第13話『盗賊の仕事Ⅱ』





 役所や道具屋を梯子して、宿を変えてから二日目の朝。

 

 昨日は丸一日、チンピラ連中の動向を探り、連中への“手紙”を作成するだけで終わってしまった。


 しかし、その間に嬉しい知らせもあった。


 連中はこちらの狙い通り、エイミー亭跡地の土地取得金をさらに二割も吊り上げて、それを直ぐにでも支払いたいと申し出ているそうだ。おそらく連中は、割り増し分を何処かからか借金している。


 それでまた確信する。


 連中は土地取得の既成事実化を狙っているのだろう。


 間違いでも何でも、役所が一度許可を出せばそれを覆すのは難しい。特に、本来異議を申し立てるはずのエイミー親子が居ないのなら余計にだ。


 その状況を利用し、商工ギルドの証人も証明書も有耶無耶にしようと一気に勝負を掛けて来たに違いない。


 一昨日、二人に変わって僕が異議を申し立てたことも大きいだろう。


 ならば、今こそが好機。ここからは盗賊の本領。


 僕は自分の持ち物と連中への“手紙”を持って宿を出た。




 ◆




 まだ早朝と言って差し支えないため、連中の住処から動きは伺えない。


 連中の住処は簡素な平屋で、同型の家々が左右にもズラリと同じ顔で並んでいる。


 見るからに低所得者向けの賃貸物件。とてもじゃないが、大金を持っているとは思えない。


 しかし、連中は意表を突いてか、単に信用できる預け先がないのか、この住処に大金を隠し持っており、僕は昨日ほぼ丸一日掛けた連中の動向調査と盗み聞きの成果によって、その大体の隠し場所も把握している。


「じゃあ早速、連中への手紙を出そうか」


 内心で暗い笑みを浮かべながら、一昨日に役所でくすねた用紙を使って偽造した召喚状を連中の郵便箱に投函した。


 僕はそのまま周囲を大きく迂回する道を選び、その場から一度離れる。

 

 正直、連中が郵便箱から手紙を取る瞬間をきちんと確認したい思いはあるけれど、そろそろ人出が増えてくる頃合いだし、ここは安全策を取ることにした。


 僕はしばらくの間、連中の住処から離れた場所をうろつきながら、用意していた干し肉とパンで腹ごしらえをし、再び連中の住処の見える位置へと移動する。


 すると、ちょうどチンピラ連中が家の前で慌ただしくしていた。


「おい、早くろ!商工ギルドまでは距離があんだからな!」


「ちょっと待てよ!本当に全員で行くのかよ!?」


「つーか、なんで役所じゃなくって商工ギルドなんだよ?」


「話聞いてなかったのかよ!あのくたばった親子の借金返済の証人と証明書の件での確認だっつってんだろ!」


 それは、エイミー親子を害した四人だった。


 朝から外で怒鳴り合っているところを見るに、かなり慌てているのが伺える。


 どうやら、偽造した召喚状が効いたらしい。


 ちなみに、その内容は――。


『提出された土地取得願いに異議が申し立てられたため、事実確認のために関係者全員で“商工ギルド”に出頭されたし。尚、全員での出頭以外は認められず、これに従わない場合、土地取得願いは無効とし公開競売とする』


 “全員で出頭”とか、“守らなきゃ公開競売”とか、言っていることはメチャクチャだけど、用紙は正真正銘役所の物であるために、連中は従わざるを得ない。


 いや、それどころか、連中は明後日の方向に勘違いをしたようだ。


「商工ギルドの連中も、あの土地のオイシさに気付きやがったんだ!」


「くそっ、だから役所とつるんでこんな命令書を送って来やがったのかっ」


「後から全員で来なかったとか難癖付ける気だな!」


「どこまでが“全員”なのか分からん以上、他の仲間も集合させるぞ」


 それは、自分達が脅しと難癖を繰り返してきたが故の思考だろう。


 チンピラ四人は、怒声を上げながら僕の目の前を通り過ぎて行った。


「ふぅ……しかし、他にも仲間が居たのか……」


 今の会話の中で、その部分にはさすがに肝が冷えた。


 もし連中が、隠し持っている金の見張りとして仲間を寄越していたら、その時点でこの計画は失敗だった。


 こればかりは予想通りでも計画通りでもない。ただ幸運があっただけ。


 そして、ここからは速さ勝負となる。連中が真相に気付いて戻ってくるまでに仕事と逃走を完了させなければならない。


 しかし、その途端に奴らの恐ろしい形相が思い出され、心臓が早鳴り足をすくませる。これから僕は、その恐ろしい連中の住処に侵入するのだ……っ。


 だから今一度、怒りと恨みを呼び起こす。


 健気に働くエイミーの姿……僕が別料金の軽食を頼むと飛び上がって喜んだ……メチャクチャになった店内で、腕を腫らしながらも僕の荷物を守ってくれた。


 真面目なエイミーの父親……いきなり家に押し掛けたのに、怪我を押して礼を言いに出て来てくれた……娘の怪我に憤慨し、あの恐ろしいチンピラを睨み返していた。


 最後には、共に祝杯を上げたときの二人の笑顔が思い出され、それが灰となって消えて行く……。


「っ――!!」


 一瞬、込み上げた激情に叫び出しそうになったけど、お陰で恐れも緊張も消えていた。


 あのチンピラ共の存在が許せない。しかし、僕にそれを成す力はない。僕にできるのは、盗むことだけだ――。


 迷いの消えた僕は、連中の住処に堂々と近付き、前日に下見しておいた床下の侵入経路から難なく中へと入った。


 狭くて薄暗い部屋。酒と噛み煙草の臭いが鼻を突く。


 まるで肉食獣の腹の中に入ったような不気味さがあるが、僕は落ち着いて事前に盗み聞きしておいた金の隠し場所を探索する。


 台所の流し台の下、便所の吊戸棚の中、二段ベッドが並ぶ寝室の天井裏……他にもナイフやアクセサリー類、貯金箱も叩き割って金目の物は根こそぎ奪う。


 途中、自分の鞄だけじゃ入りきらず、連中の鞄も頂戴するハメになった程だ。


 十分に膨らんだ鞄が二つ。


 これなら、ライアンに金を返しても有り余るくらいだろう。


「そうだ、ライアンにはきっちり返さないとな――」


 込み上げた感情を抑え、僕は深呼吸を一つ。


 そして、ここからは証拠隠滅と逃走に入る。


 僕は水桶をひっくり返して家を水浸しにし、台所にあった少量の油と短く切ったロウソクで、時差出火する仕掛けを作り家の真ん中に設置した。


 正直、これをやるかは迷った。最悪の場合、大きな被害が出るかもしれない。だからこそ、家を水浸しにして意図的に煙を出し、周りに気付かせる算段だ。


 全く以って、自分の中途半端さに嫌気が差す。


 こんなことをするのなら、最初から町ごと燃やす覚悟でやるべきなんだと思うけど、僕にはその意気地がない……。


 いや――今は自己嫌悪している場合じゃない。


「早く逃げないと」


 天職の効果がなくなって来てるのか、胸の奥から徐々に不安や焦りが忍び寄ってくる気配を感じる。


 僕は微かに震える手でロウソクに火を着けて、裏口から逃走を開始した。




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