第14話『盗賊の仕事Ⅲ』
連中の住処から抜け出して、下見しておいた逃走経路を行く。
周りの通行人が自分に注目している気がするのは、やはり後ろめたさや緊張からなのだろう。
特に、この鞄だ。
正直、連中の鞄を使うことになったのは誤算だった。
しかし、かと言って、盗品の量を減らして中途半端に盗んだのでは意味がない。連中がエイミー親子にしたように、せめて根こそぎ奪ってやらねば勘定が追い付かない。
それでも、人目が気になるのもまた事実。
鞄はなるべく地味な物を選んだつもりだけど、連中の仲間や知り合いが見て気付かないとも限らない。
僕は他人とすれ違う度に振り返りたくなる欲求を抑えながらも先を急ぐ。
まずは、ライアンに金を返さなければならない。
僕もライアンも互いの居場所を知らないため、返済金は数日前にライアンから部屋を譲られた宿の受付に預ける手筈となっている。
直接の手渡しではないのが少し不安だけど、金を返す返さないの選択権がある分、こちらに有利なのだろうか?
「いや、彼はそんなに甘い男じゃないよな……」
思い出されるのは、なぜ僕を助けてくれるのかと尋ねた際のライアンの答えと獰猛な笑み、そして、冷え切った瞳。自分の利益のためなら、良心や常識をも迷いなく殺せるような凄みを感じた。
あのときから、ずっと嫌な予感を覚え、悪い想像が脳裏を掠めている。
一応、覚悟だけはしておこう――僕は自分にそう言い聞かせ、鞄の中に手を入れて小さな瓶を握り締めた。
そうしてしばらく歩いていると、ようやく見慣れた道に出て来れた。これは、エイミー亭へと続く道だ。
「ちょっと馬の様子を見て来るか……」
今の状況で寄り道は危険だが、だからこそ馬の状態を見ておきたいと言うのもある。
馬は担保として取られているから、ライアン側で世話をしてくれることになっているけど……どうだろう?
僕は、最初にエイミーと共に歩いた脇道に入る。
そして、馬小屋に近付きそこに足を踏み入れた瞬間に、急激に怖気を覚えるような嫌な予感がした。
「な、なんだ……っ」
天職による感覚なのか、何かスキルによる物なのか、嫌な緊張感に心臓がバクバクと鳴りはじめる。
「おい、そこのお前、ここに何の用だ?」
「もしかして、馬ぁ取りに来たのか?」
野太い声が、背中から掛けられた。
その瞬間、身体が硬直し心臓が縮み上がる。
マズイ、マズイ……っ
ドスの利いた声は明らかに善良の者じゃない。
罠?待ち伏せ?連中の仲間か――?
「おい、何とか言えよ」
「こっち向いて顔見せろ」
背後から苛立ちが伝わって来て、ピリ付く空気に生きた心地がしない。
僕は大きな混乱の下、恐怖で白む頭で必死に考える。
どうする?振り向いて顔を晒して良いのか?聞いた限りでは、あのチンピラ四人の声じゃなさそうだけど……。
しかし、何にせよ、唯一の出入口を立ち塞がれているため、僕は俯き加減で振り向いて必死に口を回した。
「あ、あのっ……私はっ、お屋敷のお使いの帰りでっ……大旦那様からついでに馬小屋の様子を見て来いと仰せつかって……」
咄嗟に出た嘘は、貴族様を利用するものだった。
確かエイミーの話によると、この馬小屋は貴族様の物だと言うことだった筈……今となっては、役所できちんと確認しなかったことが悔やまれる。
「それで、貴方達は……?」
だから、今度はこちらから水を向けて追及を反らす。
「俺らは別に……」
「あ~、あれだよ、その……お前が馬泥棒かと思って声掛けただけだ」
幸い、僕に声を掛けた二人の男は初対面であり面識はない。連中の仲間かと思ったが、単なる物取りだったのかもしれない。
「そうでしたか……では、僕はもう行きますね」
僕は頭を下げながら二人の間を通り過ぎる。何にせよ、早くこの場を脱しなければ――。
