第11話『報復を』
――全員、殺してやるっ!
野次馬の人波に曝されながら、僕は殺意と激情に打ち震えた。
視線の先で、人でなしが浮かべた嘲笑に、憤激と憎悪が渦巻いて腹の中を掻き乱す。
怒りに任せて報復を叫ぶ身体は今にも駆け出しそうで、自分の手足であるはずなのに、まるで制御できる気がしない。
しかし、そんな状態でも思考のある部分は冷静に凍て付いており、今この場で怒りに任せて動くことを良しとしない。
そして、傷が疼く。
これは故郷にて、元友人のエミリオによって負わされた傷――その傷が、このまま行けばあのときの二の舞となるだろうと告げている。
「ふぅー……っ」
一度冷静になるために、呼吸と共に怒りの熱を吐き出した。
ただでさえ四対一である上に、連中の天職も分からない状況だ。事を成し遂げたいのなら、まずは冷静にならなければならない。
自分のやるべきこと、自分のできること――。
「前のときもそうだった。僕に出来るのは、精々が盗むことくらいだ」
自分にそう言い聞かせると、頭の中が劇的に切り替わった。
まるで別人のように物事を冷静に据えることができ、チンピラ連中への怒りや憎しみも、また盗みを働くことへの嫌悪や罪悪感も、さらにはエイミー親子への悲しみまでも……今はその全てが完璧に制御されている。
前にも思ったことだけど、天職っていうのはここまで人の感情を抑えてしまえる物なのだろうか?
そこのところ、誰かと比べたり確認してみたいのだが、やたらな相手に相談して犯罪天職者だとバレるのは避けたい。
そうなると、今の僕に思い浮かぶ相談先は二人だけ。
「セリーナは、どうしてるだろう?」
彼女が居れば相談できただろうけど、彼女は故郷の町に居るはずだし、僕が今さら戻るわけには行かないし、戻るつもりもない。
となると、相談できそうなのは最近知り合ったもう一人の方、ライアンしかいない。
「機会があれば聞いてみようか――」
などと呟きつつ、僕は横目でチンピラ連中の姿が見えなくなったのを確認してから尾行を開始した。
連中との距離を取ったり詰めたりして、奴らの姿を見ることよりも、こちらの見せないことに気を配り、標的のチンピラ連中を追いかける。
そうこうしていると、やがて先を行くチンピラ四人が、その歩みを止めたのが見えた。
「あの家……?」
物陰から確認すると、チンピラ四人は連れ立って、一軒の家屋へと入って行くところだった。
僕は素早く移動して、その家屋と隣の家屋の間に空いた僅かな隙間に身を滑り込ませる。
『チッ!あの親子マジでスッカラカンだったな!怪我もするし、ついてねぇー!』
『あんのクソ親父がっ、大人しくしろって言ってんのに暴れやがってっ……チクショウ!足に歯型が付いてるじゃねぇか!もっと痛いぶっときゃ良かったぜっ!』
『テメェがガキにちょっかい出すからだろうが……ああっ、クッソ!片耳が聞こえねぇ……こりゃ鼓膜行ってるな……』
『つーか、あのガキもぎゃーぎゃー騒がなきゃ死なずに済んだってのによ、まったくバカな親子だぜ』
壁が薄いためか、連中の話し声を十分に拾うことができた。
僕は家屋の隙間に挟まったまま、連中の家屋の壁に耳を当て、奴らが寝静まるまで盗み聞きを続けた。
◆
深夜の街は無人のように静かだが、その家々には人がいて眠りについている。
「帰るところ、無くなっちゃったなぁ……」
馬小屋で馬の無事を確認してから、エイミー亭の焼け跡を前に呟く。
さらに天職の効果もなくなったのか、一気に悲哀や無念、不安に孤独といった負の感情が押し寄せて来た。
もう散々泣いた筈なのに、涙が止まらない。
僕はしばらくの間、泣き続けた――。
惨劇の果てに帰るところを失った僕は、悩んだ挙句に迷惑だと知りつつもライアンを頼ることにした。
「ひでぇ面だな」
僕を見るなり眉を
そして、僕は部屋に入れてもらうなり、エイミー親子のことをぶちまけた。
「でぇ?そのチンピラ四人が犯人だってのは騎士団には言わなかったのか?」
話を聞き終えたライアンは、顔色一つ変えずに聞き返してくる。
それに対し、僕は無力感いっぱいの乾いた笑いをもらして言った。
「言ったところで、意味がないさ……」
この国では表向きの犯罪率を低く抑えたいがために、事件が起きても現行犯か決定的な証拠でもない限り、そのほとんどが事故として処理される。
「もし仮に騎士団が逮捕しても、結局は国法の“生者優先の原則”で罰金と労働刑で直ぐに釈放だ……」
吐き捨てるようにそう言うと、ライアンはその瞳に好奇の色を浮かばせた。
「ほぅ、死にそうな面してる割には冷静じゃねぇか。そうだ、つまり罪人のやったもん勝ちってこった」
皮肉気に笑い、こちらに身を乗り出してくる。
「だがその癖、犯罪天職者には滅法厳しいと来てやがる……俺らみたいな犯罪天職者が騎士団にチクりに行ってみろ? そこで天職調べられて、良くて門前払い、悪きゃそのまま拘留。何もしてなくてもな――」
ライアンにはそんな経験があるのか、抑えつけられて掠れた声にはただならぬ迫力があった。
「そんで?あの店とあの親子に首突っ込んだお前は、この後どうすんだ?」
何か挑発的な物言いだ。
自分だけ逃げていた男に言われる筋合いはない――と言いたいところだけど、ライアンは余計なトラブルから身を守っただけのこと。
それに、彼に言われるまでもなく僕のやることはもう決まっている。
「ライアン、僕の馬を担保に金を貸してくれないか?」
会って間もない相手に何を言っているのだろう……と自分でも思うけど、今の僕にはこれしかない。金を借りられるなら、何だってやる覚悟だ。
しかし、意外なことに、ライアンはすんなりと金の入った袋をこちらに投げて寄越して来た。
「ああ、それとな。俺はまた別の宿に移るぜ。ここは二日分払ってあるから好きに使え」
そう言って、早々に出て行こうとするライアンに、僕は言葉を投げかける。
「なぁ、どうしてここまでしてくれるんだい?」
親切心じゃないことは百も承知だし、僕には他に取れる選択肢もないが、それでも理由が見当も付かないというのは不気味なものだ。
「安心しろ、一から十まで俺側の都合だ。だから、お前がお前の都合でその金持ってトンズラしようと構わねぇよ」
もちろん馬はもらって行くがな、とライアンは笑いながら出て行った。
その返答は、何か釘を刺されたような気分だった。
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