第29話『身勝手な清算』





 元恋人との望まぬ再会を果たしてから一ヶ月。


 自分でも馬鹿だとは思うけど、あの夜にボロボロのレナードを前に一度は見捨てようとしたその瞬間、それを嘲笑うかのようにセリーナの姿が脳裏を掠めた。


 まぁ、全部あたしの被害妄想なんだけど……。


 でもその結果、あたしはレナードを拾い上げることに決めたのだ。


「それじゃあ、今日もお願いね」


 あたしはお店で小間使いをしている男の子――“コル”にお駄賃を渡してレナードの看病を頼む。


 コルは神妙な顔でコクリと頷いて、お店の裏口から出て行った。


 レナードが意識を取り戻してからの世話は全てコルにやってもらっていて、あたしはレナードに直接会っていなかったりする。


 そのレナードにはあたしが普段住んでいる集合住宅の一室を提供し、あたしはお店の従業員寮で寝起きするという生活が続いている。


 二人分の生活費は重く貯金まで切り崩す始末だし、ここはレナードのヤツに恩の一つにでも着せたいところだけど、さすがにそれを実行する図太さは持ち合わせていない。


 それに、これはあくまでも、セリーナに対するあたしのプライドと、あたし自身が納得するために行う過去に対する清算作業。


 レナードでもセリーナでもなく、あたし自身の問題なのだ。


 あたしがどこまでも自分勝手に過去の行いに踏ん切りを付けるための行為。


「はぁ……その結果、また入学金と入隊資金の貯金が目減りしちゃうけど……」


 それはもう痩せ我慢の意地張りも甚だしい。


 でも、あたしは自分が身勝手に納得するために、彼が治るまでの治療費や生活費を負担しようと思う。







 命の恩人たる“奥様”のお世話になること三ヶ月。


 僕の怪我はほぼ全快し、杖無しでも自力で動くことができるようになっていた。


「本当にありがとう。コルの看病のお陰だよ」


 無口な少年に対しお礼を言うと、「奥様からの言い付けだから……」と小さく呟いた。


 そう、僕がこうして命拾いしたのは、怪我人であった僕を拾い上げ、寝床と食事と治療まで施してくれた“奥様”のお陰に他ならない。


「奥様には会えないかな?」


 できれば直接お礼を言いたいのだけど、やっぱりコルは首を振るのみだ。


「そっか……それじゃあ、ちょっと出て来るね。後でもう一度ここに寄らせてもらうよ。せめてお礼の品くらいは、奥様に直接渡せなくても置いて行きたいからね」


 こちらを見上げるコルにそう言って、三ヶ月間もお世話になった部屋を後にする。


 “奥様”は、お礼なんて望まないかもしれないけれど、それは僕なりの気持ちとけじめだ。


 僕は王都の中心街に程近いその集合住宅から出て、街の様子を観察しながら貧困街へと移動する。


「はぁ……指名手配とかされてるんだろうか?」


 ついつい挙動不審になってしまう。


 何せ、牢で聞いた黒服の話では、僕は誘拐の罪を着せられた上に斬首刑ということだったし……。


 一応、今はコルと“奥様”が用意してくれた新たな服と帽子を身に付け、ここ三ヶ月で伸びた髪と薄く浮いた無精髭も相まって、多少人相が変わっているとは思う。


「でも、どこかで眼鏡くらいは買った方が良いのかなぁ?」


 そして、それを調達する資金のためにも、小屋に隠しておいた自分の金を取りに行かなくてはならない。


 まぁ、元は僕の金じゃあないんだけれど……。


 金の出どころについて思うところがあれば、これまでの自分の所業についても考えさせられる。


 子供の頃に奴隷商から首輪と契約書を盗んだことから始まって、ローザやエミリオの金と所持品を盗み、エイミー亭事件の犯人であるチンピラから金を盗み放火して、ライアンには毒入りの酒瓶まで渡した――。


 もちろん、それらは国法でも認められている正当な報復権に則ったものであったと信じたいが、単純にやらかしたことだけを考えれば、もう誘拐の罪を着せられるまでもなく僕は斬首刑なんじゃないだろうか?


