第19話『盗賊の仕事Ⅰ』





 “一両日以内に奪われた荷物を奪還すること――”


 それが、僕に与えられた“特殊”の仕事内容だった。


 依頼書には奪われた物の外観から運び込まれた場所とそこの警備状況までが記されており、ここまで分かっているのなら誰がやっても同じだろうとも思ったが、その誰かが僕なのだろう。


 そうした取り留めのないことを考えながら、夜の王都を駆け抜ける。


 減速することなく地を這うように疾走し、自分の背丈よりも高い塀を三角飛びで越えて、密接する建物同士の壁面を左右に蹴って蹴って二階三階の高さを移動する。


 運動はできる方だと自負していたけれど、さすがにこれは行き過ぎだ。まるで夢の中のように身体が軽い。


 僕は移動しながらも、自分の内に意識を集中させてみる。


 すると、やはりスキルを使っていたようだ。


 スキル『軽業』


 自分の筋肉と関節が、その稼働限界ギリギリで駆動し続けるような動きの連続に、少し後が恐くなって来る。


 筋肉痛くらいで済めば良いんだけど……。


 それこそ、何か後遺症にでもなれば今後に関わる大問題だが、それでも僕の手足は淀みなく動いて止まらない。


 確かに、多くの建物が密接し迷路のように入り組んだ王都の中を移動するにはこの方法が一番早く、時間もない現状の移動手段としてはもってこいだ。


「っ――そろそろかっ……!」


 僕は家屋の屋根から飛び降りて、地面を転がりながら衝撃を殺す。


 そうして、貧困街からほぼ直線距離を進み、王都の外れにある古い倉庫街までやって来た。


 ここに、奪われた物が運び込まれたという場所があるらしい。


「ふぅ……ここからは歩きだな」


 服に着いた埃を払い、落ち着き払った足取りで倉庫街へと入って行く。


 本来ならば、緊張し、恐れ戦き、盗みを行う罪悪感に駆られて然るべき場面なのに、僕の胸中はやはり落ち着いていて、それどころか妙な安心感さえ覚えている。


 おそらく前者は天職による補正だとして、後者の方はきっと彼女のお陰だろう。


 脳裏で、あの輝くような白金の長髪がなびいた。


 僕が感じる心の安寧は、もう会えないと思っていた幼馴染との再会と、彼女の変わらぬ優しさに触れたからに違いない。


 客観的に見れば、まるで母親に会えた迷子のような心境にも思えて、それはあまりに情けない上に含羞極まりないことである。


 そんなの絶対に認めてなるものかと思う反面、事実としてセリーナと再会できて安心してしまっている自分がいる。


「はぁ、惚けて失敗しないようにしないと……」


 そう溜息交じりにぼやくけど、仕事前にこんな下らないことで頬を熱くしている時点で、余計な力が抜けて平静を保てている証拠なのだと思いたい。


 そうこうしている内に、依頼書にあった目標の古ぼけた倉庫を遠目に視認した。


 見張りが居る可能性も考慮して、直ぐに脇道に逸れて身を隠す。


 物陰に入った僕は、持参したキャスケットを目深にかぶる。正直、これをかぶるとなんだか子供っぽく見えるから、本当ならばあまり身に付けたくはない。


 そして、への字になった口元を大きめのハンカチを巻いて隠せば、いよいよ夜遊びで悪戯をしに来た小僧の出来上がり……。


 ま、まぁ、身元がバレないっていう点では良いことだ――と思いたい。


 無理矢理に納得させて、僕は深呼吸を一つ。


 すると、夜の匂いと共に肺の空気が入れ替わり、臓腑に溜まっていた余分な熱が引いて行く。


「よし――」


 移動の途中も考えていたことだが、やはり隣接する倉庫から目標の倉庫へと飛び移っての侵入経路を取ることにする。


 僕は再び塀に上って壁をよじ登り、倉庫の屋根伝いに目標へと近付いた。


 そして、隣接する二階建ての倉庫の屋上から目標の周辺を見下ろせば、その正門に年寄りと思しき守衛が二人いるだけで、それは事前の情報通りであった。


 これらの状況や情報については色々と疑念が尽きないが、それはきっと僕の立場では知ることのできないことだろう。


 そもそもが、取られた荷物やら事件の詳細やら依頼の背景やらの一切を聞かされていないため、情報が無さ過ぎて悩むこともできない。


「まぁ何にせよ、やることは変わらないんだ」


 王都に到着した初日に、家を案内してくれた黒服も言っていたことだけど、犯罪天職者の逃亡後の事例と免罪状のことだってある。


 結局長い目で見れば犯罪天職者に他に行くところなどなく、免罪状のことも考えれば王都で仕事をこなして行くのが合理的だ。それが、どれだけ危険で汚い仕事であっても――。



『まぁ、王都に行って自分の目で見てくりゃ良いさ』



 頭の中では、僕が初めて出会った盗賊の言葉がこだまする。


 あのときの彼の冷え切った表情は尋常ではなかった。


「ははっ……そういうことかい、ライアン……」


 きっと彼も王都に真面な仕事を求めてやって来て、それは深く絶望したことだろう。


 僕だって、一人きりだったら間違いなく現実に打ちのめされていた。


 だから、そういった意味でもセリーナとの再会は、僕にとってはこの上ない救いをもたらしてくれたのだ。


 その事実には本当に頭が下がる思いで、僕は今後、教会が祀る女神様ではなく彼女に対して祈りを捧げるべきかもしれない。


 「なにか、セリーナに恩返しができれば良いんだけどなぁ」


 もちろん、行動でも言葉でも、今できる感謝は尽くさせてもらうけど、それだけじゃ僕の気が収まらない。


 きっとこんなことを口に出して言えば、セリーナ本人はまた不機嫌になってしまいそうだから、今は僕の胸の内だけで思っておくことにする。


 なにはともあれ、今はとにかく免罪状をもらえるように頑張って、早く真面な身分にならないと――。


 僕は救いの幼馴染に思いを馳せつつも、抜け目なく目標の倉庫を観察し、侵入経路を見定めた。


 そして、己の内に意識を集中させスキルの発動を待つ。


 スキル『無音歩行』『軽業』


 僕は、二つのスキルの同時並列発動を行った。


「んっ……」


 さすがに処理が重いのか、膝が微かに痙攣している。


 しかし、これから倉庫に入って荷物を探すことも考えると、いつまでも落ち着くのを待ってはいられない。見切り発車も良いところだが、覚悟を決めた。


 今居る倉庫の屋上から目標の倉庫までは、およそ荷車一台分の距離である。


 通常でも飛べない距離ではないが、極力物音を立てないようにとなると難しい。


 そのため、飛ぶ瞬間に物を投げ、着地音を誤魔化す手に出ようと思う。


 僕は見付けておいた金属片を手に持って、音のしない足取りで数歩下がり、引き絞った矢の如くに力を貯めて、やがて一気に飛び出した。


 十分な助走を付け、最後の一歩を踏み切った僕は、同時に金属片を遠くに放り投げた――。




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