第18話『連帯保証』
予期せぬ幼馴染との再会に、思考が完全に停止してしまった。
だって、まさか故郷から遠く離れた王都の貧困街で、セリーナと再会することができるだなんて夢にも思わなかったことだから。
「――うふふ、久しぶりねレナード?」
しかし、セリーナの方はそうは思っていなかったようで、次の瞬間にはにこやかな微笑みと共に優し気な声を掛けてきた。その額に、青筋を立てながら……。
「あ、ぅ……せ、セリーナ……?」
大きな感動とそこはかとない恐怖が、僕の声をみっともなく震わせた。
「ええ、分かるわレナード。久しぶりの再会ですもの。お互いに積もる話もあるわよね。でも安心して?あなたのお仕事が終わるのを待っているわ。だから、ちゃんと帰って来てね?」
甘やかな猫撫で声に、背筋がゾクリとした。これは、かなりご立腹の様子……。
いや、あんな手紙を残して一方的に消えたのだから当たり前だ。それに、慈悲深いセリーナのことだから、こんな僕のことをとても心配してくれたに違いない。
見れば、表面上は笑顔だが、その瞳は隠し切れない潤みを帯びて揺れている。
そんな彼女を前に、僕は尚のこと罪悪感に駆られて息苦しくなった。
「もちろん、帰って来るよ。今度は、必ず……」
今度こそ、固く誓う。
「そう……なら、待っているわね」
セリーナは胸に手を添えながら、今度こそ優しい笑顔で送り出してくれた。
仕事から帰って来たら、きちんと不義理を謝って、気に掛けてくれたことにお礼を言おう。
僕はそう決意して、いつもより心なしか力強い足取りで仕事へと向かうのだった。
◆
いつも通りに日が暮れてから仕事が終了となった僕は、急ぎ施設へと戻る。
「あ、レナード……」
すると、宣言通りにセリーナが待って居てくれた――が、彼女の傍には精悍な顔付きをした黒服の姿。
「君がクレア嬢の連帯保証人のレナードだね?」
どうやら、僕を待って居たのはセリーナだけではなかったようだ。男の口から出た“連帯保証人”という言葉に、不吉な物を覚える。
横に居るセリーナも保証人のことは知っているのか、どこか思い詰めた表情をしていた。
黒服は、そんな僕らの様子など意に介さず、淡々と必要なことを述べる。
「クレア嬢が“特殊”の仕事に失敗してしまってね。そのことで施設長から直々に連帯保証人である君に説明がある。ついて来たまえ」
黒服が踵を返すと、隣に居たセリーナが待ったを掛けた。
「お待ちください。僭越ながら、彼とは私が先約しておりました。ですので、せめて私もその場への同席をお許しいただけませんでしょうか?」
セリーナの声はスッと胸に染み渡り、不思議とそうしなければならない、そうするのが当然という気持ちにさせられる。
「っ――それはそれは、左様でしたか……もちろんです。希少な司祭天職を持つ司祭候補の方であれば、施設長もお許しになられるでしょう」
黒服は深々と礼を取り、素直に案内を始めた。
そうして案内された部屋で僕らを出迎えたのは、恰幅の良い中年の男だった。
「やっと来たか、罪人職がこの俺を待たせるなど――ん、おお!これはこれは、司祭候補のセリーナ様ではないですか、どうされたのですか?」
男は悪態をついたかと思えば、急に破顔して大げさな反応で驚いて見せた。
「様はお止めください、施設長。私はただの修道女です……」
セリーナが困ったように申し出るが、施設長と呼ばれた男は小さな釣り目を狡猾そうに光らせて答える。
「いやいや、将来の司祭様に不敬があってはいけませんからなぁ、はっはっはっ!」
今の内から覚えを良くしておこうという算段なのか、それとも逆に距離を取っておきたいのか、男はその態度を崩さなかった。
「して、どのようなご用向きで?」
その言葉に、セリーナは折り目正しく丁寧に頭を下げる。
「突然押し掛けてしまい、申し訳ございません。実は彼とは先約しておりまして、不躾とは思いましたが同席させていただきたくお願いに上がりました」
男は一瞬目を見張ったが、深くは尋ねずに再び胡散臭い笑顔で頷いた。
「なるほど。であれば割り込んでしまったこちらが不躾でしたな。しかし、緊急でありましたもので……もちろん、同席して頂いて構いませんとも」
そこからは、仕事の話に移った。
クレアさんが失敗したという“特殊”の仕事とは、荷物の運搬だったらしい。用意された荷物を、ある地点からある地点へと運ぶだけの簡単な仕事。
「ですが、途中で邪魔が入ったようでしてな。受注した罪人職は途中で襲撃にあって荷物を奪われる事態に……」
