第27話『急転直下』





 これも啓示というのかしら?


 レナードの依頼書を覗き見た瞬間、私はそう思った。


 私が志すと決めた医術の分野と、今回の教会本部からの表彰。そして、依頼書にあった孤児院のこと……偶然というには不気味なくらいに条件が重なっている。


「いいえ……なんであれ、確認することは変わらないわよね」


 私は背筋に少々薄ら寒い物を感じながらも、現在お世話になっている教会本部が運営する医術院の廊下を進む。


 靴底で石床を叩くことしばらく、やがて目の前には見上げる程に大きな両開きの扉と、その脇に常駐する受付の修道女と警備兵の姿が現れた。


「おはようございます、セリーナ様」


 すると、修道女が声を掛けて来て、私もそれに応える。


「おはようございます……あの、“様”はやめてください」


 目上の人に様付けで呼ばれるなんて、居心地が悪いどころか恐ろしささえ感じてしまう。


「ふふ、諦めて下さい。あなたはそれだけの偉業を成したのですから」


 彼女は品良くコロコロと笑った後に、少々お待ちください、と残して、背にしていた重厚な扉の中へと入って行く。


「先生がお会いになるそうです、どうぞお入りください」


 入室は直ぐに許可されて、私は彼女と入れ替わるように扉をくぐる。


「失礼致します、オースティン先生」


 その部屋の最奥に位置する机に向かう白髪の頭に声を掛けた。


「ん、あぁ、司祭候補セリーナ、いったい何用かね?」


 机に向かったまま気のない返事をするこの老人は、医術院での私の教育係をして下さっている方であり、この医術院の院長でもある大先生。


「王都の外れにある孤児院について教えて頂きたいのです」


 すると、途端に空気が変わって、先生がゆっくりとこちらに向き直った。


「ふむ、王都の外れの孤児院と言えばいくつか該当するが……その口振りだと昔から噂のある孤児院のことかね」


 そう、レナードの依頼書にあったアンジェラが送られる予定の孤児院は、ここ医術院では恐ろしい噂が立っている有名な場所だ。


 曰く、手術のための臓腑取りや医術実験の検体として使われる“素材”を扱う場所である、と……。


 それは、どこにでもある怪談の類なのかもしれないけれど、事実としてその孤児院での行方不明者や急死者は多い。


 王都では孤児が脱走したり帰って来たりというのは日常らしいけど、レナードのお仕事の状況や依頼書の内容を見てしまうと、どうにも嫌な疑念が湧いて来てる。

 

「まぁ、君も教会本部の表彰者だ。いずれ知ることになるだろう」


 そして、先生はあっさりと、噂は事実であると言った。


「そんな……っ」


 私は反射的に口元を押さえる。


「まぁ、孤児院出身の君には辛い事実かもしれん。だが、この仕組みは私が医術に関わる前からある代物で、その管理には公爵家が関わっているとも言われており、我々が意見できる物ではない」


 先生は溜息交じりに続ける。


「それに、だ。そうした尊い犠牲によって医術が発展し、結果的により多くの命が救われているのもまた事実――というのが、上による見解だそうだ」


 そして次には、先生は論すようにこう言った。


「いいか、司祭候補セリーナ。君は司祭候補にして医術者見習い……いや、今回の表彰で一角の医術者と見なされる。だからこそ、余計なことは考えず、政治は役人や貴族に任せ、君はその才を以ってより多くの病人を救うことを考えるべきだ」


