第16話『貧民街』
僕とクレアさんは別室にて、別の黒服から今後の説明を受けた。
仕事の斡旋は貧民街の教会施設で行われ、その仕事には“一般”と“特殊”の二種類があり、“一般”は施設の掲示板にある仕事を早い者勝ちで自ら選ぶのだが、“特殊”は実質命令であり拒否ができない。
しかし、それでも“特殊”を拒否したり逃げ出した場合には、ペアの人間がそれを肩代わりすることになるらしい。
故に、監視役であり連帯保証人。
「だったら二人で逃げちまおうって奴らもたまにいるが、結局また自分からここに戻って来るか、他で仕事にありつけなくて野垂れ死ぬか、本物の犯罪者になって捕まるか、犯罪者同士の縄張り争いで殺されるかだな」
黒服は事例をいくつか交えながら逃亡者の末路を語った。
ああ、分かっているとも、王都に来るまでにその辺りは勉強した。先のことを考えれば、結局他に行くところなどないのだ。
「だがな、知ってるとは思うが救いもある。ここで真面目に働けば、国から免罪状が発行される。いつになるかは個人次第だが、過去には一年で発行された奴もいるぜ」
免罪状があれば法的には一般人と変わらず、天職を理由に教会での婚姻や病院での治療や学校での教育を拒否されることもなく、真面な仕事にもありつける。
免罪状とはそれすなわち、犯罪天職者の希望であり、犯罪天職者をここに縛り付ける鎖でもあるのだろう。
「よし、あとは貧困街に移動しながら説明してやるから付いて来い」
黒服の先導の下、循環馬車に乗って少し歩けば、地面の土が剥き出しの貧困街へと入り、やがて左右の建物と支え合うように建つ石造りの三階建ての前に出た。
地上から見上げるその建物はかなりの年代物のようで、外壁全体が黒く煤けており元が何色だったのかも分からない。
「あの、ここは?」
僕は堪らず黒服に尋ねた。
「ここに今後のお前らの住処がある」
ニヤリと笑った黒服の答えに絶句してしまう。
僕らは人が一人やっと通れるくらいの狭い階段を上り、最上階であるはずの三階をも通り過ぎて、屋上までやって来た。
「はぁ、ふぅ……こ、小屋……?」
階段がキツかったのか、クレアさんが息を乱しながら呟く。
彼女の言う通り、屋上には木造の掘っ建て小屋が二棟並んでいた。
一棟辺りだいたい三メートル四方ぐらいだろうか? 小屋の間にはレンガを積んだ小さな釜戸や水瓶なんかも置いてある。
「お前らあの部屋から一番最初に出て来て良かったな。実は住処は早い者勝ちってことになってんだよ。こんなでも王都の罪人職からしたら良い方なんだぜ?」
なんでも酷いところでは、道端に天幕だの、下水管の中だのというところもあるらしい。
「レナードさん、ここで頑張ってみませんか……? わたし、どうしても免罪状が必要で……」
主張するタイプではないと思ったけれど、切実な表情で訴えてくるクレアさん。もちろん、こちらにも異存はない。
「あ、はい。僕もそれが良いと思います」
どうせ普通の部屋を借りたところで、何かの拍子に犯罪天職者だとバレてしまえば追い出される上に違約金だって取られる。そもそも他に選択肢など無いのだ。
「決まりか? じゃあ、最後に仕事の紹介をする施設を見て終わりだ。さっさと行くぞ」
また黒服の先導に従って、一階まで降りてしばらく道を行けば、周りのボロい建物とは明らかに違う石壁の塀と鉄格子の門に守られた堅牢かつ巨大な建物が見えて来た。
そこには武装した警備兵に監視塔まであって……まるで要塞のようなこの建物こそ、仕事の斡旋を行っている教会施設であるらしい。
物々しい雰囲気に唖然として建物を見渡せば、塀に沿って力無く座り込む無数の浮浪者達が目に入る。
「おい、死にたくなかったら道端に転がってる奴らには近付くなよ。そいつら大概なんかの病原菌にやられてやがるからな」
先を行く黒服が、お前らも下手扱くとこうなるぞ、と凄惨な笑みを浮かべて振り返って来る。
それを聞き、ここがどういう場所なのか、また一つ理解が深まった。
「そんじゃあ説明はここまでだ。まぁ精々頑張れや」
黒服は用は済んだと警備兵を連れてさっさと行ってしまった。
残された僕は急激に不安が膨らみ、そしてそれはクレアさんも同じようで、無意識だろうが震える手でまたこちらの服の裾を掴んで来た。
「えっと……とりあえず仕事の方を見てみましょうか?」
ここで立ち尽くしていると、かえって目を付けられそうだ。
僕はクレアさんを牽引するみたいにして施設の中へと入って行く。
高い吹き抜けの天井に壁一面の掲示板、金網で守られた受付とそこら中にいる警備兵……見たことはないけれど、刑務所というのはこんな感じなのかもしれない。
僕はクレアさんを伴って掲示板の前に立つ。
いったい、どんな仕事があるのだろう?
『ネズミ、害虫駆除』『便槽の清掃』『浮浪者遺体の引き上げ』『下水清掃』『新薬の実験体』『地下掘削工事』……などなど。
予想はしていたけれど、どれも病気やケガや死の危険が伴う誰もやりたがらない仕事ばかりだった。
「あ、あの……ご迷惑だとは思いますけど、どうか最初は同じお仕事をして頂けませんか……? わたし、不安で……その、お願いします……」
その発想はなかったし、不安なのは僕も同じであるため願ってもない申し出だ。
「はい、こちらこそお願いします。それで、どれをやってみましょう?」
遺体の引き上げや実験体は無いとしても、それ以外からも僕は選ぶことができそうにない。
「……お掃除か、駆除の仕事はどうでしょうか?」
意外なことに、クレアさんは虫も平気であるらしい。なんでも、暖かい地方の田舎出身らしく見慣れた物だそうだ。実に頼もしい。
僕とクレアさんは、駆除の仕事を受けてみることにした。
「ネズミ害虫駆除でしたら、貸出料は掛かりますけどこちらの仕事道具がおすすめですよ」
修道服を着た受付嬢から、ネズミ捕りや毒餌などがセットになった道具を勧められた。
というか、さっきの黒服もここは教会施設って言ってたけど、受付まで修道女がやっているんだな……。
受付の修道女からの説明を聞きつつも、僕の脳裏に浮かぶのは、やはり自分が知る修道女セリーナのこと。
故郷では黙って出て行く不義理をしてしまったけれど、ここで頑張って免罪状を手に入れれば、いつか再会することがあったそのときには、彼女は僕を許してくれるだろうか。
「いや、くれないよなぁ……」
きっと、それはそれだときっちり叱って来るだろう。
僕は含み笑いをして、仕事に向かうことにする。
不安な気持ちは、少し和らいでいた――。
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