第9話『甘い目算』





 結局、僕にはこれしか思いつかなかった。


 僕の持つ金とエイミー親子が持つ金を合わせ、一気に借金を返してしまう。


 僕は路銀の大半を失うが、その代わりにエイミー亭にただで寝泊まりさせてもらい、宿泊費を差し引いた分のお金を少しずつ返してもらえると約束した。


 まぁ、そもそもが僕の金じゃないからなぁ……。


 確かに、実家や形見の賠償と考えるとむしろ安いくらいの額だが、それでも盗んだ金で人助けというのは微妙な気持ちになる。


 それに、もしこれが自分の金だったなら、僕はすんなり提案できただろうか?


 そういった意味では、盗んだ金だからこそできた提案だったのかもしれない。


 エイミー亭のテーブル席にて、そんなことを考えていると、債権者であるチンピラ集団がやって来た。


「おい、金が用意できたってのは本当だろうな?」


「利子の分もキッチリ払ってもらうぞ」


「少しでも足りなかったら、また痛い目見てもらうからな!」


「つーか、そっちの男は誰だよ」


 ガラの悪いチンピラが四人、僕らに向かって凄んでくる。


 それはとても恐ろしく、僕は情けなくも心臓が縮み上がった。エイミーは、こんな野獣のような連中が暴れる店内に居たというのか……。


 対して僕らの方は、僕とエイミーの父親と証人依頼で来た商工ギルドの職員の三名。


 エイミーの父親は娘の怪我のこともあり凄い目で睨んでいるが、商工ギルドの職員は怯え切っている。


「えっと、これが月の返済金と利子分、そしてこっちが残りの借金分です」


 エイミーの父親に任せると何を言い出すか分からないため、僕の方から説明を入れつつ金を渡す。


 チンピラは直ぐに金を数え始めた。


「……おい、そっちは足りてたか」


「ああ、全額ありやがる」


「こっちはちっとばかし多く入ってたが、手間賃ってことで良いよなぁ?」


「忙しい俺らを呼び出したんだから、当然だろ」


 畳み掛けるように話すのが彼らの流儀なのか、多めに入れた金に対し同意を求めてくる。


 だから、僕は恐怖を押し殺しながらも言った。


「ええ、もちろん。ですが、これで借金は完済になりましたし、もう店に関わるのは止めて頂きたいんです……」


 最後は声が震えてしまった。


「あ?なんだとテメェ」


「誰に口きいてんだよ」


 テーブル越しに胸倉を掴まれ、頭をはたかれる。


 僕はそれだけで恐怖にすくみ上がって気が遠くなった。


「おい、まぁ待てよ――いいぜ兄ちゃん、こうして借金は返したわけだからよ」


「そうだな、騎士団沙汰になっても面倒だしな」


 急にあっさりと手を引くチンピラ連中。


 多めに払った金が効いたのか、借金の取り立てという大義名分がなくなったからか、本当に騎士団沙汰が面倒に感じたのか……。


 その後の彼らは、不気味な程スムーズに債権書を渡して来て、商工ギルドの職員が作成した証明書にもサインした。


 呆気なく……もなかったが、思っていたよりもずっと早く借金とチンピラ問題の解決を見た。


「はぁ、終わったぁ……」


「終わりましたね……」


「こ、こわかった……っ」


 今は嬉しさよりも安堵の方が遥かに大きい。


 そうして、僕らはしばらく放心状態だったが、やがて互いに手を握り合い成功を称え合う。


「それではっ、私は直ぐに帰ってギルドに証明書を提出します!」


 なぜか一番嬉しそうな今日初対面のはずの職員が、重要書類の入った鞄を抱えて走って帰って行った。


 良かった、本当に良かった――。


 めでたく借金を完済したその日の夜は、ささやかながらお祝いをする運びとなった。


 ここ数日で、僕にとってもすっかりと馴染み深い場所となったエイミー亭のテーブル席に、エイミーの父親が怪我を押して作ってくれた手料理と自家製の酒がずらりと並ぶ。


「レナードさん、本当にっ、本当にありがとうございますっ!」


「レナードさん!本当にありがとうっ!」


 ニコニコ微笑むエイミー親子。


 僕も釣られて顔がふやける。


「ライアンさんも帰ってくれば良いのにねぇー」


 そういえば、ライアンはあれから一度としてこのエイミー亭に帰って来ていない。いったい、どこで何をしているのだろうか。


 あの太々しく達観した老年のライアンが居てくれれば、もう少し何か相談できたかもしれないのに――なんて、協力を取り付けられるのを前提で自分勝手に考えられるのも、借金チンピラ問題に一先ずの解決を見たからに違いない。


「さぁさぁ、飲んでください」


「こっちの料理も美味しいよっ、レナードさん!」


 僕らは美味しい料理と酒を楽しんだ。


 そして、腹が膨れて酒が心地良く回った頃、外はもう真っ暗だった。


 僕もエイミーの父親も酔っ払い、エイミーはお眠の時間。


「す、すぃみませぇんぬぇ!送っれいただでぃでぇ……」


 僕は寝てしまったエイミーを背負いながらベロベロのエイミーの父親に手を貸して、二人を家まで送って来た。


「れぬぁーどはんっ、ほんほーにっ、ありがぁとぉうござあぃまひたぁ!」


 家に着いた途端、もつれる舌を必死に回し、もう何度目になるか分からないお礼を述べるエイミーの父。


 娘のエイミーも大げさなくらい感謝していたけれど、こういうところも似ている親子だと思った。


「それじゃあ、僕はエイミー亭に戻りますね」


 互いに酔っていることもあり、僕は早々にエイミー宅を後にした。


 外に出ると冷たい夜風が吹いていて、それが火照った肌に心地良い。 


「今日は本当に良かった……」


 しみじみとそう思う。


 僕は終始情けなかったし、恐い思いも痛い思いもして、持ち金だってスッカラカンだ。


 でも、それと引き換えに、大きな達成感と微かな自己承認の念を得た。


 エイミー親子の笑顔とお礼の言葉に、僕がどれほど救われたことか……。


 二人のお陰で、僕でも役に立てるかもしれない、きちんとやっていけるかもしれない、そう思えるようになった。


「明日からは、僕もエイミー亭の手伝いをさせてもらっぁ――??」


 独り言は途中で切れ、耳の中に凄まじい音が鳴った。前を見ていた視界が大きくブレて、全身が意志に反して脱力する。


「ぅぁ――?」


 僕は為す術なく地面の上へと崩れ落ち、そして、そこでやっと、自分の頭部の熱さと鐘が鳴るような痛みを認識した。


「おい、ここで殺すと死体が面倒だぞ」


「ああ、止めは刺さねぇよ。コイツは酔って転んで勝手に頭を打ったんだ」


「よし、あっちの方も片付いたぞ」


「人が集まる前にずらかろうぜ」


 聞き覚えのある声。そして、数人分の足音が慌ただしく去って行く。


 ああ、ダメだ。意識が朦朧とする。身体が動かない。声も出せない。


 そうして、僕が冷たい地面に伏していると、ぼやけた視界が急に明るくなって、肌に触れる空気が温かくなった。


 なんだろう、これは?


「ざまぁねぇな、こりゃあ……」


 そして、またしても聞き覚えのある声。


「こいつは高く付く貸しだぜ?」


 意識が遠退き、身体がふわりと浮き上がったような感覚がして、僕は意識を失った――。




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