第24話『荷物』





 指名依頼の話を聞いてから一週間、やっとその依頼書が手元に届いた。


 一週間前の施設長の言では、『場所や日時については依頼書と地図をくれてやろう』――ということだったから、てっきり当日か翌日には届くものだと思っていた。


 しかし、実際に届いたのは一週間後の今日である。


 このタイムラグが何を意味するのか、当初から予定されていた物なのか、何らかのトラブルによる遅延なのか、それを知ったところで僕にはどうしようもないけれど、また危険な仕事になるんじゃないかと怖くなって来る。


 そうした不安に駆られながらも、僕が依頼書を確認しようとすると――。


「いったいどんなお仕事なんでしょうか……?」


「危ないお仕事だったらいっしょにお断りしに行きましょうね、レナード」


 クレアさんとセリーナが、さも当然のように両サイドから覗き込んできた。


 なんだか、二人ともすっかりと保護者のようなポジションに納まってしまったように見える。


「さぁレナード、怖いかもしれないけれど、まずは内容を確認してみましょう?」


「も、もしものときは、お姉ぇ――わたしがっ、今度こそ盾になりますよ……!」


 セリーナの慈愛のまなざしが気恥ずかしくてむず痒く、クレアさんに至っては、今の言い間違えで僕をどう見ているかが良く分かった。


 まぁ、それもこれも僕が不甲斐なく、二人に多大なる迷惑を掛けてしまった所為だろう。


 だからこそ、今回は怪我無く仕事を完遂したいところ。


 僕は密かに気合を入れて、手元の依頼書を広げた。


「え、なんだこれ?」


 目を通して早々に、書かれた内容に困惑する。


 仕事内容は事前に聞いた通り“荷物の運送”で間違いないが、肝心の荷物の外観情報は無し、受け渡し場所は王都の市場、日時は今日の昼前だと書かれていた。


「昼間の市場って……こんな人通りの多そうな場所で荷物の受け渡しを?」


 施設長からの話では、前回の“特殊”の仕事と同じ依頼主からの指名依頼とのことだったから、また夜中に人目を忍んで荷物を運び出せとか後ろ暗そうな仕事だろうと身構えていたのだが……。


