第15話『王都にて』





 およそ半月の旅路を経て、僕は王都へと辿り着いた。


 金に糸目を付けず、途中で馬車を借り切ってでも最短距離を進んだのが良かったのだろう。結果的に早く、そして思ったよりも安く王都入りを果たせた。


「す、すごいなぁ」


 初めての王都は圧巻だった。


 断崖絶壁の城壁がぐるりと巨大な都を囲み、天に向かって伸びる高い建物と、それらの中心にして頂上の如くそびえ立つ王城。


 また、そこに行き交う人々も様々で、国中から人や物が集まっているのが見て取れる。


 物珍しさに目移りしてしまって、傍から見れば僕が田舎者だと丸分かりだろう。


「僕は、ここで暮らしていくのか……?」


 期待よりも不安の方が遥かに大きく、こんなことなら、もっと王都について勉強しておくんだった。


 こんなとき、しっかり者のセリーナが居てくれたら……なんて、人恋しさと里恋しさから、つい慈悲深い幼馴染に縋りたくなってしまう。


 しかし、彼女はここに居ないし、僕みたいな罪を重ねた犯罪天職者が関わってはいけない。そもそも人に迷惑を掛けないように、一人で生きて行こうと王都までやって来たんじゃないか。


 頭を振って弱気と甘えを振り払い、僕はまず職業斡旋を行っている場所を知るべく、馬車の発着場の受付にて役所の場所を尋ねてみることにした。


「すみません、役所までの道を知りたいんですけど、教えてもらえませんか?」


 すると、愛想の良い窓口嬢が慣れた手付きで小さな冊子を出して来た。


「はい、お役所でしたらこちらの地図はいかがですか?」


 きっと、同じような質問をする客は多いのだろう。発着場の窓口には、王都の役所までの地図が売られていて、窓口嬢はそれを使って丁寧に説明してくれた。


 その発着場で買った地図を見ながら教えられた通りの道を行けば、石造りの立派な建物が見えて来た。


「で、でかい……」


 口を開けたまま、つい窓の数などを指差し数えてしまう。


 故郷の役所は木造二階建てのこじんまりしたものだったけど……さすがは王都だ。


 僕はおっかなびっくり、巨大な王都の役所へと入って行く。


「そちらのお方、どのようなご用件でしょうか?」


 中に入るなり、黒服に身を包んだ初老の紳士が声を掛けて来た。胸に付けられたプレートから案内係であるらしいことが伺える。


 僕は緊張に喉を鳴らしながらも、蚊の鳴くような声で用件を伝えた。


 すると、初老の紳士は急に冷めた鋭い目付きとなって僕を睨みながら、近くの警備兵を呼んだ。


「おい、罪人職はこっちだ」


 ここからは、この警備兵が引き継ぐらしい。


 僕は、こちらに見向きもしなくなった紳士に向けて軽く一礼してから、警備兵の後に続いた。


 役所を出て裏手に回れば、建物と建物の隙間に階段が現れた。しかも、上りではなく下り階段……位置的に、役所の地下へと続いているようだ。


 暗い地下階段を降りて行くと、湿った冷たい空気が肌を撫でゾワリと全身が粟立った。


 不気味な雰囲気と重苦しい空気がカビ臭さと共に伝わって来て……死霊でも居るんじゃないだろうか?


 僕は不安と緊張に身を固くする。


 そうこうしていると、地下通路の突き当りまで着いて、僕の目の前には赤錆びの浮いた鉄扉――まるで、悪魔か何かを封印していそうな禍々しさを感じる。


「ここに入って指示に従え」 


 警備兵はそれだけ言うと背を向けて去って行く。


 光源のカンテラを持って行かれてしまうから、早く中に入らないと通路が真っ暗になってしまう。


 僕は慌てて鉄扉を開いた。


「っ――!?」


 中に入って、言葉を失った。


 無数の目が、一斉にこちらを向いたからだ。


 およそ二十人くらいだろうか、僕と同じ年恰好の男女がロウソクの火が照らす薄暗い部屋の中に居た。


 この人達も、僕と同じ犯罪天職者なんだろうか。皆がお互いに警戒心を滲ませながら微妙な距離を保っているように見える。


 僕は周りの注目を受けつつも、開いているスペースに身を置くことにした。


「あの、もう誰か来て何かの説明があったかな?」


 重苦しい空気だったが、とりあえず隣の少女に声を掛けてみる。


 すると、彼女は驚いたように声をもらし、こちらを見詰めて来た。


「ああ、ごめんよ、僕はレナード。役所からここへ案内されたんだけど、何も聞いていなくて」


「あ、え、えとっ……わたしはクレアですっ……ごめんなさい、わたしもさっき来たばかりで……」


 たどたどしい口調だけど、前のめり気味に答えてくれることを見るに、不安な気持ちは一緒だったようだ。


「そっか……王都に来れば僕の天職でも仕事を紹介してくれるって聞いたんだけど……」


「あ、それっ……わたしもなんですっ……ここに来れば、わたしみたいなのでもお仕事をもらえるって聞いて……」


 そんな僕らの会話に、周り意識がこちらに向いた気がした。


「あんたらもそうなのか。俺はアレックスだ。俺も仕事目当てでここまで来た」


 ちょうど僕の前に居た長身の男も、振り返って声を掛けて来た。


「私はルイーザよ。私も役所からここに連れて来られたの」


 さらには、逆の隣に居たどこか艶やかな女性もこちらに寄って来る。


 それを皮切りに、薄暗い部屋が一斉に騒めき始めた。皆、誰かが話し出すのを待っていたのかもしれない。


 そして、まるでそれを見計らったかのように、部屋の奥にあった別の鉄扉から警備兵を数人伴った黒服の若い男が入って来た。


「口を閉じてこちらに注目しろ、罪人職共」


 それは決して大きな声ではなかったが、ここに居る全員の口を止めるには十分な鋭さがあった。


 黒服は露骨に蔑んだ目でこちらを見ながら続ける。


「フン、将来の罪人であるお前らのような迷惑な存在にも、俺達は施しをしてやらなければならんらしい。クソ忌々しいことだがな」


 確かに、犯罪天職を得た者が将来的に犯罪を行う確率は八割以上だと言われている。僕なんて既に罪を重ねているわけだし、普通の人からすれば唾棄すべき存在だろう。


「よし、今から二人一組のペアを作れ。そいつが今日からお前らの相棒であり、監視役であり、連帯保証人になる」


 僕は自然と目が合ったクレアさんと組むことになった。


 しかし、監視役とか保証人とか、基本的な説明がないからわけが分からない。


「では、作ったペアで別室に移動する。最初はどの組だ?」


 黒服がそう尋ねた瞬間、その場に居た全員の目が僕の方を見た。さっき僕から話を始めてしまったからかもしれない。


「……ごめん、クレアさん。僕達からでも良いかな?」


 一応、小声で確認する。


「あ、はい。レナードさんが良いなら、わたし従います」


 クレアさんはじっと僕を見詰めながらそう答えた。この短い時間に、何か彼女の琴線に触れることがあったのだろうか。なんだか、妙に重たい信頼を寄せられている気がする。


 皆の衆目の下、僕とクレアさんは連れ立って別室へと移動する。


 僕達はそれぞれ不安と恐怖を抱えながら、新たな生活へと続く鉄扉を開くのだった。




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