閑話『筋書き』





 軟禁状態になり早数日。


 教会本部にある賓客用の豪奢な部屋に押し込まれ、見張り兼世話係の女性四人に貼り付かれる生活が続いている。


 なぜ私がこんな状態に置かれているのか、正確なところはまだ分からない。


 でも、思い当たることと言えば、レナードのお仕事とオースティン先生に尋ねた渦中の孤児院のこと。


 だって、ちょうどその話をしている時に、先生の執務室に騎士団の方達がやって来たのだし……。


 私は今一度、当時のことを思い浮かべてみる――。


 私が先生に孤児院のことを尋ねていると、背にしていた両開きの扉がノックされ数名の騎士様が入って来た。


『失礼致します。司祭候補セリーナ様、申し訳ございませんが、騎士団本部までご足労願えますでしょうか?』


 突然現れた騎士様から丁寧に同行を求められ、その後はあれよあれよと教会本部と医術院側からの付き添いと共に、豪華な馬車で騎士団本部へと運ばれた。


 当初は尋問でもされるのかと緊張したけれど、案内されたのは尋問室ではなく騎士団長の執務室。


 そこでは騎士団長がにこやかに迎え、上等なお茶と高級菓子などを勧められつつ、自己紹介や私の表彰への祝辞などから始まって、最後に少しだけここ最近の行動を聞かれた。


『司祭候補セリーナ様、本日は“事情聴取”にご協力頂きありがとうございました』


 今までの世間話が“事情聴取”だと知ったのは、騎士団長によるそんな締めの挨拶からだった。


 そして、そこからは教会本部に連れて行かれ、何も聞かされずに謹慎処分が言い渡された。


 もう何が何だか分からない……。


 でも、孤児院のこと、アンジェラのこと、そして何よりレナードのことがあったから、私は幾度となく外出の許可を求めているのだけれど、それは今日まで叶っていない。


 だから、私は途中でオースティン先生との面会を求め、全てを打ち明けることにしたのだ。


 その時点では杞憂かもしれなかったけど、レナードに万が一のことがあるよりずっと良いと考えてのこと。


『いったいどうしたというのだ?』


 珍しく困惑した様子でやって来たオースティン先生に、私は洗い浚い話した。


 孤児院のことを尋ねた理由、レナードとの関係、彼の素性、彼が抱えている指名依頼のこと、そして、彼が私にとってどれだけ大切な存在であるかということに至るまで……。


 すると、先生は徐々に眉間の皺を深くして行き、最後には私を説得しようとした。


『セリーナ、犯罪天職者と司祭天職者では対局に位置する関係だ。そこまで身分が違えば双方にとって良い結果をもたらさない。君には医術における輝かしい将来もある。その者のことは忘れるのだ』


