第31話『諦念と覚悟』





 自分にかかった手配と賞金――そんな現状を知ってから、数週間の時が経った。


 当初の予想通り、騎士団への対策は手配書の回っていそうな公共施設や大きな商店を避けさえすれば、例え街中で騎士様とすれ違おうとも呼び止められることもなければ目を向けられることもなかった。


 今の僕にはありがたいことだけど、勤勉な騎士様というのは、もはや物語の中にしか存在しないのかもしれない。


 だから、手配と騎士団への対処はそれで良かったんだけど……。


「ククク、オレは邪剣使いアイザック!貴様の首はこのオぉおおおおっ!!?」


 工房街の建物に囲まれた狭い路地裏で、仕掛けておいた罠によって足から宙吊りになる邪剣使い――アイザック。


「ファアッ!?ファァアアッ!!だっ、誰かぁあっ!誰か助けてぇええっ!!」


 彼は地上二階くらいの高さで逆さ吊りの状態となり悲鳴を上げている。


 もうこれで何人目だろうか、いい加減にしてほしい……。


 僕は指で目頭を揉みながら溜息を付いた。


 当初の見立てでは、この広い王都でそう出くわさないだろうと考えていた地下ギルドの賞金稼ぎ。しかし、その予想に反し、ことごとく彼らと対峙するという事態に陥っている。


「アイザック……君が襲ってくるのは確か二度目じゃなかったっけ?」


 目線の高さまで下ろしてやりながら横目で流し見れば、彼は逆さのままで「どうもすみません……」と愛想笑いを浮かべた。


 この彼のように、スキルを使用せずとも逃げ切れて、思い付きで仕掛けた罠で捕らえられるくらいの相手の襲撃を、僕は連日受けている状況だ。


 それは、寝ている時に蚊に集られる感覚によく似ていて、すごく鬱陶しい。


「まったくもう……とにかく、君は二度目だから持ち物は没収だね」


 アイザックが「邪剣」と呼ぶロングソードと革製の小手や脛当て、財布からアクセサリー類を剥ぎ取って行く。


 彼は先程とは違った意味合いの悲鳴を上げるが、心を鬼にして持ち物を頂戴する。


 こんなことが連日続いているお陰で、僕の持ち金は日に日に増えて行く一方だった。


「はぁ……なんで君達は僕の隠れている場所を毎回当てて来るんだい?」


 僕はアイザックを地面に下ろしつつ尋ねる。


「いえ……オレら地下ギルドの連中って、普段から浮浪者になったり借金取りから逃げたりしてるんで、王都の逃げ道や隠れ場所には詳しいんですよ……」


 どうやら、今まで相手にして来た賞金稼ぎ達は、王都潜伏生活における先輩であったらしい。


 時には日に三回も潜伏場所を変え、それなのに三回とも襲撃を受けた際には何の冗談かと思ったけれど、裏にはそういった背景があったのか……。


 これは今後の隠れ場所も考え直さないとならないし、今はさっさとこの場から移動した方が良いだろう。


「それじゃあ、アイザック。この言葉も二回目だけど、次こそ君と出会わないことを祈るよ」


 アイザックは聞いているのか聞いていないのか、俺の金がぁ……と嘆いている。


 僕はそれこそ嘆息しながら、その場を立ち去った。


 一応、周囲を警戒しつつ工房街の狭い路地裏を移動する。


 そして、それは一段と薄暗くて長い一本道に差し掛かった時だった――。


「よぉ、アンタがレナードってヤツかい?」


 黒いローブと頭巾を目深に被った正体不明の人物が、細い道の先に立ち塞がりながら尋ねて来た。


 どうせ違うと答えても聞いちゃくれないし、その所為で他の人に被害が及ぶのも忍びないため、そうです、と僕は頷く。


「そうか、なら今からアンタに“依頼主”の言葉を伝える」


 男の発した一段と低い声に場の空気が変わり、僕の心臓はギクリと跳ね上がった。


 “依頼主”――今、彼はそう言っただろうか……。


「“お前が速やかに仕事を遂行しなかった所為で我が肉親の尊い命が失われた。よって、我が名の下に咎人であるお前に直々の裁きを下すものとする――オルトベリー侯爵家が現当主、エレノア・ティエル・オルトベリー”」


 その名を聞き、背筋が震えた。恐怖はもちろんのこと、それと同じくらいに得心が行ったことに対してだ。


 僕とて、この数週間の内に何も調べなかった訳じゃない。


 連日の襲撃に辟易とさせられつつも、この先襲ってくる賞金稼ぎの中に『凶手』のアレックスのような腕利きが居たらという不安や焦りも手伝って、ついには詳しい情報を求めて自分から打って出た。


