第30話『賞金首』





 往来のど真ん中にて振るわれたのは、鈍く光る銀色の凶刃。


 僕は反射的に身体を捻ってそれを躱し、即座に地面を蹴って距離を取る。


 そうして対峙したのは、全く面識のない赤毛の男だった。


「悪く思わないでくれ、こっちも仕事なんだよ……」


 男は恐怖半分、興奮半分といった様子で呟き、再びナイフを構えて腰を落とす。


 白昼堂々の凶行に、周りの通行人達は恐慌状態に陥って悲鳴や騎士団を呼ぶ怒号が響いている。


 僕としても本来なら騎士団に任せたい場面なのだが、今の自分の立場ではやって来た騎士団と対面する訳には行かない。


 だから、ここは逃げの一手だ。


 僕は男に背を向けて、一目散に駆け出した。


 人混みを縫うように街中を駆け抜け、次には人目に付かなそうな路地裏へと舵を切る。そうして、三区画程を止まらずに走り続けると――。


「待、でっ……ォラッ……ァっ……っ!」


 ここまでスキルに頼らずの逃走だったが、いつの間にか赤毛の男を遥か後方へと引き離すことに成功していた。


 彼は遥か後方にて、もう顎が上がり息も絶え絶えの様子。


 この分なら、後は曲がり角なり遮蔽物なりを使い相手の視界を切って行けば簡単に撒くことができるだろう。


 身の安全を考えるなら、このままさっさと逃げてしまった方が良いに決まっている。


 しかし、先程彼がいきなり攻撃して来たことや、“仕事”と言っていたのが気になるのも事実だ。


 そして今、相手は疲労困憊で動きが鈍く、逆にこちらは体力に余裕があってスキルもまだ使用していない状況……。


「よし、やろう――!」


 今後のためにも情報が欲しい僕は、覚悟を決めた。


 走る速度をさらに緩め、追跡者たる男にも見えるように路地裏の角を曲がって見せる。


 そして、男からの視線が完全に切れたところで足を止め、ゴミが散乱する路地裏の地面を見回して、何か使える物がないかと探す。


「えーっと……えっとぉ……何か……ああっ、これが良いっ」


 少し焦ってしまったが、地面にへばり付くような麻袋を見付けて拾い上げた。


 これで、後は赤毛の男がこの路地に入って来る瞬間を見計らうだけだ。


「ハァっ!はぁっ!」


 やがて、赤毛の男がゼェゼェと息を切らしながら僕が潜む路地裏へと曲がって来たところで――。


「んぼぉっ――!!?」


 隠れていた僕は、男の頭に麻袋を被せて地面の上に投げ倒した。


 男は側面から地面に叩き付けられ、さらには体力の限界だったらしく、大した抵抗もないままに四肢を拘束させてくれた。


「はぁーっ、はぁーっ、クソっ……がっ、はぁっ、はぁっ……!」


 目の粗い麻製とはいえ頭から被され、後ろ手に縛られたうつ伏せ状態の体勢も手伝って、余計に息がし辛いのかもしれない。すごい呼吸音だ。


 元は僕が襲われた側なんだけど、なんだか申し訳なくなって来てしまう。だからせめて、手短に尋ねよう。


「君が何者なのか、どうして僕を狙うのか、さっき言ってた“仕事”っていうのが何なのか、教えてくれるかな?」


 袋を被った赤毛の男は、未だに呼吸を乱しながら「ざけんなっ」と言った。


 ならば仕方がない――と、僕は男の持ち物のナイフや財布、さらには衣服まで脱がしに掛かる。


「ちょっ……ちょっと待ってくれっ……!」


 すると、男が切羽詰まった様子で話し始めた。


「お、俺は!田舎から出て来た単なるゴロツキなんだっ……!アンタを狙ったのは、アンタに賞金が掛けられてるからでっ……俺が世話になってる地下ギルドから紹介された仕事なんだっ!も、もう諦めるからっ、見逃してくれっ……!」


 悲壮感いっぱいにしゃべり出す男。


 というか、この怯え方、僕に何をされると思ったんだろう……。


 とにかく、僕は質問を続ける。


「君も犯罪天職者なのかい?それと、僕に賞金が掛かっている理由や、掛けた人物とか、何か知っているかな?」


「お、俺は単なる『猟師』で罪人職じゃない……っていうか、アンタは罪人職なのか……?」


 僕は質問に答えず、ただ続きを促す。


「賞金の理由と掛けた人物は?」


「あ、ああ……本当かは知らないが、理由はアンタが仕事をしくじった落とし前だって聞いてる。賞金を掛けた人物は分からんが、噂じゃかなり太い客だって話だ」


 話の真偽はともかく、状況から見て数ヶ月前に僕が請け負いしくじったアンジェラ絡みの指名依頼の件が思い浮かぶ。


 今さらになって施設が僕を処分しに来たとは考えられないし、そうなると指名して来た依頼主のだろうか。


 僕がさっさとアンジェラを孤児院に連れて行かず、ルイーザに奪われる失態を犯した所為で、アンジェラを手に入れられなかった依頼主がその報復に乗り出した――動機や背景などは全て無視して単純に考えればそんな想像ができる。