 当然、私は即座に首を振る。


『司祭も医術も全ては彼と共にあるために目指す物です。彼がいなければ司祭天職の“啓示”も得られません』


 自分の祈りは彼のためのものであり、彼無しでは神懸かり的な医術も不可能だと言い切った。


 もちろん、そんな確証はないのだけれど、でも自分で口にしていてそれこそが真実のようにも思えた。


『なんということだ……』


 先生が掌で顔を覆う。


『彼が居ないのであれば、私は司祭にも医術にもこの命にすらも興味はありません』


 真っ直ぐに見詰めると、先生と目が合った。


 先生は「まるで殉教者のようではないか……」と呟きながら、深い溜息をついた。


『良かろう、現状その者がどうなっているかは分からんが、当たってみるとしよう。まぁ、私個人としては、君が医術の道にさえ進むのであれば他のことはどうでも良いからな』


 そう言って、立ち上がり去って行く先生の背中に、私はその瞬間に浮かんだ案を投げかける。


『先生、斡旋所の施設長にも協力して頂けるとよろしいかと……』


『ふむ……何か問題となっていた場合、それは妙案かもしれんな。しかし、それも天職の効果による着想ならば、確かに空恐ろしいことだ』


 そう言って、先生は今度こそ出て行った。


 残された私は、強く祈り願う。


 あぁ、どうかレナードが無事でありますように――。







 そして、先生とのそんなやり取りがあってから数日。


 レナードやアンジェラとはお祝いの夜に食事を共にしたのを最後に、その後は軟禁状態の私には、まるで状況が分からない。


 果たしてレナードは無事なのか、そもそも危ない目にあっているのかどうか……。


 今日は、オースティン先生がその辺りの事の顛末を教えてくれると言う。


 すると、ちょうどノックが聞こえて扉が開いた。


「失礼する――待たせたな、司祭候補セリーナ」


 先生は立ち上がろうとした私を手で制しながら対面の椅子へと腰掛ける。


 そうして、早速事の発端から全てを説明してくれた。


「さて――そもそも今回の騒動は、侯爵家当主が持病の治療のためにアンジェラという少女の血液を欲したのが発端だ」


 その説明に、思い至る節があった。


「もしかして、アンジェラは“神子”の天職者なのですか?」


 『神子』――医術学名、全免疫保持者。天職というよりは体質なのだけど、神子天職者は血液その物が万病の治療薬になると言われており、その取り扱いは国際法で厳しく管理されている。


 どうやら侯爵家は、その国際法を犯して裏からアンジェラを手に入れようとしたらしい。


 先生曰く、アンジェラのご両親は地方の大商人であり、当然娘を取り戻すために訴えを起こしたが、侯爵家がこれを握り潰した。


 それにより、水面下での指名依頼を使った誘拐と奪還の応酬が始まったのだそう。


「君の想い人も危ない状況だった」


 レナードは侯爵側の依頼で誘拐の片棒を担いでいた状態で、しかも間の悪いことに、ちょうどアンジェラの両親が他国の要人を通じて誘拐の被害を訴えた直後だったと言う。


「国としては、自国の貴族が国際法に違反したとあっては責任を追及されかねん。だから、君の想い人が生贄として囚われた」


 国は全ての罪を一個人に擦り付け、それで押し通すつもりだったらしい。


 そう、私のレナードに――っ。


 怒りのあまり、目の前が真っ赤になるようだった。


「落ち着くのだ。君の想い人は逃がしたし、治療薬も渡してある」


 治療薬?じゃあ、レナードは怪我をしているということ……?


 私は即座に立ち上がる。


 行かないと、探さないと――。


 だってこうしている間にも、彼は痛い思いをして、お腹を空かせて、凍えているかもしれない。


「待ちなさい!今は堪えるのだセリーナ!心配は分かるが、直ぐにあの者を探すことは余計にあの者を危険に曝すことにもなる」


 先生によると、誘拐の罪は他の犯罪天職者に着せることになったが、レナードは脱獄の罪に問われている状態であると言う。


「今後君には何らかの形で監視が付くだろう。その状態で君があの者を探し当てれば、追っ手まで案内することになりかねん」


 先生は論すように言った。


「現在、私と施設長と司祭教育係の司祭と共に、君が司祭職を全うする上で君の想い人の存在が如何に重要かを説き根回ししているところだ。多少の時間は掛かるが、上手く行けば脱獄の罪も消せる。それまで待つのだ」


 誘拐の罪、脱獄の罪――なによそれ!と思う。でも、今の私にはどうすることもできず、レナードに関することなのに、また蚊帳の外のようで本当に悔しい……っ。


 そして、先生は続けて私の謹慎について話し始めた。


 私が軟禁状態となったのは、やはりアンジェラ誘拐事件の余波で間違いないのだけれど、その他にも別の思惑が絡んでいたらしい。


「これは少し前からだが、教会本部内の一部の派閥から司祭候補セリーナの交友関係を問題視する声が上がっていたのだ」


 先生が疲れたように嘆息する。


「まぁ問題視と言っても、結局は才ある君への嫉妬であったり、司祭天職者が犯罪天職者と交友があるという醜聞を気にする懸念であったり、単に将来有望な君に自分の親族を宛がいたいがためであったり……大した理由ではないがね」


 真相は不明とのことだけど、その一派がレナードに誘拐の罪を着せようと動いた形跡があると言う。


 もしそれが事実なら、私としては到底許せそうにない。


 まるで身を焼かんばかりの耐え難い激情を感じるけれど、それでも結局のところ今の私には何もできなくて、そんな不甲斐ない自分に対し、目元には潤みすら感じてしまう。


 私はまた彼と離れ離れになり、ただ無事を祈ることしかできない。


 どうか、レナードが無事でありますように――。




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