 というのも、僕を狙う依頼を出している零細地下ギルドの事務所から、運転資金や裏帳簿や顧客情報などを盗み出し、いくつかのギルドを運営停止に追い込んだのだ。


 そして、その盗んだ資金や裏帳簿と引き換えに、地下ギルドの元締めなどから依頼主の心当たりを聞いて行き、集まった情報を僕なりにまとめてみた結果――。


 “オルトベリー侯爵家”


 僕も、そこに行きついたのだ。


 何でも、オルトベリーの先代ご当主様が、持病の治療のために“特別な子供の血”を欲していたらしく、しかし結局入手に至らず最近亡くなってしまったと言う。


 そんなご当主様の亡き後に、オルトベリー家を継いだ一人娘が、この件に関わった者達にけじめを付けさせようとしている――という噂話を、確かに僕も耳にした。


「なるほど……やっぱり、侯爵家が……」


 ショックを隠せない僕に、その男は肩をすくめた。


「まぁ、アンタには災難だな。こりゃあ、誰がどう見てもわがままな貴族のお嬢様の八つ当たりってヤツだろうよ」


 軽い調子で言いながら、男はローブの中から剣を引き抜いた。


「悪いが、こっちも仕事なんでな」


 男は剣先を向けて構えると、そのまま一気に間合いを詰めて来た。


 ゾワリと背筋を舐める悪寒。この感覚は久しぶりだ。動きからも分かるが、この相手は手強いだろう――。


 僕は即座にスキルの発動を意識して、邪剣使いから奪ったロングソードや防具を男に向かって放り投げつつ、腰に着けていた道具袋に片手を突っ込みながら、大きく後ろへと跳躍した。


 すると、男は見事な剣技で僕の投げた物を一刀のもとに斬り捨てた。


「す、すごいな……」


 思わず感嘆の溜息が漏れてしまう。


 しかし、その動作のお陰で男の突進は止まり、僕は後ろに大きく跳躍して距離を開けることに成功。そして、次の一手で逃げおおせることができるだろう。


 僕はいつかのルイーザに倣い、こんな時のために用意していた大量の煙幕を使った。


「ぐっ……!!?」


 瞬く間に広がった煙に、毒を警戒した男が口を押えながら慌てて煙の外へと離脱する。


 視界が白一色に染まる。


 そして、ただでさえ狭く薄暗い路地裏を、濛々もうもうと覆っていた煙が晴れた頃には、当然だが僕の姿はそこにない。


「チッ――!」


 男は大きく舌打ちを一つ。剣を納めて路地裏から立ち去った。


「ふぅー……何とか逃げ切れた……」


 僕は路地裏を見下ろす建物の屋上でへたり込み、ほっと胸を撫で下ろす。


 ちょうど左右に迫る建物同士の間隔が狭かったため壁を足場に出来た。でも、さすがに視界が悪い中で、四階の高さを上るのには肝が冷えた。


「しかし、侯爵様か……」


 それは、相手とするには強大過ぎる存在で、零細ギルドを運営停止に追いやるのとは訳が違う。


 しかし、手配が掛かっている現状では僕は王都から出ることはできないし、先程のような“手練れ”まで投入されたのであれば、やはり何かしらの手を打たなければこちらがじり貧となってしまう。


「まぁ、唯一の救いは侯爵家が表立っては動けないってことかぁ……」


 これも調べて分かったことだが、どうやら教会本部の三大組織の内が二つ、斡旋施設と医術院が侯爵家に圧力を掛けているらしい。


 おそらくは、僕を牢から逃がしてくれた老人や施設長による働き掛けなのだろう。


 それをありがたく思うと同時に、「教会」と言われて僕が思い浮かべるのは、どうしたって彼女のことだ。


「セリーナは無事なんだろうか?」


 身を守るための謹慎とやらは、もう解けたんだろうか?


 どうか無事で、元気でいてほしい。


 そう、思いながらも――。


「会いたいなぁ……」


 彼女のことを考えている内に、自然と口から漏れてしまっていた。


 追われる身で何を言っているのか……。それでなくとも、こんなの誰にも聞かせられない。


 僕は熱くなる頬を誤魔化すように頭を振った。


 しかし、どうしたことか、そんな自然と出た言葉は僕の胸中で妙にしっくりと来て、たったそれだけで急に気力が湧いて来るのを感じた。


 ああ、そうだ。やっぱり、生きている以上は死ぬ訳には行かない。


 さっきから、何かしらの手を打たなければと思いつつ、僕はどこかで諦観の念を覚えていた。


 でも、やはり生きて、もう一度彼女に会えたらと思ってしまうのだ。


 そして、そのために引かせなければならない相手は侯爵様。表立って動けずとも、強大な存在であることに変わりはない。


 対するこちらは味方もなく、僕にできることなど一つしかない。


 もうここに至っては、なりふり構っていられない。


 もはや真っ当であることを諦めて、盗賊の流儀でことを成すと覚悟を決める。


 なれば、これよりは盗賊の領分、僕の本領だ――。




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