閑話『盗賊の彼』
王都までの道のりは何事もなく、というか、私みたいな田舎者の小娘に専用の馬車と世話役まで付いて、かえって気疲れしてしまった。
道中を共にしたローザやエミリオやミカエル様は、本当に終始騒がしくって、でもそのお陰なのか、ミカエル様は町に居たときほど私を妾に勧誘して来なくて助かった。
後から聞いた話だけれど、あれはどうも本気の勧誘だったらしい。
もしかして、ローザとエミリオには感謝しなくてはいけないのかしら……なんて、妙に納得のいかない気持ちになったりもした。
そんな旅路を経て、いよいよ王都に到着すると、私は直ぐに教会本部にて司祭教育の説明を受ける運びとなった。
『司祭天職は、祈り願うことが力となって奇跡を起こすのです』
教育係である現職の司祭様がそう言った。
それに対して私が疑問符を浮かべていると、つまり司祭天職のスキルは祈ることで発動するのだと教えて下さった。
なんでも過去には、伝染病の特効薬を生み出したり、食糧難の時代に画期的な肥料を開発した司祭様も居たらしい。
正直、それはおとぎ話だと思ったけれど、私は早々に司祭天職のスキルというものを実感することになった。
司祭教育の一環として、王都での奉仕活動があり、その行き先として“教会支部での奉仕活動”、“孤児院での奉仕活動”、“貧困街施設での奉仕活動”、の三つが提示された。
最初は慣れ親しんだ孤児院にしようかと思ったけれど、教育係の司祭様が「祈りを捧げて啓示を得るのです」というから、その通りしてみた。
私が祈り願うことは、故郷で別れた彼のこと。王都までの道中だって、彼の安全と成功を願わない日はなかった。
いつものように胸の前で手を組み合わせ、
『あの、すみません……仕事道具を貸してくれませんか?』
彼の、レナードの声が聞こえた。
私はハッとして目を見開き、彼の姿を求めて辺りを見回した。
しかし、そこは教会本部の一室で、目の前には教育係の司祭様。
今のは、何だったのだろう……白昼夢か、幻か、それとも私の願望から出た妄想か……でも、それなら今私が“知り得たこと”は……。
『どうやら、啓示を受けたようですね』
司祭様は一つ頷いて、こう続けた。
『かつて、疫病の特効薬を生み出した司祭様も、画期的な肥料を開発した司祭様も、原理は皆同じです。司祭天職者は、他者のために祈り願うことでそれに必要な知識と技術を得ることができると言われています』
それは太古の昔、天職がまだ才能と呼ばれ、もっと曖昧だった時代、突然の閃きだったり、何をやらせても一定以上の結果を出すような“天才”と呼ばれる者が極少数おり、それが現代の希少天職者ではないかと言われているらしい。
教育係の司祭様は、その話を引き合いに、“貴女は天才かもしれませんね”なんて畏れ多いことを言いながら、再び奉仕活動の行き先を尋ねてきた。
私はもう全てのことに戸惑いながら、でもそれ以上の期待に胸を膨らませる。
だって、本当にレナードに会えるかもしれない。
だから、私は迷わずその行き先を懇願した――。
◆
そして、貧困街にある教会施設。
司祭天職のスキルだという白昼夢に従ったことで、念願の彼との再会を果たすことができた。
数か月振りとなる彼は、少しだけやつれてしまったように感じたけれど、やっぱり変わらぬレナードだった。
驚きと喜びと安堵が順々にやって来て、涙さえ出そうになる。
でも、目を丸くして子供みたいな表情で固まるレナードを見ていると、なんだろう……離れていた分、愛しさと可愛さが余ってなのか、急に意地悪したくなってしまった。
うん、そうよね、勝手に居なくなったお仕置きもしないとだもの――と、自分の欲求に理由を与え、私はにっこり作り笑いで、彼を追い詰め始めた。
「――うふふ、久しぶりねレナード?」
そして、終始弱った表情のレナードにちょっと良くない類の気分の高揚を覚えながらも、その日の彼の仕事終わりに再び会う約束を取り付けた。
