそこそこ広い敷地に対し、本当に必要最小限といった感じだ。


 そのことを尋ねると、信用の置けない人間が大勢出入りしたり、万が一にも敵対した際に脅威になるような自力のある人材は危険だと言い切るアレックス。


「ルイーザから聞いているが、情報を漏らせない裏の仕事もやっているんだろう?だったら、敷地内に入れるのは必要最低限の方が良い」


 もう既に色々と考えてくれているらしい。


「なるほどね……だったら、門番は地下ギルドに都合してもらおうかな」


 懐かしの逃亡生活にて、賞金稼ぎとして僕を襲って来た連中は、皆誰もが厳つい見た目をしていたけれど、実力はあの頃の僕でも軽くあしらえる程に大したことがなかった。地下ギルドの人材は、まさに今回の募集にうってつけだろう。


 僕は手配を約束すると同時に、今の話で気になる箇所があった。


「ところで、ルイーザの天職って何なんだい?」


 すると、アレックスは信じられないとばかりに眉を顰めた。


「アンタ、知らずに一緒に暮らしてたのか? なんというか……豪胆なんだな」


 十分に言葉を選んでくれたのが伝わって来た。


「いや、僕も聞いたんだけどさ、“良い女には秘密がある物だ”ってはぐらかされちゃって……」


 しかも、ルイーザはその端正な顔を突き出し寄せて来て、目と鼻の先で妖艶に微笑むものだからどぎまぎしてしまった。


「あぁ、それ、俺も言われたな……」


 どうやら、アレックスにも覚えがあるようだ。じゃあ、そこからどうやって彼女の天職を聞き出したのだろうか?


「俺の場合は、その後にルイーザの喉元にナイフを突き付けながらもう一度真剣に聞き直したんだ。そしたら答えてくれた」


 それは、そうだろう……と絶句してしまう。


「あっ――ま、まさか、クレアさんにも!?」


 つい咎めるような口調になってしまい、それに対しアレックスは心外だと顔を歪めた。


「彼女に対してそんなことはしない」


 相手は選んでいるらしく、しかし、それを知ったらルイーザはどう思うか……いや、彼女のことだから、また艶然と余裕の笑みを浮かべるだけかもしれない。


「そういうアンタはルイーザにそう言われて引き下がったのか?」


 解せないとばかりに片眉を吊り上げるアレックス。


「いや、もちろんダメ元で、“秘密なんか無くってもルイーザは良い女だよ”って言ってみたんだけど……」


 だから教えてほしい――そういう意味を込めて言ったのだが、彼女から帰って来たのはなぜか頬への口付けと、“その気になったら部屋に来てね……”という艶やかなお誘いだった。


「結局それで有耶無耶にされてしまったんだ」


 しかも、成人から二年程が経とうと言う良い歳の男が、頬へのキスくらいで照れて狼狽えてしまって、とんだ赤っ恥だった。


「そいつは、すごいな……」


 まったくだ。でも、それだけ僕には言いたくなかったってことなんだろうか。


「いや、そうじゃなくてアンタがだ。もしかして、挨拶代わりに女を口説くタイプなのか?」


 男版ルイーザだな、とアレックスが一人納得している。


 その言葉に、やはりルイーザは恋多き女性なのかと思いつつも、このままでは同じ分類にされてしまうため慌てて否定する。僕はそんな気の利いた男じゃない。


 すると、アレックスが一瞬だけ目を丸くした後に、少し困ったように眉尻を下げて笑った。


「すまん、冗談のつもりだったんだ……」


 アレックスはバツが悪そうに、俺は冗談が下手だ、と呟く。


 確かに、真顔で頷くから冗談とは思わなかった。


 しかしそれも、彼なりに打ち解けようと気を遣ってくれたのかもしれない。


 少し妙な空気にはなったけど、その後は軽口も交えつつ屋敷の敷地内を巡る。


「それにしても、本当にデカイ屋敷だ。貧困街の小屋から偉い出世じゃないか?」


「あはは、出世って言って良いのかなぁ」


 盗品を捌いた金で購入した豪邸だし、とても誇らしい気持ちにはなれない。


 でも、ここに住むようになってずっと思っていることはある。


 “もし、セリーナを案内することができたなら”――と。


 僕は屋敷の中を歩きつつ、遠くなってしまった幼馴染に思いを馳せた。




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