すると、すれ違う瞬間に、男の一人から低く抑えられた声で告げられた。
「おい、大旦那様とやらに余計なこと言わない方が身のためだからな……」
暗に、自分達のことは黙っていろとの脅しだろう。
それに対し、僕はこれ幸いにと大きく頷いて足早に馬小屋から脱出する。
しかし、外に出た瞬間に、背後から聞こえてきた男達の会話に足の動きが止まってしまう。
「本当にこの馬小屋にそのガキが来んのかよ?」
「おう、信用できる情報屋からの話だ――つっても、俺らは保険だがな。今頃、他の奴らが商工ギルドでそのガキとやり合ってるだろうから、その後にそいつがここに来たら攫って始末しちまおうってことらしい」
その言葉に、足だけではなく呼吸も止まる。
「情報屋?そんな奴居たのかよ?」
「ああ、本人がそう名乗ってるだけだがな、まぁ間違いなく真面な身分の奴じゃねぇよ」
今言った「ガキ」というのは、十中八九僕のことだろう。このタイミングで商工ギルドの名前が出たら、もうそう考えて行動した方が良い。
それに、そうなると連中の言う「情報屋」って言うのは…………これは、嫌な予感が当たってしまったかもしれない。
「どんなやつなんだ?」
「お前は直接会ってないが、話には何度か出て来てるはずだぜ?名前は――」
その名前を聞き届け、僕は一度だけきつく瞑目する。
可能性の一つとして疑ってはいた。でも、そうであって欲しくはなかった。
僕は足早にその場から離れる。
そして、予定通りに返済金を宿の受付に預ける前に、“礼”を兼ねて酒を一本買って付けることにした。
その買った酒と返す金を持って、一度人気のない路地裏へと入る。
そこで、仄暗い決意をしながら呟いた。
「そっちがその気なら、僕もその流儀に合わせようじゃないか……」
僕は、鞄から小瓶を取り出した。
◆
返済金の預け先である宿には、見張りらしい連中も見当たらず、すんなりと受け渡しができた。
ちなみに、鞄は連中の家からくすねた物を使い、お陰で心配事も一つなくなった。
預ける際に受付で、彼からの「一杯飲もうや」との伝言と指定の店を伝えられたが、もちろん応じるつもりも余裕もない。僕はこのまま町から消える。
故郷から共にした馬は断腸の思いで諦めて、僕は長距離馬車の発着場へと急ぐ。
もしものときのチケットが、本当に役に立ってしまった。
「ふぅ……落ち着け、挙動不審になるな……」
しかし、あんな会話を聞いてしまった所為で、町中に居る派手な格好をした人間がどれもあやしく見えてしまう。
それに、そろそろ商工ギルドに向かったチンピラ達も、話し合いや役所の召喚状が偽物であると気付いている頃だろう。
つまり、連中が仲間に僕のことを伝えて追い込みを掛けてくるまでに、僕はこの町を出なければならない。
「見えたっ……発着場!」
焦る気持ちから、つい感極まって声を上げてしまう。
しかも、ちょうど御者がハンドベルを鳴らしながら叫んでいるところだ。
『王都方面行き、出ますよー!』
まさに、地獄の中にも救いあり――。
僕はパンパンになった鞄を抱えて走り出し、馬車の荷台に飛び込むように乗り込んだ。
すると、馬車は直ぐに動き出し、今の僕にはじれったい速度で進んで行く。
街中を進み、検問を通り、徐々に町から遠ざかる。
「ふはぁー……っ」
肺腑の底から絞り出すように、深い深い溜息をついた。
助かったという安堵、そして、エイミー親子への哀愁。
今は、その二つを感じるのが限界だ。
そして、僕は人知れずに別れを告げる。
「さようなら……」
健気な少女と真面目な父親、盗賊とチンピラ、小さな店と同郷の馬。
この町で出会ったもの、この町に置いて行くもの。
その、全てへ――。
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