だから、今夜はたくさん話をして、昔みたいに甘えるのも甘えてもらうのも良いかもしれない――なんて、私は一人で含み笑いをしていた。
けれど、結局この日の約束は果たされず、日が沈む頃に急いで帰って来てくれたレナードは、犯罪天職者への“特殊”の仕事と、その連帯保証に関することで施設長に呼ばれてしまった。
私は教会本部で聞いた犯罪天職者の仕事の概要を思い出し、一気に不安と焦りが噴き上がった。
“本来誰もやりたがらない普通の仕事”と“本来誰もやってはいけない裏の仕事”――それが犯罪天職者の仕事であり、後者は“特殊”と言われ、その危険度は桁違いだと聞かされた。
それが、レナードに依頼されようとしていたのだ。
だから、私は無理を言ってレナードに同行し、司祭天職の威光を使ってでも仕事の詳細を聞き出そうとした。結局、それは叶わなかったけれど……。
私とレナードは終始無言で施設長の部屋から受付まで戻り、するとレナードが口を開いた。
「ごめん、セリーナ。僕は小屋に戻るよ」
きっと、“特殊”の仕事に失敗し、怪我をしてしまったという人を心配していたのだと思う。
彼の仕事のパートナーで、共同生活をしているという女性……何も思わないと言えば嘘になるけれど、それ以上に、レナードに関することで部外者という立ち位置は二度とご免だった私は、躊躇なく同行を願い出た。
そして、レナードに手を引かれて駆ける貧困街。
やがて辿り着いたのは、煤けた建物の屋上に建てられた二つの木造小屋。
私とレナードは一緒になって片方の小屋に踏み込んだ。
すると、狭い小屋の中でうずくまる女性の姿。
正直、最初にその彼女の怪我を見て思ったことは、自分の手には負えない――ということ。
でも、小さなロウソクに照らされた迷子のような表情のレナードを見た瞬間、私は動き出していた。
故郷で家畜の皮膚なら何度か縫ったことはあるけれど、人間相手には骨折の添え木程度が精々で、私に医術の心得なんかありはしない。
それなのに、流れるように手が動き、物事を冷静に判断できたのは、やっぱり天職の成せる業なのかもしれない。
やがて治療を終え、女性の容態が落ち着くと、私はレナードと二人で夜空の下へ。
そこで、他の女性のことで私に向かってお礼を言うレナードに対して、つい拗ねた態度を取ってしまったけれど、きっと真意は伝わっていない。
レナードは、私の機嫌を取るための言葉を探してくれているのか、そわそわしながら視線を彷徨わせていた。
その愛らしい姿に、改めて思う。
幼い頃からみなしごであった私に、兄のような頼もしさと弟のような愛らしさで以って、家族の温かさ、そして、恋心を教えてくれた彼。
そんな彼に対する私の情念は、自分でもどうか思うくらいに重い。
だからこそ、ずっと抑えてこの胸に秘めてきた。
しかし、それがどうだろう。レナードも、ローザも、皆して勝手ばかり……。
故郷で勝手に居なくなったレナードと、その後のローザとの激しいやり取りに、私は自分の中の糸がついに切れてしまったのを自覚している。
もう、私は自分が抑えられないかもしれない。
そうなったら、ごめんなさいね、レナード。
胸の内で謝っておく。
だって、今の私は、とても場違いなことを思っている。
夜空の下で、降って湧いた書簡筒。
その中身を見て、“特殊”の仕事の依頼を受け、覚悟を決めて挑むように闇夜の王都を見詰めるあなたの横顔の美しいこと……。
あぁ――そして、故郷からあなたを追いかけて、今やっとこの場面に追いつくことができた。
ならばここからは、直接あなたの成功を祈りましょう。
それがどんなことであれ、あなたが決めたことならば、その成功こそが私の願い。
私が祈り願うのは、いつだってあなたのことなのだから――。
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