溜息交じりに首を振る施設長は、終始セリーナに向かって丁寧に説明をしていたが、その言葉は聞き捨てならなかった。
「襲撃っ……!?あ、あのっ、クレアさんは無事なんでしょうかっ……!?」
僕は反射的に口を挟んでしまう。
するとその瞬間に、施設長と傍に控えた黒服の鋭い眼光がこちらを射抜いたが、セリーナが僕の意を汲んでくれ、その方はご無事なのですか?と同じ質問をしてくれた。
「……申し訳ありませんが、そこまでは報告が上がって来ておりませんな」
施設長は肩を竦めながら答えて、今度は僕に向かってこう続けた。
「君には連帯保証人として追って仕事の通達がある。いつでも動けるように待機しておくように――」
用は済んだと退出を促される。
いや、促されずとも僕は今すぐにでも小屋に戻りたい気持ちだ。
セリーナはその後にも仕事の詳細やら危険性やらを聞き出そうと食い下がったが、施設長も規則で詳細は知らされていないとの答えが繰り返された。
結局、僕とセリーナは焦りと不安を抱えながら施設のホールまで戻って来た。
「ごめん、セリーナ。僕は小屋に戻るよ」
クレアさんが心配でならない。先ほどの彼女の安否を確認する質問に対する施設長の受け答えに嫌な物を感じたのだ。
僕が居ても立ってもいられずに駆け出そうとすると、セリーナが言った。
「待って、私も行くわ。司祭のスキルが役に立つかもしれないし、今薬を取って来るから」
セリーナが受付の方へと駆けて行く。
参った……セリーナの方が余程落ち着いていて的確じゃないか。
僕はこの身一つで帰ろうとしていた子供のような自分を恥じつつも、すぐに戻って来たセリーナと共に夜の貧困街を駆ける。
そして、セリーナを伴い煤けた三階建ての屋上へと帰って来た。
「クレアさん!」
僕は返事のない彼女の掘っ立て小屋の扉を開け放つ。
そこには――。
「っ……ぁ……」
真っ赤に染まった布で片腕を押さえうずくまるクレアさんの姿があった。
その凄惨な光景に、呆然としてしまう。
「っ……レナード、お湯を沸かして。それと、ロウソクもこれじゃ足りないからお願い」
セリーナが持って来た鞄から薬や布を取り出し始め、僕もハッとして弾かれたように動き始める。
クレアさんの治療は、司祭にスキルなのかセリーナによって僕の理解の及ばないレベルのところで行われ、夜中まで続いた。
「ふぅ、出血も止まって消毒と化膿止めも済んだし、本人も落ち着いて寝ているから一先ずは大丈夫そうね」
クレアさんの小屋から出て、二人してほっと一息つく。
セリーナが居てくれて、本当に良かった。僕だけでは、きっと何一つできなかっただろう。
「セリーナ、ありがとう。なんてお礼を言って良いか……っ」
感極まって声を震わせる。みっともなくたって、構うもんか。
しかし、セリーナは少し拗ねたように唇を尖らせる。
「それ、なんか嫌だわ。どうしてレナードがお礼を言うの?それじゃあ、なんだかまた私が部外者みたいじゃない」
何かお気に召さなかったらしい。
僕はどうしたものかと言葉を探しつつ視線を彷徨わせると、自分の小屋の前に何かが置いてあるのに気が付いた。
「あれ、さっきはこんなの無かったのに」
近付いて拾い上げたそれは――筒だ。
「レナード、それって書簡筒じゃないかしら……?」
セリーナがどこか硬い声で呟いた。
それでピンと来る。なるほど、さっき施設長が言っていた仕事の通達というやつか。
僕は書簡筒を開け、中身を確認する。
――――………。
そうか、これが実質命令の“特殊”の仕事っていうわけか。
ついつい皮肉と自嘲に口角が吊り上がる。
「レナード、行ってはダメ、行かないで。こんなの危険だわ。私が、何とかするから、お願い……っ」
ありがたい申し出だけど、僕とてセリーナに無理や無茶はしてほしくない。それに、僕がこの仕事から逃げたらクレアさんはどうなるのだろう。
やるしかない。
そう覚悟を決めると、急激に頭が冷えてくる。
「セリーナ、仕事から帰ったら、懺悔したいことがたくさんあるんだ。良かったら聞いてほしい」
「レナードぉ……っ」
言葉の意味を察したのか、セリーナがか弱い声を出す。
普段なら、珍しいとも愛らしいとも感じるだろう彼女の反応だが、今は何も感じない。それは“仕事”に必要がないからだ。
そう、これは僕の仕事だ。薄汚い盗賊の仕事。僕の本領だ。
思考と精神は十分に冷えている。
さぁ、夜が明ける前には終わらせよう――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます