閑話『騎士学校』





 王都に来て数ヶ月。


 本来であれば、もうとっくに騎士学校に入学しているはずだった。


 しかし、薄汚いコソ泥に金を盗られた所為で、俺は未だに王都の下町で燻っている。


 金がない。とにかく金がないのだ。


 ほとんど何もせずにもらった大司教様の護衛料は、王都での生活を始めるための初期費用に消え、騎士天職者ということを押しまくって得た警備の仕事の給料は、物価が高い王都での日々の生活費に消えて行く……。


 中でも、月二回の色街代が高いのだ。しかし、これは外せない必要経費。


 というのも、ローザとの一夜にて、センスは抜群のはずのこの俺も些か“経験”が足りないことを実感し、それを補うために色街にて訓練を行っているのだ。決してスケベ心ではない。できる騎士とは、女の扱いも上手い物なのである。


 だが、こんな生活では、とてもじゃないが入学金を貯めることなんてできやしない。


 当てにしていた奨学金も、審査があって現実的ではないことを知った。


 そうなると、やはり金を借りるしかなくなるが……正直、気は進まない。


 ただでさえ地元の連中に借金があるような状況で、この上さらに王都の銀行や商工ギルドからも金を借りるのは気が重い。


「クソッ!それもこれも全部あのコソ泥の所為だっ!ふざけやがってっ!」


 脳裏に浮かぶのは、この俺に劣等感を抱かせ続けた忌々しい存在。


 あの町に家族で越して来て、初めてレナードと出会ったときから目障りで仕方がなかった。表面上は友好的に接してきたが、内心では反吐が出そうだったのだ。


 まず、親無しのくせに孤児院で生活せず持ち家なんかで暮らしていること。これについては、俺の両親も“孤児が持ち家なんて生意気だ”と憤慨していたくらいだ。


 他にも、ヤツは見た目だけのくせに周りからチヤホヤされて、事もあろうか俺の前で俺より目立っていやがった。


 そして極めつけには、それまであからさまにセリーナの追っかけをやってたくせに、途中からローザと付き合いだしたこと。


 ならば、俺がセリーナをもらってやろうと直ぐに愛を囁いてやったのだが――。


『嗚呼、セリーナ……俺はお前を愛してしまったようだ。この先もずっと共に愛を語り合おう』


 当時読んでいた英雄譚物語に登場する貴公子の台詞そのままだったが、孤児であるセリーナに字など読めるはずもなく知る訳がないと考え言ってやった。


 しかし、彼女は困ったように微笑みながら、俺の愛の囁きの出所を言い当てた。


 俺は赤っ恥も良いところで、必死に冗談ということにした。


「クソッ、クソッ!」


 耐え難い記憶の数々が、頭の中を駆け巡る。もはや、レナードに関わること全てが俺にとっての屈辱の記憶だ。


 だからこそ、レナードが犯罪天職者だと分かった瞬間は最高だった。勝利を確信し、全身に走った快感が忘れられない。


 そしてさらには、俺はレナードの恋人であったローザをも奪い取ってやったのだ。これはもう男としての魅力すらもヤツに勝ったことの証明に他ならない。


 俺は勝利を決定的にするため、あえてレナードの家で祝杯を上げることを提案した。それに対し最初は反対していたローザも、出資を約束すると従った。やはり女に言うことを聞かせるには財力だと確信した。


「そうだ……だからこそ金だ、金が必要なんだ……」


 金さえあれば騎士学校に入学することができ、騎士天職者たるこの俺が正式な騎士となれば、皆から集めた金だって利子を付けて叩き返せる。


 それに、金さえあればもうローザやセリーナにこだわることもなく、左右に美女を侍らせることだって容易いのだ。


 両腕に美女を絡ませながら、街中を練り歩く俺――ふふ、悪くない。


「よしっ、金を借りよう!これはもう必要経費だ!俺はこんなところで燻っているべき人間じゃない!」


 そう決断して、俺は早速銀行と商工ギルドを回り、騎士天職者の上限いっぱいの額をダブルで借りて来た。


 ズシリと重い金の入った革袋を前についつい気持ちも大きくなるが、さすがにこれを持って色街に繰り出す訳には行かない。


「入学前の適性検査もあるだろうし、さっさと騎士学校に払い込みに行くか」


 そうと決まれば、俺は下宿先である下町から循環馬車に乗って王都中心街にある騎士学校へと向かった。


 そうしてやって来た砦のような学び舎の前。その巨大な門上には騎士の紋章が掲げられている。


 俺はそれらを斜めに見上げ、不敵に口角を吊り上げた。


 選ばれし者の騎士天職者たるこの俺の伝説が、今ここから始まるのだ。


 俺は伝説の始まりとなる第一歩を、力強く踏み出した――。




 ◆




「不適格」


 その場で行われた騎士適正検査の結果が告げられた。


「はっ――はぁあっ!?何言ってんだよ!俺は騎士天職者だぞ!?不適格な訳ねぇーだろうがっ!」


 憤慨し、言葉が荒くなってしまうのも無理からぬことだろう。


「君は過去に罪を犯している。催眠面接や投薬尋問試験でも一般人に対して暴行を働いたことを自白しているし、さらには心理思考検査や適性試験においても不適格が出ている」


 不適格を告げた試験官が、厳しい目で睨み付けて来る。


 そんな中、俺は怒りと焦りに燃えていた。


 なんとここに至るまで、俺はコソ泥に下した正義の鉄槌の件をすっかりと失念していたのだ。そもそも当初は寄付金制度で帳消しにするつもりでいた。だが、もうその金はないのである。


 だからこそ、俺は必死に自分の正当性を説いた。ヤツは犯罪天職者であり何をされても仕方のない身分。そして、俺は正義を執行したに過ぎない、と。


 しかし、試験官の顔付きはどんどん険しくなって行く。


「正直なところ、私個人としても君のような人間を入学させたくはない。だが、国の方針で、騎士天職者は可能な限り騎士にしなければならない。よって、君は不適格者教育を受け再試験に合格した場合に限り、入学が認められる」


 結局は、この俺に騎士になってほしいということらしい。それなのに、不適格だの教育だの再試験だの……俺を侮辱したことはいずれ何倍にもして返してやる――そう心に誓う。


 まぁ、少し予定とは違ったが、あえて下から駆け上がるというのも悪くはない。


 そして、今日ここより、俺の英雄譚が始まりを告げたのだ――。




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