第26話『懐かしい歌』





 現在の住まいである屋上の小屋まで戻って来ると、アンジェラはそれを物珍しそうに見ながらはしゃぎ始めた。


「ここなぁに?おもしろ~い!」


 確かに、屋上に建てられた小屋というのは秘密基地みたいで、僕も子供の頃だったら大はしゃぎだっただろう。


 しかし、今は一応大人である僕は、一通りはしゃいだアンジェラに対し、小屋の内部や調理場、屋上から見える景色などを案内しつつ、貧困街での注意事項を説明する。


「良いかい?この辺りは危ないから、絶対に一人になったらダメだよ」


 といっても、そんなことくらいしか言えないけど。


「は~い!」


 しかし、アンジェラは素直に頷いてくれた。


 そうして、僕が拙い説明をしている間、共に帰って来たセリーナとクレアさんは、小屋の間にある調理場にて食事の支度をしてくれている。


「クレアさん、ハーブってあるかしら?」


「あ、はい、これを使ってください」


 そんな二人に料理の腕も及ばない僕は、調理場のスペース的にも入り込む余地がない。


 だから、この辺りで少しだけ事情を探ってみようと思う。


「ねぇ、アンジェラ。ちょっと聞いても良いかな?」


 僕はさり気なく辺りを見回しつつ、さらには意識を集中させて盗賊のスキルである『気配感知』を使い、聞き耳を立てる者がいないかを探りながら尋ねた。


「なぁに?」


「内緒でこっそり教えてほしいんだけど、アンジェラはどこから来たんだい?」


「えっとねぇ、あたしのお家はターポート地方にあるのよ」


 ターポート――この国の西方面に位置するエリアで、僕の故郷とは王都を挟んで逆方向となる。


「そっか……そこにお家があるんだね。誰かと一緒に暮らしていたのかな?」


 アンジェラの表情を観察しながら、ゆっくりと質問を重ねて行く。


 新たに得た依頼書には、“荷物”を孤児院に運び込むようにと書かれていたし、そのまま素直に考えれば、アンジェラは孤児である可能性が高い。


 まぁ、状況や依頼書での釘差しから見るに、そんな訳がないだろうことは薄々感じてはいるけれど……。


「あたしはお父さんとお母さんと一緒に暮らしていたわ」


「そっか、お父さんとお母さんも王都に来ているのかな?」


「うん!最初にあたしを王都まで連れて来てくれた人がそう言ってたわ」


 ということは、王都まで両親とは一緒に来なかったということ――その事実に、一気に嫌な想像が広がってしまう。


「そうなんだ……それじゃあ、お父さんとお母さんが今王都のどこにいるかって、アンジェラは知ってるかな?」


 すると、今の今まであれだけ天真爛漫だったアンジェラが、急に頼りなく声を揺らして聞いて来た。


「え……レナード達は、あたしをお父さんとお母さんのところへ連れて行ってくれるんだよねぇ……?」


 どうやら、アンジェラはそう伝えられていたらしい。


 でも、それは指定された孤児院にアンジェラの両親がいると言うことなのか、それとも、アンジェラを孤児院へと連れ込むための方便なのか……。


 分からないことだらけだが、ここまでの話で誘拐などの片棒を担がされている疑いはさらに濃くなってしまったように思う。


 そもそも、これはアンジェラを欲する誰かが仕組んだことなのか、それとも、アンジェラの両親自身が何らかの理由で……?


