第23話『指名依頼』





 とにかく過保護なセリーナとクレアさんの手厚い看護を受け、僕の怪我も体調もすっかりと回復した。


「二人のお陰で回復したよ、本当にありがとう。今日から仕事を再開するね」


 僕は二人に向けて気合十分に宣言するけれど――。


「レナードはまだ病み上がりでしょう?無理は良くないわよ?」


「わたしもそう思います、やっぱりもう一日くらい寝ていませんか……?」


 二人は揃ってまだ寝ていろと言う。


 些か過保護が過ぎるけど、心配してくれるのはありがたい。でも、これ以上寝て過ごすというのも逆に身体に悪くはないだろうか。


 ということを、言葉を尽くして説明し、渋る二人に何とか納得してもらい、僕は日常への復帰を許された。


 結局、僕は計五日間も仕事をやっていないし、今日からまた免罪状のためにも頑張らないと――。


 そう決意を新たにした直後だった。


 ちょうど良いのか悪いのか、僕はまたしても施設長からの呼び出しを受けることとなったのだ。


「ふむ……今日はセリーナ様はいらっしゃらないようだな?」


 前回同様、施設上階の部屋まで通されると、中で待って居た施設長が開口一番に尋ねてきた。


 確かに、つい先程までは一緒だった。僕はセリーナとクレアさんに両脇を抱えられるようにして施設までやって来たのだ。それは両手に花というよりは、それこそ荷物にでもなったような気分だったが……。


 でも、それも施設一階の受付までで、セリーナは司祭教育に、クレアさんはいつもの仕事に、皆それぞれ自分の仕事へと向かい別れた。


 僕がそのことを伝えると、施設長はどこかほっとしているようにも見えた。


「ならば、さっさと用件を伝えるか。今回はお前の相方がしくじった尻拭いという訳でもないし、本来なら依頼書だけで済ますところだが、まぁお前は特別だ」


 “特別”というのは、間違いなくセリーナのことなのだろう。なんだか、施設長の複雑な立ち位置を垣間見た気がする。司祭天職者であるセリーナからの覚えは良くしたいけれど、決して睨まれたくはない――そんな心情が見て取れるようだった。


「前回の成果を受け、同じ依頼者からお前に指名依頼が来た」


「シメイイライ……」


 ここに来て数ヶ月、初めて聞く単語をオウムのように繰り返す。


「指名依頼は報酬も評価も高く、遂行すれば依頼主が免罪状の推薦人や保証人になってくれる可能性もある。やって損はない物だ」


 僕としてはまず制度その物の説明が欲しかったのだが、施設長は依頼を受けるメリットのみを語った。


「今回の依頼は荷物を運ぶことだそうだ。場所や日時については後で依頼書と地図をくれてやろう」


 こちらがまだ返事をしていない内から、中身の説明に入る施設長。


 まぁ、どうせ“特殊”で危険な汚れ仕事をやらされるなら、報酬も良く免罪状にも有利だという“指名依頼”を断る理由はない。


 ただ、受けるに当たって確認したいことはある。


「あの、今回の仕事でも襲撃される可能性はあるんでしょうか?」


 前回は危うく顔見知りに殺されかけたのだし、施設側にも規則や守秘義務などはあるだろうが、聞けるのであれば聞いておきたい。


「それについては分からんな」


 施設長はキッパリと答え、面倒そうに続けた。


「この施設が国から許されている仕事は、日々匿名で持ち込まれる数多くの依頼者からの大小様々な依頼を受け、その依頼を遂行しうる罪人職に対し斡旋することのみだ」


 あくまでも、施設の仕事は斡旋までだと前置く施設長。


「施設の方で仕事の運びなどを調整したりはせん」


 前回僕がもらった依頼書に書かれた警備状況などの情報も、全て依頼者からによるもので、施設は一切関わっていないと言う。


「もし仮に、敵対している依頼者同士が居たとして、同じ場所への襲撃と防衛の依頼が出された場合でも、我々は一律に受理してそれぞれを適当な罪人職に回すだけだ。基本的にそれ以外のことには何も関知せん」


 まさに僕とアレックスが演じた攻防がそれだったのかもしれない。僕らの背後にも敵対する依頼者が居て、襲撃と防衛、盗みと殺し、そういった形で依頼が回されたと考えられる。


 また、施設長が言った“それ以外は関知しない”というスタンスは、“特殊”の仕事で怪我をしたクレアさんへの対応を見た際にも感じたことだ。


 “特殊”の仕事は実質命令であるわけだし、実行する身としては仕事で負った怪我の手当くらいはしてほしいと思ってしまうが……。


 すると、僕の考えを見透かしたのか、施設長が忌々しそうに鼻を鳴らす。


「ふん――罪人職は一度施せばそれが当たり前だと思う。それが原因でかつて大規模な暴動も起きた。あの時は、罪人職にも親切だった修道女や真面目な警備兵からも死者が出たのだ」


 そう吐き捨てて、施設長が鉄格子の嵌った施設の窓に目を向ける。


 なるほど、この施設が要塞のように堅牢なのは、そうした忌まわしい過去があるからなのだろう。


「それ以降、王都も我々も罪人職の取り扱い方を改めた」


 施設長が冷たい目でこちらを睨む。


 彼からすれば、僕もまた軽蔑し警戒するべき犯罪天職者であることに変わりない。


「チッ――話は以上だ、依頼書は追って届けさせる。もう帰れ、罪人職」


 凄惨な過去に何かあったのか、施設長の圧力に追い立てられるように、僕は部屋を後にした。


 その後、一階にある“一般”仕事の掲示板を見てみたが、めぼしい物は取られてしまっていた。やはり早朝か、前日の仕事終わりに取らないと駄目らしい。


 仕方なく施設を出ると、妙に落ち込んでいる自分に気が付いた。


「はぁ……いや、まぁ、あれが普通の反応だよね……」


 施設長のこちらを睨む冷たい目が思い出される。


 ここ最近、慈悲深いセリーナや同じ犯罪天職者のクレアさんの優しさに触れていたから、僕の中でも知らず知らずの内に甘く考えていたのかもしれない。


 しかし、世間一般では、犯罪天職者に対する施設のあり方や最後に見せた施設長の反応こそが普通なのだ。


 そもそも僕だって、恋人や友人でさえも離れて行くのを実際に経験しているじゃないか……。


「とにかく、今はもらった仕事を頑張ろう」


 こんな僕が少しでも真面になるためにできることは、もうそれしかない。


 落ち込みそうになる気持ちを何とか奮い立たせて、僕は小屋へと戻ることにした。


 朝には三人で来た道を一人で歩くその道すがら、ふと思う。


 そういえば、ローザとエミリオも王都に来ているって言ってたけど、今はどうしているんだろう?


 確執ができ、立場が変わり、すっかりと遠い存在となってしまった二人だけれど、そんな二人のことが、少しだけ気になった――。




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