第17話『再会』
ネズミと害虫駆除の仕事は、根気がいる上に重労働だった。
床に這いつくばったり家具を退かしたり、逃げるネズミや害虫を中腰で追い回したり……。
しかし、初日の成果としてはまずまずの手応えで、小さな仕事だが施設からも成果に対してお墨付きをもらえた。
ちなみに、報酬の方は大衆食堂を一度利用すれば飛んでしまう程度であり、やはり仕事というよりは奉仕活動に近い物なのだろう。
ならば、生活のためにも免罪状のためにも、とにかく数をこなすしかない。
僕とクレアさんは、ネズミや害虫駆除、便槽掃除、下水掃除、ときたま地下掘削工事などの仕事を精力的にこなした。
そうして一ヶ月もする頃には、貧困街での生活にもだいぶ慣れて来ていた。
「とりあえず一ヶ月間、お疲れ様でした」
「あっ、はい、お疲れ様です……!」
僕とクレアさんの小屋の間に置かれた小さな炊事場にて、肉の串焼きと薄めた葡萄酒で乾杯をする。
実はクレアさんと食事を取るのは初日の夕食以来であり、普段は起床時間も帰り時間も違うため滅多に顔を合わせない。
前に黒服からは、相棒だの監視役だの連帯保証人だのという説明を受けたが、僕らの間は完全にご近所さんといった感じだ。
だから、今日は少しでも情報交換やお互いの素性が分かればと思っていた。
「うへへへ~……れなーろはんはぁ、おろうろにぃ似れるんれふよぉ~」
薄めた葡萄酒一杯で言動があやしくなり、二杯ですっかりと出来上がったクレアさんは、こちらが聞いてもいない事情を饒舌に語ってくれた。
「それれぇ~、わらひはぁ、とびぃーのけっこんをおいわいひたいんれふよぉ~」
なんでもクレアさんには、三年後に成人と結婚を控えた弟さんがおり、そのお祝いをするべく免罪状を取ろうと王都までやって来たらしい。
「お祝いですか……でも、お祝いだけなら免罪状は要らないんじゃないですか?」
聞いた限りでは、クレアさんは故郷の人達からも犯罪天職者だからと迫害を受けていたわけではなさそうだ。
「はひぃ……みんにゃも、ひょう言っれくれまひた……けろ、うひは親なひなのれ……おねーひゃんのわらひが……ひゃんと、おいわひぃ…………」
やがてクレアさんは力尽き、椅子の背もたれを抱くようにして寝息を立て始めた。
クレアさんの家も両親が居ないらしく、その分も姉である彼女が弟さんのお祝いをしたいのだと言う。
泣かせる話、というか、応援したくなる話じゃないか。
とりあえず、今僕がそんな彼女の力になれることは、失礼ながらも彼女を寝台に移動させ、寝起きに飲める水や酔い止めを用意しておくことくらいだろう。
「とびぃ……」
クレアさんが、寝息と共に弟さんを呼んでいる。
それを見て、どうか上手く行ってほしいと思った。
ああ、でもしかし、災難というものは得てして忘れた頃や気が緩んだ頃を見計らったようにやって来る物なのだ。
その夜、クレアさんへの実質命令となる“特殊”の仕事依頼が来たのだった。
◆
翌朝。
「頭痛とか吐き気はないですか、クレアさん?」
「あ、はい。おかげ様で平気です。わたし、酔いやすいんですけど抜けも早いですから。それに、今日のお仕事は夜からなのでそれまでは休めますし、しっかり頑張らないと!」
クレアさんは、初の“特殊”の仕事が来たことと、弟さんのこともあって張り切っているようだ。
それを見て、なんだかこちらまで元気をもらえた気がする。僕も頑張らないと。
「それじゃあ、僕はいつもの仕事に行ってきます。クレアさんもくれぐれもお気を付けて」
「はい、いってらっしゃい。レナードさん」
クレアさんに見送られながら、僕はいつもの“一般”の仕事のために屋上の小屋を後にする。
一ヶ月も同じことを繰り返していれば慣れたもので、僕の足は淀みなく施設の方へと向かう。仕事の前に、仕事道具を借りに行くのだ。
そして、相変わらずの堅牢さで物々しい施設の周りには、早朝から健在な武装警備兵と、ボロをまとい痩せ細った浮浪者達の姿。
その見慣れてしまった光景を尻目に、僕は足早に施設の中へと入って行く。
助けよう――などと安易に思えない。現実的に今の僕にはどうすることもできないし、他人の面倒を見ている余裕もない。
それを言い訳がましく感じるのは、後ろめたさがあるからだろう。
そして、改めて思う。
天職を知ったあの日から、何もかもが変わってしまった。周りの環境も、僕自身も……。故郷の人が今の僕を見ても、僕だと分からないんじゃないだろうか。
せっかくクレアさんから元気をわけてもらったのに、僕の気持ちはすぐに落ち込んで行ってしまう。
「はぁ、仕事前なのに良くないな……よしっ」
無理矢理にでも気を取り直し、僕は大股で歩いて施設の受付へ。
しかし、気合十分で来たのに、その受付は無人だった。
ああ、そういえば、早朝は当番の修道女が少人数で職務に当たっている関係で、他の仕事に追われて受付を外していることも多いと聞いたことがあった。
今だって、金網で隔たれた受付の奥の方からは、ガサゴソと何かを動かすような音が聞こえて来る。
僕は申し訳なく思いつつも、奥に向かって声を掛けた。
「あの、すみません……仕事道具を貸してくれませんか?」
すると、ガサゴソ音が止まって、しばしの静寂が流れる。
しかし、物音は止まれど受付の修道女は現れず、もしかしたら聞こえなかったのだろうか。
僕は何度も申し訳ないと思いつつも、再び声を掛けようと口を開いた――その瞬間だった。
「レナード……?」
耳奥をくすぐり、胸の奥にすっと染み渡るようなソプラノが鳴る。
忘れるはずも、聞き間違えるはずもない、その慣れ親しんだ声に、僕は夢でも見ているんだろうかと思った。
果たして、受付の奥から現れたのは、美麗に煌めく白金の頭髪と涼やかに透き通った碧眼を持つ彼女。
「セリー、ナ……?」
聞き間違えるはずも、見間違える筈もない。
今僕の目の前には、故郷で別れた幼馴染の姿があったのだ――。
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