「ふぅ……よかったわ、昼間のお仕事なら危なくはなさそうね」


 そんなに心配してくれていたのか、セリーナがほっと胸を撫で下ろす。


「行き先が市場ならわたし達もいっしょに行きませんか?今日のセリーナさんのお祝いの買い出しもありますし!」


 嬉しそうなクレアさん。お祝い事には一家言あるというのは本人の談。


 そもそも、今日朝から仕事もせずに三人が集結していた理由が、セリーナのお祝いをするためなのだ。


 といっても、僕らは斡旋施設の受付修道女達の噂話を小耳に挟んだだけで詳しくは知らず、なんでもセリーナが偉業を成し遂げて教会本部から表彰されることが決まったらしい。


 当然、僕もクレアさんも本人に尋ねてみたのだが――『私の実力という訳じゃないし、大したことじゃないのよ』と困ったように微笑むばかり。


 まぁ、どんな偉業かは表彰を待てばいずれ分かるだろうということで、遠慮する本人を押し切ってお祝いをする運びとなった。


「本当にお祝いなんていいのに……」


 そわそわと落ち着かないセリーナ。


 彼女は昔から、親切だったりお祝いだったり、自分が人にするのは良くてもされるのは苦手だった。


 僕の家で彼女の誕生日を祝うときだって、毎回なんだかんだと理由を付けて準備を手伝おうとしていたくらいだ。


「まぁまぁ、表彰なんてすごいことなんだし、僕らもいっしょにお祝いさせてよ。ほら、クレアさんの回復祝いもまだだったし」


 だから、こうして皆でいっしょにお祝いをする体にしてあげると、セリーナも多少は安心して祝われてくれる。


「ぁ……そ、そうよねっ、クレアさんとレナードの回復祝いもやらないとねっ」


 まるで救いを見出したかのように目を輝かせ、僕の手を取りそのまま両手で包み込んだ。彼女のその必死さが、なんだか急に子供っぽくって微笑ましい。


「お財布を持ってきましたよ!さぁ行きましょう!」


 すると、一時的に小屋に引っ込んでいたクレアさんが、金の入った革袋を持って戻って来た。いつもより陽気なのは、やはりお祝い事だからだろうか。


 なにはともあれ、僕達は市場へと向かうことにした。貧困街を出て、最寄りの発着場から乗り合い循環馬車で市場まで行く。


「わぁ、すごい人だな」


 さすがは王都の市場だ。ちょうど昼前ということもあって、多くの人でごった返している。


 というか、途中からお祝いのための買い出しが主な目的になっていたけれど、指名依頼の荷物も受け取らなければならない。


 僕は依頼書に同封されていた地図を確認しつつ受け渡し場所へと向かう。


「いったいどんな荷物なのかしら?」


「重かったり大きかったりすると大変ですねぇ」


 僕の直ぐ後ろを、セリーナとクレアさんが付いて来る。もしかして、このまま一緒に行くつもりなのだろうか?


「あの……受け渡し場所はあそこの先に見える食べ物屋さんのテラス席だからさ、セリーナとクレアさんは少し離れて待って居てくれるかな?」


 昼間で人目の多い場所とはいえ、念のために離れて居てもらった方が良いだろう。


 すると、二人は一瞬顔を見合わせた後に、僕の考えを汲んでくれたのか、仕事であることに気を遣ってくれたのか、素直に頷き離れてくれた。


「よし、行こう――」


 僕は緊張を覚えつつ、指定の場所へと足を進める。


 満席状態のテラス席。そのちょうど真ん中に位置する席に、初老の男性と小さな女の子が向かい合って座っていた。


 え?この親子……というか、祖父と孫くらいの二人が荷物の受け渡し人?


 困惑はしたが、とりあえず二人の席に近付いて、指定の言葉を掛けてみる。


「や、やぁ――”遅くなって申し訳ない。仕事がなかなか片付かなくてね”」


 この言葉に何の意味があるのかは分からないが、初老の男が答えた。


「あ――ああ、やっと来たかい。それじゃあ、この鞄と“フローラお嬢様”のことを頼んだよ」


 初老の男はほっとしたように息をつき、大きな旅行鞄と一緒に居た女の子を置いて席を立つ。


「え?あっ、ちょっとっ……!」


 いきなり鞄と女の子を置いて行かれ、僕は慌てて彼を呼び止めようとする。


“後のことは鞄の中の依頼書を見ろ――”


 すれ違い様にそう呟いて、男は人混みに消えて行った。


「えぇー……」


 いくら何でも訳が分からな過ぎるけど、今この場で鞄の中の依頼書とやらを広げるのはためらわれる。


「えっと……僕はレナードと言います。ここは人混みがすごいですし、一度離れたいと思います。よろしいでしょうか、フローラお嬢様?」


 お嬢様と呼ばれていたし、片膝をついて目線を合わせつつ失礼のないように尋ねてみる。


「へぇ、レナード!あなたレナードって言うのね!覚えたわ!」


 フローラお嬢様はテラス席の椅子から飛び降りるようにして地面に降り立って、僕の隣に来てくれた。結構、人懐っこい子みたいだ。


 僕は片手で鞄を持ち、もう片方でフローラお嬢様の手を取ってエスコートする。


 とりあえずは、セリーナとクレアさんと合流しようと、今来た道を戻って行く。


「~♪」


 隣りのお嬢様は、機嫌良さそうに鼻歌などを歌っていて微笑ましいほどだが、その横の僕は、僅かな緊張と不安を感じていた。というのも――。


「この状況、二人になんて説明しよう……」


 別に後ろめたいことなんて何もないのに、なぜか緊張してしまう僕が居た。




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