第8話『債権の在処』





 支払期日を伸ばしてもらえないか、今回に限り支払い額を減らしてもらえないか、取立人を変えてもらえないか――。


 商工ギルドが相手なら、この辺りが現実的な考えだと思う。


 僕は怪我をしたエイミーに代わって店の中を片付けながら、借金についての考えを巡らせる。


 しかし、結局はどれもパッとしない素人考えにしかならず……いや当然だ、僕は金貸しや借金について全くの素人なのだ。


「はぁ、僕は本当にダメだな……」


 エイミーの力になると決意しておいて、何の解決策も浮かんでこない。


 すると、僕の情けない弱音が聞こえてしまったらしく、エイミーが声を上げた。


「レナードさんはダメじゃないです!今だって、本当はお客さんなのにお片付けまでしてくれて……っ」


 最後には申し訳なさそうに首を竦めるエイミー。


「あ、いや、これは気にしないでくれ。変なこと言ってごめんよ」


 慌てて取り繕う。


 はぁ、ただでさえ辛い状況にあるまだ子供のエイミーに気を遣わせてどうするんだ……。


 そうして再び落ち込んだところで、僕は基本的なことに思い至る。


 ああ、そうだ。まずは大人であり店主でもあるエイミーの父親に話を聞くべきじゃないか。


「なぁ、エイミー。良かったら、君のお父さんに会わせてくれないか?挨拶もしたいし、店のことやエイミーの怪我のことも説明が必要だろう?」


 その話に、最初こそエイミーは渋りゴネて話を反らそうともしたが、最終的には折れて会わせてくれることになった。


「お家はこっちなんです」


 店の裏口から出て路地裏を少し行ったところに、小さな二階建ての集合住宅が現れた。


 エイミー親子はここの二階に間借りしているとのことで、一階の玄関口から入って狭く薄暗い内階段を上って行く。


「お父さん、ただいまぁ」


 エイミーは首から下げていた家の鍵で扉を開けると、少しだけ甘えた声で帰宅を告げた。


 年相応の愛らしい姿に笑ってしまいそうになるが、まだ小さい彼女からすれば、ついさっき怖い目にも痛い目にもあって、父親に甘えたくなるのも無理はない。


「お父さーん、お客さんが来たよー」


 トコトコと奥の部屋へと駆けて行くエイミー。


 その間に、不躾とは思いながらも部屋の中を見回す。


 玄関を入って直ぐに小さな台所と食卓があり、今エイミーが入って行った奥には寝室だろうか。必要最低限の小さな間取りで、荷物もあまり多くない。


 すると――。


「ど、どうも、こんな格好で申し訳ない。娘を助けて頂いたそうで……」


 弱々しい挨拶と共に現れたのは、頭や首に血の滲んだ包帯を巻き、腕を首から吊って、杖を突きながら片足を引きずるエイミーの父親だった。


 その風貌は痩身の色白、眼鏡を掛けて前髪を下ろしているためか余計に若く見え、声や雰囲気からも非常に大人しそうな印象を受ける。


「はじめまして、僕はレナードと言います」


 簡単な自己紹介の後は、自分が店に宿泊していること、エイミーの怪我の経緯や、荒らされたお店の状態などの報告を行った。


「そう、ですか……」


 全てを聞き終えたエイミーの父親は、疲れたように溜息をついた。


 そして、僕は未だに葛藤はあれど、踏み込んで尋ねることにする。


「あの、借金というのは、どれくらいあるんですか?」


 すると、こちらの緊張とは裏腹に、エイミーの父は力無く淡々と話し始めた。


 彼の話によると、借金はほとんど返し終えていたのだが、少し前に債権者が商工ギルドからあのチンピラ集団に変わり、そこから理不尽な利子と取り立てに合っているのだと言う。


「そんな……じゃあ商工ギルドじゃなくて連中への借金ということになってしまっているんですか?」


「ええ……債権の売却は契約上も認められた物でして……ですが、まさか今まで一度として返済の遅れもなく、後もう少しで完済するというタイミングで、あんな連中に債権を売られるなんてっ……!!」


 血を吐くように言うエイミーの父親。


 確かに、取引の活性化だの専有専売の禁止だのを謳う商工ギルドでは、ときたま債権の放出競売が行われる。


 エイミーの父親は、不運にもそれに当たってしまい、さらには買われた相手も不味かった。


 話を聞き終え、考える。


 商工ギルドが相手ならば、まだ話し合いや何らかの制度を使うことも検討できたかもしれない。


 しかし、あのチンピラ連中が相手では話し合いなど望めない。そうなると、今の状況から脱する方法は一つだけだろう。


「あの……」


 声を掛けたところで、再度僕の中の冷静な部分が待ったを掛ける。


 これ以上深入りするべきじゃない。僕に何ができる。その提案は自分をも危うくするものだ。僕にそんな甲斐性はないだろう。もう十分に親切をしたじゃないか。この辺りで満足するべきだ――。


 頭の中が一気に否定的な意見で埋め尽くされる。


「どうされました?」


 続きの言葉を発しない僕を、エイミーの父親が不思議そうに見詰めてくる。


 いや、自分でも良く分かっているんだ。軽い行き当たりばったりの正義感や同情で動くべきでないということは……。


 しかし、それだけというわけでもない。この件に執着する僕の根底にある物は、自分が盗賊であるということへの否定と故郷で重ねてしまった盗みへの贖罪。


 僕側の事情に、エイミー親子の問題を利用しようとしているだけの話だ。


 だから良いだろう?と僕は自分に念押ししてから口を開く。


「僕の持ち金とそちらの持ち金を合わせて、先に借金を返してしまうっていうのはどうでしょう?」


 傍から見れば、僕にメリットのない突拍子もない提案だろう。


 エミリーの父親も、驚きと困惑、そして疑いの目で僕を見る。


「あの連中との関わりを切るには、少し無理をしてでも借金を返せる内に返し終えてしまった方が良い」


 馬鹿なことをしているとは自分でも思うけど、これをやり遂げれば僕はこの先も大丈夫だ――という半ば願掛けのような思いで、僕は説得の言葉を尽くすのだった。




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