第32話『盗賊の仕事Ⅰ』





 覚悟を決めたその日から、僕はオルトベリー侯爵家に関する情報を集め始めた。


 襲ってくる地下ギルドの賞金稼ぎを躱しつつ、彼らから没収した金品で別の地下ギルドや浮浪者に情報収集を依頼する日々。


 また、以前に路地裏で遭遇した手練れの剣士とも幾度となく対峙して、僕は大小様々な怪我を負わされたけど、次第にそれもスムーズに躱せるようになり、今では他の賞金稼ぎとあまり大差を感じない。


 そうした逃亡と罠張りと情報収集の“普通”とは掛け離れた毎日に、僕のスキルは磨かれ経験が積み上がり、王都の裏事情にも詳しくなって行った。


 今では、アンジェラ誘拐事件に端を発した全ての事情も、自分を害そうとする相手の正体とその勘所とつけ入る隙も、およそのことは把握できている。


 その上で、思い悩む。


「やっぱり継承式典前に動くべきか……」


 僕は懇意にしている地下ギルドの紹介で得た安宿の一室で、寝台に広げた新聞に目を落としながら呟いた。


 その紙面には、オルトベリー侯爵家が先代当主の亡き後、僕への報復をしつこく企てていた次期当主エレノア・ティエル・オルトベリーへの正式な爵位継承式典が行われるとの情報が記されている。


 今のところは、教会組織がオルトベリー新当主様による表立った報復を封じてくれてはいるけれど、新当主様が爵位を継いだあかつきには、それもどうなるか分からない。


「正式な侯爵様ともなれば発言力だって変わって来るし、そもそも無理を押し通すのが貴族様だからなぁ」


 古今東西、そんな事例にはこと欠かない。


 だとしたら、この新当主様には悪いけど、やはり正式に爵位などを継いで貰っては困る。何と言っても、こちらは命が掛かっているのだから。


 僕は賄賂によって騎士様から手に入れておいたオルトベリー邸内の見取り図と周辺地図に目を移す。


「宝物庫はここかな? 警備は結構軽いらしいけど……本当だろうか?」


 聞いた話によれば、近年の王都では治安の改善もあって、貴族様を狙った窃盗や強盗、誘拐などの犯罪行為も無くなり、貴族様による邸宅内の警備は一部ファッション化しているのが現状らしい。


 というのも、王都にある貴族様の邸宅内は、国家憲兵である騎士団ではなく、その貴族様が持つ自前の警備兵によって守られているのだ。


 これは、まだ領地を争い貴族様同士が争っていた時代からの名残であり、現代においては騎士団人員と費用の削減、事件が起きた際の責任の回避という国側の都合もあると言う。


「それでもって、これがその侯爵様の邸内にいる警備兵の姿かな?」


 資料の続きをめくり、オルトベリー侯爵家が警備兵のスケッチ画に目を通す。


「うーん……確かに豪華だけど、かなりゴテゴテしてて動き辛そうだ……」


 装飾の施されたフルプレートと異様に長い槍斧は、見た目の派手さはすごいけど、実用性はまるでないように思える。


 まぁ、確かにいつ来るか分からない賊よりも、日常的に相手にする民衆や他の貴族への力の誇示や牽制に予算を注ぎ込む方が合理的なのかもしれない。


 それに、そのお陰でもあって、こちらとしては仕事がしやすくなる訳だし――。


 そう思いながら、僕が調査資料を読み込みながら今後の動き方を詰めていると、ちょうどこの部屋の扉をノックする音が室内に響いて来た。


「ああ、どうぞどうぞ」


 最近使えるようになったスキル『気配感知』で事前に察知していた僕は、特に慌てることもなく部屋の扉に向かって声を掛ける。


「へいへい、失礼しますよ、レナードさん」


 すると、のそりと入って来たのは熊のような大男。


 開襟シャツの上からでも分かる筋骨隆々の肉体は岩のようで、鋭い眼光と余裕を持った足運びには一切の油断がない。


 まるで暴虐が服を着ているような風貌の彼こそは、この宿を紹介してくれた僕が懇意にしている地下ギルドの元締め。


 彼は寝台の対面にある椅子までやって来て、ドカリと腰を落ち着けた。


「例の件ですがね、なんせターポートまで距離が遠かったんで時間が掛かっちまいましたが、先方も承知して何とか整いましたぜ」


 元締めはドスのきいた声で囁いて、ニヤリと笑って見せた。


「それは良かった、安心しましたよ。先方はもう王都へ入っているんですか?」


「ええ、まぁね。こいつが証拠の手紙ですぜ」


 元締めが封書を取り出し差し出して来る。


「ふむ、確かに……」


 僕は中身を確認してから、それを彼に返した。


「ただ、現時点じゃあ王都のどこにいるかは俺も教えてもらってませんし、後はレナードさんの仕事の結果次第ってところでしょうや」


 そして、好奇に満ちた瞳で値踏みするようにこちらを眺めて来る。


 金を払っている以上は僕が雇い主であることは間違いないけれど、立場的には元締めの方がずっと強い。


 何せ、今の時代に貴族様を相手に盗みをやろうだなんて計画に加担する利点は無いに等しく、それなのに彼は、ここまでこちらの要求通りに動いてくれている。


「そういえば、どうして僕の仕事を受けてくれたんです?」


 僕は努めて軽い口調で尋ねてみた。


 もし、元締めが僕のことを売る魂胆があるのなら、この会話で綻びを見付けて置きたい。


「まぁ、一つには俺に損がねぇからでしょうね。アンタが成功すればデカイ報酬が手に入るし、失敗しても俺はどうとでも逃げ切れる」


 確かに手配されていないなら王都を出られるし、犯罪天職者でなければ他でも真面な職に就くこともできる。


「後は……まぁ、こう言っちゃなんだが、単純に面白れぇと思ったからでしょう。アンタはここ数ヶ月でこの辺りの地下ギルドにとっちゃ有名人だ。賞金稼ぎを躱して地下ギルドを潰しかけて……そんなヤツが貴族様に挑戦しようってんだ。多少は応援したくなるってもんでしょう」


 そういう物だろうか?


 僕は注意深く元締めの顔を眺めたが、その厳つい顔にはやんちゃ坊主のような笑みが浮かべられている。


 まぁ、彼はこちらとしても油断はできないが一定の信用は置ける相手なのだろうと今は思って置くことにしよう。


「そんじゃあ、これが先方からのオーダーですぜ。これでこっちの準備は整いましたんで、後は精々面白れぇもん見せて下さいよ、レナードさん」


 一枚の封書を置いて、元締めはあっさりと帰って行った。


「ふぅ……」


 一人になった途端に肩の力が抜けた。


 地下ギルドで有名か……僕もすっかりと黒く染まてしまったように思う。


 覚悟したこととはいえ、普通とは掛け離れてしまった今の自分では、とても死んだ両親に顔向けできず、慈悲深い幼馴染とも益々離れて行くようで悲しくなる。


 でも、まずは生き残るために最善を尽くさなければならない。


 僕は元締めの置いて行った封書を開く。


 そこには、宝剣ソード・オブ・オルトベリー、そう記されていた――。




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