 頭を悩ませながらも当のアンジェラを見れば、不安に揺れる彼女の瞳と目が合った。


 いや、何であれ、今この場で答えるべきことは変わらない。


「……ああ、もちろんだよ。アンジェラもお父さんとお母さんに会いたいよね」


 僕は金色のふわふわした髪が流れる彼女の頭に手を置きながら、努めて優しく声を出す。


「うん!会いたいよ!」


 すると、アンジェラは安心したように微笑んで大きく頷いた。


 その後も質問を続けたが、アンジェラの従者は度々変わっており、やはり核心の部分は何も分からなかった。


 そうこうしている内に、セリーナとクレアさんが料理を持ってやって来た。


「ご飯が出来たわよ」


「今日はお外で食べましょうね」


 小屋の前に出している木製の簡素なテーブルに奮発した料理が並ぶ。


「それじゃあ、乾杯しましょう!」


「わぁい、かんぱぁ~い!」


 クレアさんの音頭で乾杯し、セリーナの表彰祝い兼クレアさんと僕の回復祝い兼アンジェラの歓迎会が始まった。


 そして、開始早々――。


「それれぇ~、とびぃのおいわいをひたいんれふよぉ~」


「あははは!クレアふにゃふにゃしてるぅ~!」


 薄めた葡萄酒一杯で早くもベロベロになるクレアさんと、そんな彼女を指でつつくアンジェラ。


 微笑ましい光景……なんだろうか?


「クレアさん、お酒強くないのね」


 セリーナも二杯目をチビリチビリと飲みながら、白い頬をほんのり上気させている。


「うん、そうなんだ。前に一度飲んだときにもこんな感じだったんだよ」


 しかし、翌朝にはケロっとしていたことも付け加えておく。


「それなら、安心ね」


 ほぅ……と熱っぽい吐息をつき、上気した頬に、夜風に揺れる白金の長髪。


 夜闇に白が映えるその横顔は幻想的なまでに絵になっていて、そしてほんの少しだけ物悲しく感じる。


 昔から知る幼馴染も、大人になったんだなぁと思う。


 僕がそんな爺むさい感想を抱きながらも、口を閉じることも忘れて彼女の姿に魅入っていると――。


「ねぇ、レナード。昼間にも言ったけれど、今回のお仕事、私が孤児院に付いて調べるまで動くのは待って居て欲しいの」


 その一言で、現実に戻される。


「……孤児院のことに心当たりがあるっていう話だよね。いったい、どんな心当たりがあるんだい?」


 駄目元で聞いてみるが、セリーナは申し訳なさそうな表情でやんわりと首を振った。


「ごめんなさい。でも、きちんと分かったら話すわ」


 それは、何か決意に満ちた声色だった。


「うん……でも、僕はセリーナに無理はしてほしくないよ。せっかく表彰もされて上手く行っているのに……」


 だから、昼間にも告げたけど、今一度僕の正直な気持ちを伝えることにする。


「僕も今回の指名依頼には、キナ臭さというかリスクを感じてるんだ。でも、だからこそ、セリーナに関わってほしくない。僕が原因で君の足を引っ張りたくないんだよ」


 そう言いながらチラリと確認すれば、クレアさんとアンジェラは少し離れたところで笑い声を上げてじゃれ合いなど始めていて、こちらの声は聞こえていないことが分かる。


「僕にとっては、セリーナの安全と成功こそが一番の願いなんだ。それは、僕の仕事の成果やアンジェラのことよりも――」


 言っていることは最低なのかもしれない。アンジェラのようなか弱い少女よりも自分の幼馴染への思いを優先させるなんて……。


 しかも、言われたセリーナ本人にだって、そんなの負担にしかならないかもしれない。


 でも、それで幻滅されたとしても今回のことから手を引いてくれるなら……と淡い期待を掛けるのだが――。


「そんなの、こっちだって同じだわ。私だってあなたのこと以外どうだって良いんだもの」


 セリーナが挑むように見詰め返して来た。


 だから、僕も負けじと見詰め返す。


 なんだろう。お互いの身を案じているはずのに、負けるものかと強い視線がぶつかり合って火花が散っている。


 するとそこに――。


「~~♪」


 懐かしい歌が聞こえた。


「あれ、この歌って……?」


「これは……私達の、故郷の孤児院に伝わる歌だわ……」


 二人してそちらに目を向ければ、月明かりと松明の火が照らす中で、アンジェラが目を閉じて両手を広げ、まるで歌姫のように歌っていた。


 彼女の出身は、僕らの故郷とは間反対の地方。だから、彼女がその歌を知るはずがない。


 なのに、どうして知っているのか、誰に教わったのか、幾多の疑問はあるけれど……。


 今はただ、僕らは二人並んで、その懐かしい音色に聞き入った――。




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