「はぁ……極悪人だよ……」


  そうして、改めて自分の業の深さに気落ちしつつも、僕は人混みに紛れて昼の王都を歩いて移動した。


 やがて、地面に敷かれた石畳から土が剥き出しとなった貧困街が見えて来て、僕は今まで以上に緊張する。


 もしかして、このまま貧困街に入った瞬間に、潜んでいた騎士団に取り押さえられないだろうか……なんて考えてしまうのだ。


 三ヶ月前に突然掴まり、気が付いた時には絶望的な状況に追いやられていた経験は、確かなトラウマとなって僕の中に刻まれている。


 だから、これまでは心の奥底では忌み嫌っていた盗賊のスキルさえ積極的に使用して、周囲に伏兵がいないか確認をしながら歩みを進めた。


 そして、僕は懐かしの屋上の小屋へと帰って来たのだ。


 相変わらず、屋上には簡素な木造小屋が二棟並び、その間には小さな炊事場がある。


「え――レナードさん!?」


 すると、昼間の時間帯であるにもかかわらず、三ヶ月前と変わらぬ様子でクレアさんがそこに居た。


「ほっ、本当にっ……本当に無事で良かったですっ……レナードさんが脱獄で指名手配されたって知って、わたし気が気じゃなくってっ……!」


 そんなクレアさんから話を聞くと、どうしたことか僕は“誘拐”ではなく“脱獄”の罪に問われているらしい。


「斡旋施設の受付ロビーにそんな手配書がありまして…………それと、その、覚えてますか? お役所の地下で会ったルイーザさんという女性の方なんですけど……」


 なるほど、僕を生贄にアンジェラを連れ去ったルイーザの方が、僕に代わって誘拐の罪を着せられたという運びのようだ。


「それで、アン――いや、セリーナはどうしているか知っているかな?」


 話の流れでアンジェラのことを尋ねようとしたが、クレアさんが知るはずもないし、それよりも優先すべきは彼女のことだ。


「えっと、施設の受付で聞いた話なんですけど、セリーナさんは施設の受付から医術院?というところに移ったそうで……」


 地下牢から僕を逃がしてくれた老人の差し金だろうか?


 でも確かに、貧困街にある犯罪天職者相手の施設より、あの老人もいる医術院というところの方が安全そうだ。


 せっかく再会できたのに、またセリーナと離れ離れになってしまったのはとても悲しくて寂しくて辛いけど……今の僕はお尋ね者で、もう施設で仕事を斡旋してもらうこともできない。老人にも指摘されたことだが、今の僕は彼女にとって害でしかないだろう。


「あ、あのっ……わたしは、レナードさんが悪いことをしただなんて思ってません……! なのに……こんなっ……こんなことってっ……!」


 こんな前科塗れの僕のために、悔しそうにしてくれるクレアさん。


 だからこそ、ここはさっさと隠しておいた金を回収し、この場を離れなければならない。


 僕は自分が使っていた方の小屋に入って、その床下から革袋を取り出し小屋を出た。


「この小屋、誰か新しい人が入ったんですか?」


「あ、はい……ちょうど相方が居なくなってしまった方――お役所の地下でご挨拶したアレックスさんという方が……」


 同時期に入ったからなのか、僕らはやたらと縁があるようだ。


 もしかしたら、アレックスの相方はルイーザだったんじゃないだろうか?


 そんなことを思いながら、僕は今一度クレアさんに向き直って頭を下げた。


「本当にありがとうございました、クレアさん。半年くらいでしたが、とてもお世話になりました。どうかお元気で――」


 対し、クレアさんは目元を濡らして声を震わせた。


「わ、わたしでお役に立てることがあったらっ……いつでも、何でも言ってくださいね……っ」


 彼女は最後まで、別れの言葉は言わなかった。


 良い人だと思う。


 だからどうか、クレアさんには僕みたいな不運が訪れないよう、精一杯に祈ろうと思う。







 貧困街の中では、結局検問はおろか手配書すら目にすることなく、僕は難なく中心街まで戻って来た。


「新しい住処を見付けないとなぁ……いや、もう王都にこだわる必要もないのかな」


 どうしたものかと考えながら、三ヶ月お世話になった“奥様”の集合住宅まで戻って来た。


「やぁ、コル」


 階段を上がったところで僕を看病してくれたコルが待って居た。


「これ、奥様へのお礼だから、部屋の中に置かせてもらって良いかな?」


 ジャラリと音を鳴らして革袋を持ち上げる。


 手首に来る重さから、僕が故郷で“奥様”から頂戴した入学資金よりは余程あるだろう。


 僕が“奥様”の正体に気付いていることを、“奥様”が気付いているのかは分からないけど、別に構わないだろう。


 僕はコルに扉を開いてもらって、金入りの革袋を目立つところに置いた。


「それじゃあ、本当にお世話になったね、コル。奥様にもありがとうと伝えてくれると嬉しいな」


 そう言い残し、僕は三ヶ月間お世話になったその場を後にした。


 こうして、僕は“奥様”が望もうと望まざろうと、一方的かつ身勝手に借りを返したのだった。


「さて、これからどうしよう」


 金は半分くらいになってしまったけれど、まだ一年くらいの生活費にはなりそうだし、少し王都から離れつつ、何か仕事を探すのが良いのかもしれない。


 そうして、人波に逆らわずに当てもなく歩ながら、今後の方針について考えていると――。


「なぁ、アンタがレナードってヤツか?」


 突然、雑踏の中で声を掛けられた。


 そして、天職による感覚補正なのか、次の瞬間には、ゾワリと背筋に悪寒が走り、僕の眼前を銀色の光が一閃した――。




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