第20話『盗賊の仕事Ⅱ』





 目測で放り投げた金属片は、大きな放物線を描いて遠くの道端に転がった。


 その地面に激突する際の金属音は、ほぼ狙い通りのタイミングで僕の着地音を掻き消して守衛の注意を反らしてくれた。


 僕は飛び移った倉庫の屋根で呼吸を整えつつ階下の様子を窺った。


 すると、地上の正門付近では、二人の守衛が見るからにやる気のない緩慢な動作で金属片が落ちた方へと確認に向かうのが見て取れた。


 ならば、今の内に屋根に付いた天窓から倉庫内の様子を探りつつ侵入を試みようじゃないか。


 僕は屋根に並ぶ明り取り用の天窓の中から、換気用途も兼ねた開閉可能な窓を見付け出し、そこから内部を覗き込んだ。


 倉庫内は照明が落ちているために薄暗いが、見回り用か非常用か、一カ所だけカンテラが置いてあり、ぼんやりと室内を照らしている。


 中を見たところ、倉庫は二階建ての高さではあるのだが、内部は屋根から一階まで吹き抜けとなっており、実質一階建ての構造であった。


「はぁ、早速ミスったなぁ……」


 思わずぼやいてしまう。


 外観からは分からなかったこととはいえ、この構造ならば危険を冒して屋根に飛び移ったのは余計だった。素直に裏手の小道から侵入すれば良かったのだと、ここに来て後悔する。


 でも、かと言って、今さら地上に降りて別の侵入経路を行くのも時間が掛かって現実的じゃない。


 少し悩んだが、結局僕はこの天窓から内部へと侵入することに決めた。


 天窓から室内へと身体を滑り込ませれば、ちょうど屋根の高さで宙吊りの状態となる。


 天職やスキルの効果があっても、さすがに肝が冷える高さだ。


 僕は宙吊り状態のまま、慎重に腕だけの力で内部の骨組みを伝い壁際のキャットウォークへと降り立った。


「はっ、はぁー……っ」


 止めていた呼吸を再開し、肺から絞り出すように安堵の溜息をつく。正直、生きた心地がしなかった。スキルの補正を超える恐怖と緊張があった。


 しかし、一息つくのもそこそこに、僕は梯子を使って一階へ。


 そして、久しぶりに地上に降り立ち目にした物は――。


「これ、馬車か……?」


 車輪や扉が外された馬車の客室部分が倉庫の中央に鎮座していた。


 どうやらここは、馬車の整備工房か何かであるらしい。よく見れば、大きな工具や部品類が壁に掛けられている。


 荷物を奪った犯人は、なぜこんな場所に運び込んだのか。整備や修理を終えた馬車にでも紛れ込ませて、奪った物をどこかへと運び出す算段だったのだろうか。


「いや、僕が考えても仕方がないことか……」


 きっとこれだけの危険を冒しても、犯罪天職者たる僕の立場ではその辺りの疑問一つ解消することはできない。


 怪我をしたクレアさんへの対応からも施設のスタンスは明らかで、あくまでも施設側が行うのは紹介までで、“特殊”の仕事にも、実行犯である僕らにも、表立って触れるつもりはないのだろう。


 そうして、改めて自分の立場の危うさを自覚したところで、そろそろ本格的に荷物を探さなければならない。


 僕はウダウダと考えている内に暗がりに慣れた目で、依頼書にあった荷物の外観を思い出し捜索を開始した。


「ない……」


 しばらく探してみたけれど、そう簡単には見つからない。


 探し物ができるスキルでもあれば良いんだけど、そう都合良く便利な物があるはずもなく、さすがに焦りを感じて来た。


 しかし、倉庫内は作業場であるためにスペースが広く取られていて整理整頓もされており、もう探せるところもあまりない。


「僕だったら、どこに隠すだろう……?」


 今一度ゆっくりと作業場全体を見回すと、改修中の馬車が目に入った。


 え、まさか、本当に?


 さっきは詮無きことと切り捨てた考えだったため、馬車は外観をざっと見回しただけで細かく探してはいなかった。


 だから、今度こそ改修中の馬車をよくよくと探してみると――。


「うぁ……本当に、あった……っ」


 思わず顔が引き攣った。


 御者台の下に、依頼書に掛かれていた特徴そのままの鉄製鍵付き書簡箱が隠されていたのだ。それは、一見すると御者が守る金庫のようでもあるし、知らなければ違和感もなく誰も気付かないであろう外観。


「はぁ、また無駄足を踏んでしまった……」


 今までの捜索は何だったんだとガックリと両肩が落ちる。今日はなんだか、無駄足や遠回りばかりをしている気がしてならない。


 今後も“特殊”の仕事がこんな内容なのかは分からないけど、この不手際は留意しておこうと思う。盗みに対して前向きになるわけじゃあないけれど、毎回こんなにもたついてたんじゃ命がいくつあっても足りないよ……。


 僕はクレアさんが奪われたと思しき荷物を盗り返し、それを布で包んで袈裟懸けに背負う。


 さぁ、後はここを去るだけだ。


「さて、じゃあどうやって出ようか」


 侵入経路である天窓を見上げるが、あそこまで戻るのは危険が大きい。かといって、守衛もいる正門へと続く正面出入口から出るわけにもいかない。


 僕はぐるりと今居る一階部分を見回して、建屋の裏手側に位置する小窓に目を付ける。確かあの窓の向こうは、狭い小道になっていたはず……。


 少し場当たり的とは思ったけれど、僕はそこから外へと出ることにした。


 その小窓をそっと開ければ、そろそろ空が白み始める頃合いか、少し湿っぽいような朝靄の匂いが立ち始めていた。


 外はまだ薄暗く詳しい様子は窺えないが、スキルや天職の感覚性を以ってしても異常は感じられない。


「よし、帰ろう……」


 口の中で呟いた。


 しかし、今日は侵入経路から奪われた荷物の在処など、とことん選択に恵まれていないらしい――窓枠に足を掛け、外へと身を乗り出した瞬間だった。


 まるで背筋を舐め上げるような悪寒を感じ、咄嗟に自身の頭上へと視線を走らせる。


 すると目の前で、凄まじい風切り音と共に鈍く輝く銀色が一閃した。




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