 でも同時に、僕みたいな犯罪天職者一人を害するためにそこまでするだろうか?という疑問もある。


 だって始末するのなら、それこそアレックスのような犯罪天職者に施設経由で依頼を出せば良いはずだ。


 何か、施設に依頼を出せない理由でもあるのだろうか。


「うーん……なんで君達のところに依頼が来たんだろう?」


「そ、そんなこと知らんっ……あ、いや、でも……うちの地下ギルドは小規模な独立系でしがらみが無いから、国やギルドから圧力を掛けられて動き辛くなったお偉いさんが結構依頼に来るんだ」


 太い客ってのはそう言うことだったのかも……と男が呟いた。


 おそらく、彼からはもうこれ以上の情報を取ることはできないだろう。


 だから、別の質問に切り替える。


「しかし、なんで君は僕を追って来る時にスキルを使わなかったんだい?」


 『猟師』の天職者であるのなら、何かしらのスキルがあったはずだ。


「はっ……街中で罠を仕掛けろって?それに、俺の持つスキルじゃ精々ネズミを捕るのが精いっぱいだ。猟師としてもやってけねぇのさ」


 天職スキルの効果や発動には生まれ持った個人差があり、さらには環境や体調や精神面によっても大きく変わって来ると言われている。


 僕の場合、自分自身が忌み嫌ってさえいるのにもかかわらず、盗賊のスキルは抜群の精度で発揮されているみたいだけど……。


 まるで生まれ付き盗賊の素養があるようで落ち込んでくる。


「君は、犯罪天職者じゃあないのだから……普通の仕事をすれば良いんじゃないのかな……」


 彼の“普通”が羨ましくて、つい無神経なことを言ってしまう。


「は?普通の仕事?そんな物はないさ、いっそ罪人職なら国が仕事の斡旋や暮らしの支援をしてくれるんだろうがよ。俺みたいな本職からあぶれたり、潰しのきかない普通の天職者には何の支援もないし、地道にやったところで知れてるのさ」


 それは、犯罪天職者への仕事の斡旋や、免罪状を得た後の生活支援への皮肉だろうか?


 実際、犯罪天職者への風当たりの強さの理由には、成人前に犯した罪の証であることや、再犯率が高いということだけでなく、そうした犯罪天職者への支援が不当に手厚い物であると認知されているというのもある。


 まぁ、斡旋の実態は言うに及ばずだったけれど……。


「そっか、君の事情も知らずに悪かったよ」


 僕は素直に謝りつつ、取り上げていた男の持ち物を地面に置いた。


「ナイフと財布はここに置いておくね。僕としては、今後また君と再会するような事態は避けたいんだけど、どうかな?」


「っ……わ、分かったよ。俺としても、こんな目に遭うのは二度とごめんだ」


 さすがに拘束を解く義理は無いため、僕は男をそのままにその場から離れた。


 そして、今度は人目を忍んで路地裏伝いに何区画かを移動して、工房が立ち並ぶ地区までやって来た。


「手配書の次は賞金か、すっかりお尋ね者じゃないか……」


 現状に溜息が出てしまう。


 まぁ、手配書の方は公的な施設や大きな店を避け、仕事熱心な騎士様と鉢合わせたりしなければ大丈夫だろうけど、お偉いさんが掛けたという賞金の方はどう動けば良いのか見当も付かない。


 隠れた方が良いのか、人混みに居た方が良いのか、買い物は店を使うべきか、露店を使うべきか……。


「いや、悩み過ぎて疲弊するのが一番良くないな」


 そうして、不安や恐怖を煙に巻き、自分に言い聞かせるように呟いた。


 あの赤毛の男の話にもあったけど、表立って動けない人種が依頼してくる地下ギルドを使うっていうことは、賞金の手配書なんかは表に出回っていないはずだし、それ程の人数も動員されていないはずだ。


「うん、あまり気にし過ぎないようにしよう」


 案外、さっきの赤毛の男が最初で最後の賞金稼ぎとの対峙かもしれない。この広い王都で、そうそう自分を探す相手と出くわすこともないだろう。


 精神衛生上、僕はそう結論付けて、王都の街を歩いて行く。


 ああ、だがしかし……その希望的かつ楽観的な推測は、見事に打ち砕かれることになったのだ――。




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