第12話『盗賊の仕事Ⅰ』 





 あれから一晩考えた。


 自分のすべきこと、できること。


 そしてその上で思う。


 昨晩、チンピラ共の会話を盗み聞きできたのは、幸運だった。


 お陰で連中がエイミー親子を害した犯人であるとの確証を得られたし、奴らの目的も知れた。


 連中は冒険者崩れのチンピラにありがちな夢の例にもれず、エイミー亭のあった場所にて、冒険者向けの売春宿をやりたいらしい。


 冒険者向けの性産業は儲かる商売だが、それだけに制約と利権が絡み合い、どこの町においても国法とギルドの影響を強く受け新規参入は難しい。


 だとすれば、その辺りに連中がエイミー亭に執着した理由があるはずだ――と考え、僕は朝から役所の資料閲覧室にてその裏付けを取っていた。


「商業許可地……商工ギルド管理区……娼館ギルド自治区……」


 分厚い台帳と町の地図を見比べていると、段々と事情が見えて来た。


 どうやらエイミー亭の土地は商業許可地で間違いないのだが、どこのギルドの管理下にも入っていない空白地帯らしい。


「商店なのにギルドに入っていないって、こんなことあり得るのか?」


 そもそも国や町がギルドへの加入を義務付けているのは徴税のためだ。細かい商店や個人をギルドに管理させ、国や町は年に一度まとめてギルドから徴税するという構図。


 そしてギルドは、加入数が増えれば収入も増え町での発言力も高まるため、勧誘合戦に余念がない。


 なのに、エイミー亭はその枠組みに入っていない。


 僕は考えられる原因を思い浮かべ、思い至った。


 それは、この町に来た日の早朝、僕がエイミーに馬小屋へと案内された際にした会話。


「ああ、そうか。エイミー亭とあの辺りの土地は、元々はどこぞの貴族様の持ち物だって言ってたっけ……」


 調べてみると、確かにエイミー亭の土地は元貴族様の持ち物で、その後に仲介の不動産商人を経てエイミーの父親へと売却されている。


 売れた時点で、貴族様は法的にも何ら関係はないけれど、町やギルドは気を遣ったのだろう。しばらくの間は、エイミー亭への命令や口出しすら控えることに決めたに違いない。


「なるほどね、事情が分かったよ、エイミー」


 あのときのエイミーが、今教えてくれているようで胸が少し熱くなった。


「で? 商業許可地で国法的には問題なし、加えて、利権絡みで抑え付けてくるギルドの影響も受けない場所……確かに売春宿の新規参入も可能なのかもしれないな」


 町中でこんな条件の土地は、きっと半世紀に一度あるかないかだろう。


 だとすれば、あのチンピラ連中がそう簡単に手を引くとは思えない。


 僕は閲覧室を出て、役所の受付へと向かった。


「すみません、商業地の空きについて聞きたいんですが」


 澄まし顔の受付嬢に、エイミー亭の跡地について照会を掛けてもらう。


 すると案の定、一件の土地取得願いが提出されていて、その理由が“借金の担保として”……あのチンピラ連中で間違いなさそうだ。


 僕はすかさず異議を申し立てる。


 エイミー亭の借金は既に完済しており、商工ギルドの証人立会いの下で証明書にもサインをしていることを用紙にて訴え提出。さらにはエイミー亭の跡地を連中の二割増しの値段で取得したい旨を伝え、ライアンから借りた金で手付金を支払う。


 そして、受付嬢が用紙と金を持って受付から離れるのを見計らい、素早く受付台に上半身を乗り出して、引き出しから白紙の用紙を数枚くすねた。


 やがて受付嬢が戻って来て、異議申し立てと土地取得願いが受理されたことを確認し、僕は役所を後にする。


 何だか、調べる程にやるせなく、そして分からなくなって来た。


 エイミー亭はチンピラに目を付けられるところから、ただただ不幸が重なってしまったのか、それとも誰かが描いた筋書きなのか……。


「いや、考えても仕方がない」


 何にせよ、僕にできることなんて一つしかない。


 僕は頭を振って、次の目的地へと足を向けた。


 そして到着したのは、役所とは真逆の町外れにある道具屋。


 荷物を焼失した僕はまた服や鞄を買う必要があったし、おそらくチンピラ連中への“仕事”を終えると同時にこの町を離れることになるため、その準備もしておかなければならない。


「不謹慎かもしれないけど、こういう準備はちょっと楽しいな」


 やっていることは単なる逃走準備なのだが、少ない予算で王都までの旅路で必要な物を選ぶのはワクワクする。


 そうして選んだ品を会計に持って行き、さらには店員の後ろの棚に並んだ小瓶の一つを指定した。


「え、こんなもんを?あんた冒険者ってわけじゃなさそうだけど……」


 道具屋の店員が訝し気に見てくる。


 まぁ、無理もない。僕が指定したのは服用すれば少量でも後遺症が残る程に強力な“毒薬”なのだから。


「ええ、僕は害虫やネズミの駆除をしていまして、ちょうどいつも使っている薬を切らしてしまったので、実験も兼ねたその代用です」


 用意していた言い訳を伝えると、店員は疑わしい目から変態を見る目へと変わり、さっさと出て行けと言わんばかりの手際で会計を済ませてくれた。


 これで、道具屋での準備は終了だ。


 続いて僕は、買ったばかりの古着や小瓶の入った古鞄を肩から掛けて、長距離馬車の発着場へ。


 ここでは、馬を失うことも考慮して、王都方面行きのチケットを買っておく。


「さて、最後は――」


 町中を歩き回り、陽も傾き始めた頃に最後の目的地として入ったのは、町外れにある安宿。


 今日からはここに宿を取る。


 ライアンから譲られた部屋はもう一泊できるが、念のために移動した。


 考え過ぎかもしれないけれど、今は警戒し過ぎなくらいがちょうど良いだろう。


 冒険者で埋まってしまうというこの町の宿も、ここまで町外れだと一部屋二部屋は空いているらしく直ぐに取れた。


 僕は二日分の宿代を払い、エイミー亭やライアンから譲り受けた部屋とは比べものにならないくらいに狭く簡素な部屋で腰を落ち着けた。


「借りた金、大分使っちゃったな」


 あの手付金が痛かったが、あれはどうあっても必要な物だった。


 それに、チンピラ共が諦めていないことも含め、ここまでは予想の範疇、考えた作戦の範囲内に収まっている。


「まぁ、掛かった経費は、チンピラ連中から思い切って回収しようじゃないか」


 きっと今頃は、僕の提示した二割増しを超える土地取得金を必死になって集めているだろうし――。




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