第25話『確認作業』
大きな鞄と小さな女の子を伴い戻った僕を、セリーナとクレアさんは困惑顔で迎えた。
「レナード、その子はどうしたの?」
「迷子ですか?」
当然、そんな反応になるだろうけど、僕自身も鞄の中にあるという依頼書を確認してみないと何も分からない。
「えっと……その辺りのことも後で確認しようと思うんだけど、ちょっとここではね?」
手に持つ鞄と周りの人混みに目配せすれば、セリーナが意味を汲み取ってくれた。
「そう――なら、人もすごいし手早く買い物を済ませて移動しましょうか」
そのままセリーナがまとめてくれたお陰で方針が決まる。
「そうと決まれば、早速行きましょう!」
クレアさんの掛け声で買い出しがスタートし、僕らは人混みの間を縫うように店々を回って行く。
そうして、今夜の食材を買い揃えていると――。
「うぅ、お腹空いた~……」
やがて、フローラお嬢様が空腹を訴えて来た。
確かにもう昼過ぎだし、僕としてもそろそろ依頼書の方を確認したいところ。
「どこかお店に入ろうか」
「そうですね、買い物の方ももう十分ですし」
「それじゃあ、帰りながら入れるお店を探しましょう」
二人からの同意も得られ、僕らは貧困街に帰る道すがらの喫茶店へと入ることにした。
普段なら外で何かを買い食いするところだが、今はフローラお嬢様も一緒だし、鞄の中の依頼書も確認しなければならないため、人目に付き難い店と席を選んだ。
というか、お嬢様と言えば、フローラお嬢様はこんな庶民のお店で大丈夫だろうかと不安に思ったが、杞憂だったようで今僕の目の前で野菜スープとパンとチーズのセットを笑顔で頬張っている。
「それで、どういうことなの……?」
人が疎らな店内で、セリーナが声を潜めながら聞いてくる。
僕は大きな旅行鞄を開けながら、鞄とフローラお嬢様を受け取った時の状況を説明した。
そして――。
「ああ、これだ、この依頼書に詳しいことが書いてあるらしいんだ」
鞄の中にはお嬢様の着替え類があって、その一番上に封筒が入っているのを見付けて取り出した。
「あ、もうっ、女の子の荷物を勝手に開けたらダメじゃない」
セリーナに窘められてしまった。
確かに、ちょっと考えればお嬢様の荷物だと思い至りそうなものなのに……配慮が足りなかった。僕もこの状況に結構焦っているのかもしれない。
「すみません、フローラお嬢様。勝手に荷物を開けてしまって……」
頭を下げて非礼を詫びれば、お嬢様からは驚きの言葉が帰って来た。
「あたし、フローラじゃないわ!」
え?
予想だにしなかった言葉に思わずセリーナとクレアさんを見るが、二人も当然の困惑顔。
「あたしの名前は“アンジェラ”よ!」
もう訳が分からない。
「えっと、ではフローラというのは……?」
「さっきのおじさんがそうしてくれって言って勝手に呼んでただけだわ!だから、あたしの本当の名前はアンジェラなの!あなたたちは良い人そうだから教えてあげるね!」
満面の笑みで言うフローラお嬢様――改め、アンジェラお嬢様。
というか、あの受け渡し人の男は、なぜこの子の呼び名を変えさせたのか……もうキナ臭くてしょうがない。
とにかく、一刻も早い依頼書の確認が必要だ。
しかし、その依頼書には、三日以内に“荷物”を王都の外れにある孤児院に運び込むようにという指示と、その“荷物”を奪おうとする敵対勢力の存在が示唆されているのみ。いや、それどころか、余計なことは聞くなとの釘差しまである始末。
まぁ、当然といえば当然か、指名依頼だからと言って僕のような犯罪天職者に依頼の核心を明かす訳がなく、きっと僕の役割も、全体から見たらほんの一部に過ぎないのだろう。
「えっと、アンジェラお嬢様は――」
「アンジェラで良いわ!」
呼び捨てのお許しも出たし、合わせて言葉遣いも崩させてもらおう。
「アンジェラは…………今、いくつなんだい?」
本当は、孤児院に行く理由を何か知っているかい?――と聞きたかったが、依頼書での釘刺さしもあり、それはためらわれた。
「あたしは八歳よ!」
アンジェラは僕の覚束ない質問にも指を使って八を作りながら元気に答えてくれた。
そして、聞いた僕の方が次の言葉に詰まってしまう。
すると、透かさずセリーナがアンジェラに話しかけてくれた。
「もし良かったら、私もアンジェラって呼ばせてもらっても良いかしら?」
「わ、わたしも、アンジェラちゃんって呼んでも良いですか?」
クレアさんもそれに続き、アンジェラはもちろんよ!と笑顔を見せた。
女性陣はそのまま談笑を始め、僕はその隙に今一度、手元の依頼書に視線を落として考える。
僕の仕事は、あくまでも“荷物”を運ぶこと。それ以外は考えるべきじゃないし、考える立場にない。
しかし、“孤児院”に“敵対勢力”……荷物を取り巻く状況に嫌な物を感じるのもまた事実。
それに、偽善的ではあるけれど、会って間もない“荷物”たるアンジェラのことが心配だということもあるし、またそれ以上に、自分や自分の周りに降り掛かるリスクが心配なのだ。
例えば、僕がアンジェラを孤児院に連れて行ったところで誘拐犯として捕まるまでが依頼主のシナリオだったら……とか。
「レナード――」
不意に、耳元に生暖かさを感じて背筋が震えた。
「ぅひっ?」
驚いて横を向くと、セリーナの整った顔が至近距離で出迎えた。
それはもう吐息さえ感じるような距離で、彼女の知的に澄んだ碧眼が真っ直ぐにこちらの両目を据えている。
僕は一瞬で顔が熱くなり、そして心臓が暴れ始めた。
「レナード、勝手に見ちゃってごめんなさい……でも、依頼書に書いてある“孤児院”のことだけど、ちょっと心当たりがあるの……」
密やかだが、凛とした声と話の内容に、浮付いていた気持ちが引き締まる。
こちらとしては、依頼書を見られてしまったのは痛恨だし、これ以上セリーナを巻き込むのは絶対に避けたいのだが――。
「む……そんな顔しても嫌よ。レナードがダメって言っても、私は調べるんだから……ほら、自分の身の安全のためにも、ね?」
そう言われてしまうと、彼女との長い付き合いからの経験上、もう何を言っても無駄なのだろう。
だからせめて、こう釘を刺しておく。
「セリーナ……絶対に、危ないことはしないでほしい。セリーナの安全こそが、僕の最大の願いなんだ」
青い瞳をじっと見詰めながら言うと、セリーナは一瞬目を丸くした後に破顔した。
「うふふ、心配してくれて嬉しいわ」
くすぐったそうに微笑む彼女。
その白い頬にはほんのりと朱が差して、まるで少女のような愛らしさ。
それを見て、セリーナに累が及ぶのだけは何としても避けなければ――と、改めてそう思うのだった。
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