閑話『王都へ』





 司祭教育を受けるため、王都へと旅立つことになった。


 その日は朝から、教会の前にはたくさんの馬車が停まっていて、護衛の騎士様や世話役の女性達が忙しなく動き回っていた。


 私も何か手伝いをと申し出たのだけれど、王都に着くまでは何もしないようにと断られてしまった。


 人が働いてるのを前に自分が何もしていないなんていう状況は、酷く居心地が悪くて落ち着かない。


 それに加えて、故郷を離れるのは初めてのことだから、やっぱり不安だし寂しいし緊張する。


 こんなときに、レナードも一緒だったら……なんて、現実ではありえない彼の幻影さえ追ってしまう。


 でも、そんな風に考えるのも仕方がないと思う。だって、その肝心の彼がいないというのに――。


「はぁ……どうして他の人が集まっているのよ……」


 はしたないとは思うけれど、つい口の中でモゴモゴと呟いてしまう。


 私は辟易しながら、目の前で繰り広げられる言い争いに対し溜息をついた。


「どういうことなんだローザ!なんで俺がいるのに聖騎士見習いの野郎なんかと一緒に居るんだ!」


「別にあたしが誰と居ようと勝手でしょ!っていうか、エミリオこそなんでここに居るのよ!」


 怒鳴り合いながらも情報を交換している二人。


「俺は大司教様の護衛さ!なんたって騎士天職者だからな!」


「あたしはミカエル様に王都まで連れて行ってもらえることになったのよっ!」


 エミリオは自分の天職を売り込んで、ローザは聖騎士様に取り入ったらしく、王都までの道中を共にするらしいことが分かった。


 正直、レナードのことや彼の両親の形見のことがあるし、この二人とは一緒に旅なんかしたくはないけれど……今の私の立場では何も言うことはできない。


 とにかく、王都にはレナードも向かったというし、今は無事に王都に着くことだけを考えよう。


「それであの男と寝たって言うのかよ!この尻軽が!お前は俺の女だろうが!」


「はぁ!?ふざけないで!誰がアンタの女よ!だいたいアンタが甲斐性無しだから新しいパトロッ……パートナーのミカエル様に救って頂いたのよ!」


 大声で何の話をしているのよ……。


 すると、ちょうどそこに、当事者である聖騎士見習いのミカエル様が現れた。


「どうしたんだい、ローザ。そんなに怒っては、君の美しい顔も声も台無しになってしまうよ」


 まるでお芝居のような台詞と動作でローザに微笑み掛けるミカエル様。


「ああっ、ミカエル様っ……どうかお助け下さいっ、この男がしつこくて……」


 ローザもローザで、わざとらしくしなを作って縋り付いている。


 ミカエル様がデレデレとおよそ騎士様らしくない顔付きでローザを抱き寄せながらエミリオの方を振り向くと、エミリオが一歩後ろに下がりながら声を荒げた。


「な、なんだぁ!?お、俺は騎士天職者だぞっ!」


 それが何だと言うのだろう?


「ひっ……き、ききっ、騎士天職者っ……だってぇっ!?」


 しかし、ミカエル様はあからさまに狼狽えて、ローザよりも後ろへと下がった。


「ぼっ、ぼっ、僕の父上は大司教なんだぞぅ!!」


 まるでローザを盾にするように、ミカエル様が言い返す。


「んなっ……大司教様、の……息子、だとっ……!?」


 エミリオが、また数歩下がる。


 どんどん離れる両者の距離。


 そして、そんな二人の間にいるローザは、まるで凍て付いたようにその表情を消している。


「はぁ……皆のところへ挨拶に行こうかしら」


 手持ち無沙汰の私は、近くに居た別の騎士様に断りを入れてからアンナさんと孤児院の子供達にお別れの挨拶をしに行くことにした。


「アンナさん」


 子供達と女神像にお祈りしていたアンナさんに声を掛ける。


「あぁ、セリーナ……いよいよね……」


 アンナさんが振り返って私の両肩に手を添えながら言う。


「王都では色々あるでしょうけど、貴女ならきっと大丈夫。働き者で真面目で優しくて……貴女は私の自慢の娘だもの」


 涙ぐむアンナさんに、私も涙腺が緩み喉元が苦しくなる。


 それに続いて、子供達も一斉に抱き付いて来て感謝や悲しみを伝えてくれ、皆で手作りしたというお守りをくれた。


 これが今生の別れになるかもしれないことは、誰にも分かっていること。だからこそ、こんなにも悲しくて寂しくて胸が痛いのだろう。


「セリーナ、少ないけれど、これを持って行きなさい……」


 アンナさんがお金の入った革袋を渡して来た。


「こ、これは受け取れません」


 この孤児院の懐事情がギリギリなのは良く知っている。だから、アンナさんは教会本部から与えられる個人への謝儀(お給与)も全て充て、この孤児院を運営してくれている。


「良いから、私からの気持ちと、素敵な贈り物へのお礼よ」


 え、素敵な贈り物って……。


 驚いた私に、アンナさんが優しく微笑んだ。


 実は私も長年コツコツ貯めて来たお金で皆への贈り物を買って部屋に用意していて、後で誰かが部屋を使うか空気の入れ替えで入ったら分かるようにしておいたんだけど……アンナさんはお見通しだったらしい。


「ふふ、さぁセリーナ、受け取って」


 そして、再びアンナさんに促され、私はありがたく受け取ることにした。


 その後はしばらく皆との会話を楽しんでから、大人になって故郷を離れる門出にと皆一緒に女神像へと祈りを捧げることにする。


「どうか、皆をお守りください」


 そして、ここにはいないけれど。


「レナードを、お守りください……」


 どうか無事でいて欲しい。


 そして、再会できればと思う。


 もちろん、王都で会えるかなんて分からない。聞いた話によると王都はとても広くて人もたくさんいるのだと言うし、そこで彼を探すことは難しいことなのかもしれない。


 でも、それでも、私にはなぜか漠然とした予感がある。


 私は王都で彼と再会を果たす――そんな、確信めいた予感があるのだ。




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