 何か、先生は色々と言っているけれど、今の私にはそんなことはどうでも良い。


 アンジェラのことはもちろん心配だけど、それ以上に心配なのはレナードのこと。


「確かに、こんな話を聞けば誰でも義憤を感じるのはもっともだが、その本人達だってそうして発展して来た医術の恩恵を――」


「先生!」


「……なんだね?」


 言葉を遮った私を警戒するように先生が見詰めて来る。


「もし外からその孤児院に連れて来られる子供がいたとして……その子供を連れて来た人は、どうなりますか?」


 つい必死になって、露骨にレナードのことを聞いてしまう。


「ん?その子供ではなく、連れて来た者か?」


 先生の疑問はもっともだけど、何とも説明が難しい。


 指名依頼のお仕事を受けている彼のことを、詳しく話して良いものなのか、話すことで彼の不利益にはならないか、迷いが生じる。


「ふむ、何か訳ありか……」


 先生が、髭を貯えた顎に指を添えて肩目を瞑る。


 すると、私が背にしていた部屋の扉の向こうから、複数名の足音がバタバタと響いて来て、その巨大な扉が力強くノックされた――。







 朝起きると、クレアさんは仕事に出た後だった。


 いつもの屋上には、少し寝坊した僕と未だに小屋の中で眠るアンジェラのみだ。


「セリーナが無茶しなければ良いんだけど……」


 寝惚け眼で朝日を見ながら、ぼんやりと呟く。


 それは昨晩のこと、お祝いの後でセリーナを施設まで送った際に、今日は朝から医術院というところに行くと彼女は言っていた。


 おそらく、依頼書の孤児院のことを調べに行くのだと思う。


 確かに、アンジェラのことを考えるなら少しでも情報が欲しいところだけど、僕の心情としては、セリーナがそれを確認することで何か不利益を被らないかが一番の心配だ。


 しかし、それならさっさと依頼書通りにアンジェラを孤児院に届けるべきなのだろうけど、僕は優柔不断なことにその決断ができないでいる。


「まったく、どうしたものか……」


 決断力のない自分に嫌気が差しながらも立ち尽くしていると――。


「動かないで」


 突如、耳元で無機質な女の声が鳴った。


「ぇ――っ」


 同時に首元へと当てられた冷たい感触に、僕は言葉を失う。


「あの子はどこ?」


 それは、十中八九アンジェラのことだろう。ということは、この女が依頼書にあった敵対勢力なのだろうか?


 けれど、僕は別のことが気になった。


「君は、誰なんだい?どこかで、聞いたことのある声のような気がするんだ」


 そう、僕はこの声に聞き覚えがある。いったいどこで聞いたのだったか……。


 すると、喉元の刃が皮膚に食い込んで来た。


「っ……わ、悪いけどっ……こんなことをする人間に、おいそれとあの子を渡す訳にはっ……い、行かない……っ」


 完全に強がりだったが、今回ばかりはそんな悪足掻きが功を奏したようだ。


「あれぇ?レナードぉ……?」


 緊迫した場面に、ちょうどアンジェラが目を擦りながら起きて来た。


「え……ああっ!あなた!ルイーザぁ!」


 そして、僕と僕の背後にいる女性を見て声を上げた。


「ルイーザ……?」


 聞き覚えのある名前かもしれないが、直ぐには出て来ない。


 しかし、ほんの僅かな沈黙の後に、僕の喉元から肌に食い込む冷たさが消えた。


「覚えてないのも無理はないわ。役所の地下で、一度挨拶をしたきりだもの」


 そう言いながら、僕の前に回って来たのは大人っぽい艶やかな女性――確か、王都に着いた当日に、役所の地下部屋で挨拶をした人物だ。


「すまない。あの日以来会っていなかったから、直ぐに思い出せなかったんだ」


 素直に謝ると、ルイーザが苦笑いを浮かべた。


「首にナイフを突き付けられた後にそんなことで謝るの?アナタ変わっているわね」


 呆れられてしまったようだ。


 しかし、次の瞬間にはその表情も引き締まる。


「単刀直入に言うわ。アンジェラお嬢様の身柄を渡してほしいの」


「それは僕の仕事的にもできない相談だし、心情的にも君がどういう立ち位置なのか分からないと渡せない」


「あら、たった今ナイフを引いて命を助けてあげたでしょう?」


「それは僕のため?それともアンジェラのため?」


 アンジェラに凄惨な光景を見せまいとする時点で、ルイーザはアンジェラにとってある程度の信用は置けるのかもしれない。


 それに、盗賊の僕が彼女に太刀打ちできるとは思えない。だが、それでもハッタリは大事だ。


「ねぇねぇ~、ルイーザとレナードは知り合いなの?」


 と、アンジェラが僕達に近寄って来た、その瞬間だった――。


「そこを動くな!罪人職共!!」


 バタバタと地響きをさせて、武装した騎士達が屋上へと雪崩れ込んで来た。


 予想外に過ぎる事態に、僕はただただ呆然と立ち尽くす。


「どうやら尾行されてたみたいね、私の所為だわ」


 その呟きに隣を見れば、そこではルイーザが大きく腕を振りかぶり、何かを地面に叩き付けているところだった――。




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